回想:8歳、離別

 おおとり 大仁ひろと半生はんせいには、常に死と暴力の影が落ちていた。

 八歳の誕生日、大仁は両親を殺した。厳密げんみつに言えば、両親のいる離れに火を放ったのだ。

『大仁、よく聞いておくれ』

母との最期の会話は離れのふすま越しだった。

『父さまと母さまは、どうやら良くないのろいを受けてしまったみたい』

『よくないのろい?』

『目を合わせると伝染でんせんしてしまう呪い。父さまと母さまはもう、呪いが身体中に回ってしまって動けないの』

『なおせないの?』

『そう。父さまも母さまも治せない』

小さな腕に産まれたばかりの弟を抱いて、幼い大仁は母の話を泣きそうになりながら聞いていた。

『だからお願い、大仁。ここを焼いて』

『え……。なんで、どうして……?』

『そうしなければ、呪いはどんどん広がってしまうの。あなたも奏助そうすけも、みんな死んでしまう。……呪いの感染源かんせんげんである私たちがいなくなれば、伝染は止まる』

『ずっとそこにいるのではいけないのですか、ははさま!』

幼い大仁は泣きじゃくりながら母に抗弁こうべんした。

『たとえ亡骸なきがらになって、それでもまだ呪いが残っていたらどうするの?呪いを断つには骨になるまで焼くしかないの』

『でも……』

『わかってちょうだい、大仁!』

それが、母と交わした最後の言葉だった。

 よく晴れた、星の綺麗きれいな冬の夜。木造の離れは天に届くほどのけむりを上げて炎上した。

『ごめんなさい、ははさま、ごめんなさい、ちちさま……』

大仁はそれを見つめ、泣きながらび続けた。

『……!』『……!……!』

炎の中から、悲鳴に交じって大仁と奏助を呼ぶ声が聞こえたような気がした。

 離れが鎮火ちんかしたのは夜明け近くの事だった。

『なかないで、奏助。あにさまが奏助を守るから、ね』

うでの中で泣き声を上げる弟の顔に、幼い大仁のなみだが落ちた。

 大仁が生まれて初めて突きつけられた、おおとり家の人間が背負う定めの残酷ざんこくさだった。

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