召喚された勇者はダンジョンのトイレ事情が許せない
雛あひる
第1話
「クソッ、なんでダンジョン内にはトイレがないんだよ!!」
勇者として異世界から召喚された現代日本の高校生である出川シゲルこと俺は、今人生最大の危機、具体的には人間としての尊厳の危機に発狂した。
「いや、ダンジョン内にはトイレなんかあるわけないだろう。ほら、ゲルこれ使えよ」
なぜそこで略すんだというところで俺の名前を略して読んでいるのは、ダンジョンでのレベル上げについてきてくれた勇者パーティーのひとりであるムキムキの戦士のガレフが、透明のスライムを差し出したが、俺は全力で嫌な顔をした。
このガレフは、某きんに君さんとバーサーカーを足して2で割ったような筋肉で全てを解決できるタイプの男なのだが、俺はある事件から距離(物理)をとっている。
「絶対嫌だ。大体、俺はそのスライムに以前、強制的に女の子にされそうになったことを忘れていないからな」
まだ、この世界に召喚されて間もない頃になにも知らない俺にこの戦士がこの世界の携帯トイレとして利用されているスカベンジャースライムを渡された。
無垢で好奇心に満ち溢れていた俺は、そのスカベンジャースライムの見た目に某大人な玩具を想起して、思春期の好奇心からそれを使ってみた結果、尿をする以前にそのまま強制的に女の子にされかけたのだ。
異常に気付いて、早急に抜いたから大事には至らなかったがそれ以来、俺にとってスカベンジャースライムを強制女の子製造機と呼んでいる。
一応、ガレフに抗議したが、『スライムも生き物だからなうまそうなブツに出会えば食おうとすることもあるだろう、しかし、女の子にできなかったか、残念だ』など意味の分からないことを言われたので、それ以降は冒頭の通りガレフとの間には大体成人男性が寝そべった時位の距離を物理的にとっている。
「チッ、忘れていたら再度、おんなのこちゃれんじができたのに……」
「こ〇もちゃれんじみたいなノリで恐ろしいこと言うのはやめろ!!ウッ叫んだせいで色々まずい……」
このままでは、物理的に距離をとりたいタイプの男の前で人間としての尊厳を失うという最低で最悪な事態に陥ってしまう。それだけは何としても避けないといけない。
ただでさえ、魔王を倒すために異世界から召喚されたのにいまだにチート能力に覚醒していない俺は、この世界では全然歓迎されておらず、結果、勇者なのにパーティーが自分からなぜか志願してついてきたこのガレフと、同じくムキムキだが無口すぎていまだにほぼ会話出来ていないがずっと背後からついてくる騎士というムキムキ武闘派×2&男子高校生という誰得なトリオ状態だ。
こういう世界観のものは普通ハーレムパーティーになるのではと抗議したが、チート能力のないただの現代高校生の俺には覆す力はないし、意外にも現実的なこの世界では戦場に女性はほぼ皆無という知りたくない現実も知って高校生にして世知辛い現実を知る羽目になってしまった。
色々、考えてなんとか尿意から意識を逸らしたがそろそろ限界が近いかもしれない。
「そんなにしたいなら、立ちションすればいいんじゃないか??」
「なるほど、だが断る!!立ちションとか、このダンジョンの方に失礼だし、万が一そんなことが世に知れたら、『能無し勇者、ダンジョンで立ちションする~非常識な行為に王都では勇者の権利を剥奪する動き』とかそういう号外が配られて炎上するかもしれないだろう!!」
「いや、ダンジョンって、そもそもここはモンスターの巣だぜ??それにこの世界ではそれくらいで号外はでないし緊急ならやむなしじゃないか??」
まともなことを言いながら距離(物理)を縮めるガレフが動いた分の距離をあける。確かに、ガレフの言うことは間違っていない。
生理現象は、人間誰しも持ち合わせているので、ダンジョンでそれをもよおした際に仮に緊急でこっそり端の方でしても怒られないし怒る人もいないかもしれない。
しかし、それでもどうしても俺はダンジョンで立ちションをできなかった。
その理由は実にシンプルで、俺が現代日本の高校生だからだ。
現代日本、具体的には東京都で育った俺は、生まれてこのかたトイレ以外で排尿をしたことなどない。だから、トイレ以外で尿をすることが大変難しいのだ。
以前に介護の実習で患者さんの気持ちになるためにオムツを穿いて実際に排便するという実習があり、その際にがんばっても排便が難しかった話を見たことがあったが多分感覚としてはそれに近いかもしれない。
つまり、排便していい場所でなければ俺にはそれが難しいのだ。
だから、この世界に来て一番最初にそのトイレ事情に対して憤慨した。フンだけに、いや、くだらないことを考えないと漏れそうなので許して欲しい。
意外にも王都から離れた村の方が農業に使うために汲み取り式便所を採用していたのでギリギリセーフだったし、さらに運が良ければ川を利用した水洗タイプも存在する。
むしろ、王都はおまる式なあげくうっかりすると二階から排泄物を捨てる輩がいるという地獄なので改めてこの異世界が中世ヨーロッパレベルくらいの衛生観念だと理解して日々、悪臭漂うそこに辟易した。
そんな諸々のトイレ事情に俺は数多の苦難を味わってきたのだが、その中で一番トイレ事情が絶望的なのがこのダンジョンだった。考えて欲しい、ダンジョンとはモンスターが沢山住み着いた洞くつのような場所だ、だからトイレがないというのは普通だろうし、RPGゲームなどでダンジョンにトイレがあるところなどは見たことがない。
しかし、実際にレベル上げのために奥深くまで潜らなければいけない者としては言いたい、ダンジョンにも絶対トイレは必要なはずである。
「おい、ゲル大丈夫か??顔色真っ青だぞ……。もういっそうのこと漏らしたらどうだ??着替え、俺ので良ければ貸すぞ」
ガレフが距離をつめて俺に真っ赤なブーメランパンツを差し出して白い歯を出して微笑んだが、丁重にお断りするためにオオアリクイの威嚇のポーズで応戦する。
「いや、流石に申し訳ないし、シンプルに他人のはいた下着はつけたくない」
遠慮と素直が同時に出た言葉にガレフは目に見えてがっかりした様子で『とても残念だ』と意味不明な言葉を口にしたのでさらに距離感(物理)が人間の成人男性の寝そべったくらいからゾウアザラシが寝そべった位(4.2~5.8m)まで広がった。
しかし、オオアリクイの威嚇のポーズは尿意MAXではやってはいけない。股を開放したせいで本当に限界を迎えそうだ。
ただ、ここで人間の尊厳を失う訳にはいかない。オオアリクイの威嚇のマネをして人間の尊厳を失うなんて、人間捨ててる感じで絶対にだめだ。
(だめだ、このままでは漏れる。しかし、俺は勇者だ。勇者以前に高校生だ。ここで、ここで漏らすなんてことは絶対にできない、人間の尊厳をなんとしても守り抜きたいんだぁあああああああ!!)
そう強く願った瞬間、なぜか俺の体が黄金の光に包まれた。
「な、なんで……」
「これは!!間違いない伝説の勇者は、なにかを強く守りたいと願った時に力が覚醒し黄金の光に包まれると聞いていたが本当だったなんて……」
ガレフが都合よく説明してくれたおかげでどうやらこれが勇者の力に覚醒したらしい。
しかし、その力が何か分からないまま、光は次第に強くなり自身でも目を開けられないほどの光を放った後に消えた。
「……一体何だった……、こ、これは!!」
眩い光が消えた先に現れたのは紛れもない、元の世界では普通だと思っていた公衆トイレが立っていた。
「助かった!!!!!!」
俺は個室に駆け込んで、この世界でしばらくご無沙汰だった小便器に向かう。
「あっ……よかった、ほんとうによかった」
涙ぐみながら人間としての尊厳を守り抜いたことを喜んだ。一時は危なくオオアリクイによりそれを失いかけたが、今の俺は全てを守り抜いた男の顔をしていたが……、
その後、俺はどんなところにも清潔なトイレ(謎の原理で流れる水洗式)を無限に生み出すことのできる勇者となり、数多のダンジョン、村、王都の衛生概念を塗り替えることとなり、結果的に、この世界の公衆衛生概念自体を塗り替え疫病の蔓延を抑えることに成功することになる。
さらになぜか世界が清潔になることで魔王も倒してしまう。
※どうやら魔王は汚物で出来たヘドロの化け物だったらしい。
名実ともに世界を救った俺だが、なぜか『スライムに大事なところを食われたことで覚醒した』というありえない噂と合わせて広がってしまったことで勇者『ナイチンゲル』と大変不本意なあだ名をつけられてこの世界の公衆衛生概念の基礎を広めた勇者にして偉人として後世まで語り継がれることになるが……。
「へぇ、これがゲルの言ってたトイレか。いい尻してるな」
今の解放感に溢れた俺は、背後に
召喚された勇者はダンジョンのトイレ事情が許せない 雛あひる @hiyokomen
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます