第6話 二度目の誘拐事件
昔の夢を見ている。
私はいつも、ジークに手を引かれていた。
何処に行くのも何をするのも、ジークの真似をしていた。
何も出来ない、出来の悪い子供だった。
一緒にいるのが嫌にならない?と聞いたことがある。
“僕の宝石。大好きだよ”
そう言ってくれた事が嬉しくて喜んでいたのだ。
…でもそんなのおかしいのに。
“エスメラルダの宝石を持つリーゼロッテ”ではなくて、“リーゼロッテ・エスメラルダ”を好きになって貰えるような私でありたかったのに。
ジークが大切にしてくれたのは、どっちの私だったの?
息が詰まるような切ない気持ちは意識を浮上させた。
徐々に明るくなっていく視界に人影が見える。
誰かが私を見ている。
「ん…今何時……」
「もう日が沈んでかなり経ってるよ。子供はよく寝るって本当だったんだね」
「エインお兄様?!なんでここに…私の部屋のアルトゥルは何処に行ったのですか?」
寝起きには心臓が悪いような、優しい声に無理矢理意識は覚醒させられる。
銀色の髪を今日はハーフアップにしている美貌の最高齢公爵は驚いて飛び起きた私を見て楽しそうに笑った。
「今屋敷に人手が足りていなくてね。アルトゥルは今一人もいないから、今日は私が世話をしてあげようね」
「人手不足?“複製”のアルトゥルがですか?」
そういえば昨日も温室の担当のアルトゥルがいなかった。
それは人手不足だったからか、と納得する。
アルトゥルはいつも屋敷中にいる。
掃除も洗濯もお兄様の手伝いも全て“複製”されたアルトゥルが行っていたけれど、それでも1度目でも人手が足りなくなった事なんて無かったはずだ。
一体何が聞こうとするが、お兄様は取り合ってくれない。
クローゼットを漁って水色のドレスを取り出すと、満面の笑みで私のネグリジェを掴んだ。
「はい、ばんざーい」
「エインお兄様、嫁入り前のレディの肌を見るのはちょっと……」
完全に女児扱いしてくるが、間違いなく心は18歳。なんなら1度目は人妻である。
見た目はさすがに子供でも中身は大人だと主張する。
「君は羞恥心が欠如しているからアルトゥルに支度をさせているのかと思っていたけど」
「アルトゥルには何度も殺されかけましたのよ。アルトゥルには羞恥心なんて可愛い感情が湧きません。あんな冷血漢とお兄様を一緒にしないで下さいな。」
ガタイが良くて威圧感は凄いものの黙っていれば美人なアルトゥルだ。
黒い髪と赤い瞳の、“宝石”とは関係ない色合いだけどご婦人からはかなりの人気があると1度目の王太子妃時代に聞いた事もある。
親しくしていた伯爵夫人からアルトゥル様を近くで見られるなんて羨ましい!と言われた時、顔が引き攣って最早笑うしか無かった。
私にとってアルトゥルはときめく殿方では無いのだ。断じて違う。
「冷血漢とは、失礼な方ですね」
「ひっ」
「ああお帰り、アルトゥル」
ただやはり、私は不運の星に生まれてきているようで。
タイミングよく帰ってきたアルトゥルに冷ややかに睨まれる。
結構着替えはいつも通りアルトゥルが手伝ってくれた。
アルトゥルって優しいわよね、と今更ながら持ち上げてみたが後の祭り。ありがとうございます、と口角を上げたアルトゥルはとても心臓に悪かった。
場所を改めダイニングルームに私とお兄様は移動した。
「行方不明?」
「ああ、それでアルトゥルに調査させているんだ。」
アルトゥルにお気に入りのファーストフラッシュのお茶を入れてもらって話を聞く。
エインお兄様曰く、ここ最近カルロ帝国では頻繁に誘拐が起きているらしい。
元々数ヶ月前から帝国軍が調査していたこの事件だが、今に至るまでまったく進展がなく。
そしていよいよ平民の誘拐に留まらず、貴族までもが誘拐されてしまったと。
誘拐された貴族令嬢の父親が王に直訴して発覚したこの騒動。
宰相のお兄様の“引き受けます”の一声でアルトゥルに仕事が回ったらしい。
“再生”の力で同じ時間をやり直しているお兄様なら1度目の犯人が分かっているんじゃないか?
そう思って聞けば、1度目はこの事件は未解決事件だったらしい。
「前回は軍に任せておいたけど何が失敗に繋がってるか分からないからね」
微笑みのお兄様だけど、目は笑っていない。
私の死、及び帝国の滅亡を阻止するために迷惑をかけている自覚はあるので申し訳ありませんと謝る。
そういう訳で帝国中を調査しているアルトゥルだけど、ふとある事が気になった。
「ところでアルトゥルって何人まで複製出来るの?」
いつも屋敷には3、40位のアルトゥルという名の執事がいる。
そんな彼はどこまでいけば複製出来ないのか限度が気になったのだ。
「きちんと意識を持った個体は…三万程ですかね」
「アルトゥル三万分裂……」
淡々と告げられた言葉は恐ろしかった。
あの無表情・圧力過多のアルトゥルが三万も屋敷にいる様子を想像してしまい、ぞっとする。
考えがつたわってしまったのだろうか、アルトゥルが冷たい視線で睨んできたので私は咳払いをした。
「手伝えることがあったら言ってね」
「お嬢様は足手まといになりますから関わらないでください」
「そういえば君たち昔から仲良いよね」
そんな様子をみてお兄様は言う。
…本気なら間違いなくお兄様の目は節穴である。
そう言ってアルトゥルに同意を求めるが、意外にも返ってきたのは沈黙だ。
「今のお嬢様しか知らないのでいまいち理解出来ないのですが、お嬢様はどんな方だったのですか?」
「静かで優しい大人しい子かな。とっても可愛かったよ。私の事が大好きで、感じでいつも目をきらきらさせてお話してくれた」
「あの頃はエインお兄様とジークがいてくれたから生きていましたから」
あの頃の8歳の自分は、今まで家族に虐げられてきて初めて優しくしてくれた2人にべったりだった。
私は8歳以前の記憶があまり鮮明ではないが、それは1度目も2度目も同じようで。怒鳴られているとか叩かれたとかは少し覚えているけれど、日常生活に関する記憶はほぼ無かった。
お医者様には記憶に蓋をしてあるんだろうと言われた。辛い記憶だし無理に思い出さなくてもいい、とも。
18歳のリーゼロッテの続きである今は、ジークと遊んで幸せだった幼少期だとか、王妃様に散々扱かれて強くならざるを得なかった王太子妃時代とかそういう過去が自分を作っているから自立出来る。
でも1度目は本当に気弱で、何も出来なくて、自分に優しくしてくれる人に依存するどうしようもないリーゼロッテだったのだ。
「結局、アルトゥルには何度も殺されかけてお兄様も意地悪で、ジークの後ろを追いかけてばかりでしたね」
「本当に仲良しだから、てっきりジークフリートと結婚するものだと思っていたのにシンシアと結婚すると言い出したから驚いたよ」
「……お兄様に褒められたかったんですよ。その時は」
この国で一番の王子様と婚約したらお兄様は私を“宝石”じゃなくてリーゼロッテとして褒めてくれると思ったのだ。
先代王妃も先々代王妃もエスメラルダの一族からは出なかった。
だから、王妃になればエスメラルダに権力が傾いてお兄様の役に立てると思っていたのだ。
実際は王妃なんて輩出しなくてもいいくらいにお兄様は権力を握っていたし、エスメラルダの一族の吸血鬼達は褒めてくれたけれどお兄様はいつもと変わりなく。
どこまでいっても私はお兄様にとって“エスメラルダの同胞宝石”でしかないと嫁いだ後にようやく気がついたのだ。
そんな過去の昔の自分の行動を、可愛いでしょう?と笑えば、そうだねと返ってきた。
お兄様は本当に適当だ。いつも何でもはぐらかすし、今だって返事をするだけで昔の私の気持ちなんて欠片も伝わっていない。
それでも2回目は伝えていきたいなと思うの。
1度目の私が勇気が出なくて伝えられなかったことを、今度は伝えていきたい。
今はまだ思い出せないけれど死ぬ間際、きっと何も伝えていないと後悔したはずだから。
お兄様はこれから王宮に行くという事で、私は部屋に戻る事にした。
部屋に戻る途中、家の中でさっきとは違うアルトゥルとすれ違う。
いつも皺ひとつない執事服は珍しく泥だらけで頬の部分が少し切れて血が流れていた。
「頬、怪我しているわ」
「どうも」
ハンカチを渡すと、アルトゥルは躊躇いなくそれを受け取って頬に当てる。
彼は1度目の印象からお兄様同様に完璧超人のイメージが強い。
こんな風に怪我をする事もあるんだ、と初めてこの吸血鬼が身近な存在に感じた。
気をつけてね、と伝えると少し驚いたような顔をした後、馬鹿にしたように鼻で笑う。
「何よ」
「気をつけるのはお嬢様です。万が一にでも攫われたりして迷惑を我が君に掛けたら、どうなるか分かっていますね?」
…本当に、こういうところがいけ好かない。
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