回想:18歳、義弟と弟と

 幸いにも、天は大仁に明晰めいせきな頭脳をさずけてくれた。弟の奏助と共に叔父おじに引き取られた後、大仁は勉学べんがく研鑽けんさんを積んだ。

「こんな遅くまで何してるんだ、大仁義兄にいさん。電気代の無駄だろ」

しかし、そんな大仁の努力をよく思わない者もいた。大仁の五歳下の従弟いとこ駿靖しゅんやだ。

「勉強だよ。年が明けたらセンター試験があるし……」

「なんで、今、わざわざ電気をつけて、勉強してるんだって聞いてんだよオレは。昼間は一体何してたんだ?なぁ?」

駿靖は大仁を嫌っていた。駿靖の父母が優秀な大仁に目をかけていたのもあるが、一番の理由は大仁に勉学以外の才能が無いからだ。

「ていうか、本来夜は『おつとめ』に行かなきゃなんないんだよ?それを、アンタにモノノケ退治の力が無いからって、オレと親父が代わってやってんじゃねえか。それなのに、どのツラ下げて電気代食い潰してるワケ?やるならローソクつけてやれよなぁ」

駿靖の八つ当たりじみた講釈こうしゃくを気にも止めず、大仁は試験の過去問を解いている。

「オイ聞いてんのか!」

駿靖が大仁の脇腹に蹴りを入れる。

「ロクにモノノケも調伏ちょうふく出来ねぇザコのクセして、人並みに生きてんじゃねえ!身の程わきまえて、もっと申し訳なさそうに生きろよ!オレがお前だったら恥ずかしくて生きてらんないね!」

大仁が抵抗ていこうしないのを良いことに、駿靖は執拗しつように蹴りを入れ続ける。

「死ね死ね死ね〜っ!テメーなんか、生きてたってどーせ何の役にも立たないんだからさぁ!せめて山に行って死んで食費浮かすくらいはしてくれよ!なぁ⁉︎」

罵倒ばとうが盛り上がってきた所で、部屋のふすまが勢いよく開く。

「駿靖!何してるの⁉︎」

入ってきたのは駿靖の姉、真里靖まりやだ。

「ちっ!」

駿靖は脱兎だっとの如く部屋から逃げ出した。

「にーちゃん、だいじょーぶ?いたいのとんでけする?」

真里靖の後ろから奏助が顔を見せる。

「奏助……。大丈夫、にいちゃん平気だよ」

不安げな奏助を元気付けるように、大仁は満面の笑みを作ってみせた。

「まだお勉強するの?」

「ううん、今日はもうおしまいにするよ。一緒に寝よう」

「うん!」

大仁が寝る準備をしようと立ち上がると、真里靖が彼の肩に手を置いた。

「大仁さん。その……」

言い淀む真里靖の背中を、大仁の手がそっとでる。

「大丈夫だよ、真里靖。駿靖君は難しい時期だし、あの子とケンカできるのは俺くらいだから」

喧嘩けんか?あれが喧嘩な訳が……」

「ケンカだよ。あれはケンカなんだ」

大仁はあきらめを帯びた目でそう言った。叔父経由けいゆで駿靖の蛮行ばんこうとがめられれば、次の暴力の矛先ほこさきは奏助になるかもしれない。大仁としては、それだけは何としても避けたかった。

「……あんまり、一人で背負わないでね。おやすみなさい」

真里靖はそれだけ言い残して部屋を出た。

 シングルサイズの布団で、大仁と奏助は身を寄せ合って眠りにつく。

「大丈夫。にいちゃんは、お前のためならなんだってできるんだからな……」

すやすやと眠る奏助の背中を撫でながら、大仁は柔らかな声色でささやいた。

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