第4話 お友達選びに成功したいです。(3)




「イグルス・エルツベルガー?ジークフリートよりはましかな。あれだけ子供がいたんだから、もう少し毒にも薬にもならないのを選べば良かったのに」



 これがお兄様が私の部屋に入ってきた第一声だった。

 側仕え選考を終え、アルトゥルに部屋で待つように言われたのでソファで本を読んでいると30分程経った頃、夜会を抜けて出てきたお兄様が部屋にやってきた。



「記憶はまだはっきりはありませんが、イグルスの事は少し覚えていました。よく心配されていたような気がして味方かとおもったのですが、違いました…?」


「駄目って訳では無いよ。イグルスは近衛騎士だったから、王太子妃の警護で見知っていたんだろうね」


「イグルスが近衛騎士?照れ屋さんのあの可愛い子がですか?!」


「イグルス・エルツベルガー。君より2つ歳上で歴代最年少15歳で騎士団入りし、若くして王太子妃付きの近衛騎士に任命された未来の騎士団長と名高い真面目な男だよ。中々思い切りの良い判断が下せる子で、私は気に入っていたよ」



 イグルスがそんな強い騎士になる過程が想像つかない。

 歴代最年少?

 あの人見知りの妖精さんが強くなって近衛騎士になるなんて、どんな人生修正がなされたのかと驚きである。

 そんな話をしていれば、アルトゥルがお茶を入れてくれたので頂いた。




「我が君。質問しても宜しいでしょうか」


「どうぞ?」


「いつから2度目が始まっていたんですか?」


「リーゼを生まれさせ直したから、8年前かな。術を掛けられたリーゼと掛けた私は過去を覚えているはずなのに、引き取ってからひと月近く何も変わらなくて焦ったよ」



 アルトゥルの質問に軽々しく8年前とお兄様は返事をしたけれど、8年前なんて私にとっては前生きた人生の半分近くでかなり長い間待たせたのだなという気分だ。

 でも何万年も生きているお兄様からしてみたら、あっという間の出来事だったのだろうとも想像がつく。

 お兄様のその返事にアルトゥルは溜息をついた。

 普段喜びも怒りもしないその顔の眉間には深い皺が刻まれていた。



「…どのように時を戻されたのでしょう」


「私の吸血鬼としての能力は“再生”だからね。再生なんて広義ではやり直しだろう?そう考えて術を展開した」


「ですが我が君!……時を戻すなど、どんな代償を差し出したのです」


「私の数万年単位の寿命を差し出したら上手くいったよ。それにしても、この調子だとまだ生き長らえそうだ。いつ死ぬんだろうね、この身体」


「御身を危険にさらすのはお辞め下さいといつもあれ程……!」


「危険?私にとって危険なんてこの世界に存在しないよ」



 感情を露わにして怒るアルトゥルとは対照的にお兄様は飄々と答えた。

 お兄様を見れば、その美しい容貌は20代の半ばといった所だ。

 太古より他を誑かし血を吸う生き物である吸血鬼は皆若く美しいという特徴を持つ。それは捕食を有利に進めるためで、力が衰え寿命が近づくまで年齢を重ねる事はない。


 現在最高齢の吸血鬼であるお兄様がこのとてつもない強大な術を使っても尚以前と全く変わらない美しさを保っていられるのは余りに化け物じみていて、その力の強さを思えばぞっとしてしまう。

 国を治めてみたいとお兄様が思えば間違いなくこの帝国は直ぐにお兄様の物になるだろう。生きているのがつまらないと思えば世界ごと“再生”されて滅びてしまうかもしれない。


 全てはお兄様の気分次第と思えば恐ろしく、自分が生かされているのが不思議な気分だった。

 数万年分の命を削り、この世界に生きるありとあらゆる理を曲げさせて生き返るなんて謝罪一つでは絶対に足りないけれど、私は頭を下げてお兄様に謝る。



「お兄様、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」


「構わないよ。全て私の勝手にした事だ。私は君が死ぬのがどんな事よりも耐えられなかったんだよ、可愛いリーゼ。君の命は私の使った寿命以上の価値がある」


「何を血迷った事を仰っているのですか。お兄様は私に興味はなかったでしょう」


「何千年かぶりに生まれた、私と全く同じ色彩のエスメラルダの“宝石”が、たかだか18年で死ぬなど有り得ないんだよ」


「まあ、18は早死もいいところですね……」



 私の謝罪に艶やかにお兄様は返事をした。

 昔からお兄様は愛してるだの、可愛い私のリーゼだのとよく私に言って、おねだりも我儘も全て叶えられた。

 その度に愛に飢えた私は喜んだし、お兄様に家族愛というジャンルの愛をよく求めた。

 けれどいつからだったか、お兄様は私の“宝石”を愛しているのだと気がついたのだ。

 銀色の髪と紫色の瞳が無ければ、最古の吸血鬼の愛は得られかったのだと気がついた私は、産みの親に蔑まれた自らの容姿に一瞬歓喜し、そしてすぐに絶望した。

 私がどんなにお兄様に愛されたくとも、“リーゼロッテ”を見てくれることはないのだろうと気がついたのだ。


 お兄様は私の髪をそっと撫でて、その髪に優しいキスを落とす。

 お兄様の娘として、妹として愛されることを望むことを辞めた私は“宝石”として微笑んだ。

 そんな様子を見ていた執事は無感情に主に問うた。



「何故お嬢様が亡くなられたのですか?いくら出来が良くなかったと言えどエスメラルダの吸血鬼。しかも強力な力を持つ“宝石”です。心臓を突き刺されようと、そんな簡単には死なないはずでは」


「リーゼは王太子妃として王宮にいた。そして人間に落とされた城で、人間が作った吸血鬼を殺す事が出来る道具で殺された。だから死んでしまったんだよ。驚くことにあっさりね」



 自分が死んだ話ではあるが、お兄様の話を聞いてもまだピンと来ない。

 恐らく、人間に吸血鬼の国が侵略されたという根底が信じ難いものだからであると思う。

 牙もなく、その血に宿る魔力から術を使う事も出来ない人間は吸血鬼の赤子よりも弱い。そんな存在が例え束になろうとも何万もいる吸血鬼に適うだろうか?

 そして、吸血鬼を殺す道具なんてものを作れるのだろうか。



「嘘でしょう…。あんな下等生物が……」



 アルトゥルも信じられないように目を見開いた。


 時を戻した制約でリーゼが命を落とした過程を詳しくは説明出来ない、過去が干渉したと見なされて今すぐリーゼが消えてしまうからね、とお兄様が前置きをして更に詳しくその時の状況を説明した。

 曰く、ある吸血鬼が関与して人間に国を明け渡す事になった。その戦いは無血開城だったが、唯一の死者が私だったと。

 それを聞いてアルトゥルは本当に呆れ顔だった。

 この無能が…と呟かれたが、本当に私が何をしたと言うのか。

 いや確かに、無能だ。無能以外の何物でもない。無血開城、誰も死なないで何で私だけ死ぬの?と半ばパニック気味だが、記憶のない私を責めないでほしい。

 睨むアルトゥルVS同じく睨む私の戦いが幕を開けたが、まぁ落ち着いてというお兄様の一声で一時休戦となった。



「まあリーゼは愚かだからねぇ。恨みを買って殺されたんだ。私のリーゼは本当にどうしようもなくて可愛いくて愛おしいね」


「お嬢様」


「お兄様、アルトゥルが私を視線だけで射殺せそうです。そしてそれはそんなに嬉しそうに話す内容ではありませんわ」



 うっきうき、語尾にハートがつきそうな位の楽しそうなお兄様。うっとりしながら話しているのは、本当に性根が曲がっているからだと確信する。

 ごめんね、許してくれる?と抱きしめられ、額にキスを落とされるが、かつて8歳の時になら感じたであろうときめきは何処かに消え去ってしまったらしい。絶世の美青年の愛情表現に無感情すら抱いてしまう。

 未だにくすくすと笑っている隣の吸血鬼に、お巫山戯は置いておいて…と前置いて私は問うた。



「お兄様、私は一体誰の恨みを買って殺されたのです」


「人間の崇める聖女を愛してしまった、愚かな吸血鬼に…かな。それ以上は言えないな。過去からの過干渉で苦労して生き返らせたリーゼが消えてしまう」


「つまり、私はくだらない痴情のもつれに巻き込まれたと?」


「そんな所だね」


「それは信じ難いほど愚かですね、お嬢様」


「お黙り、アルトゥル」



 アルトゥルを咎めたが、確かに本当に愚かだった。

 王太子妃の私が何故痴情のもつれなんかに関わっているのだろうか。人間の聖女が王太子様…シンシアを好きになったのだろうか。私はシンシアを愛してしまって、聖女とシンシアは愛し合っていたのか。それを私が愚かにも邪魔したのだろうか。

 王太子妃の私が関わるストーリーなんて、それしか考えられないだろう。お兄様がいくらぼやかしても赤子でも分かる真実だ。

 色々と考えてしまう私を見て、お兄様は微笑みながら私の眉間を触る。

 眉間に皺が寄っていたようだ。考えすぎは美容に良くないよと声を掛けられた。



「私から言える事は、その愚かな吸血鬼はシンシアではないと言うことかな」


「シンシアではないのですか?!」



 シンシアじゃなかったら、一体誰の何のもつれに巻き込まれたのよ私は!

 本当に文字通り頭を抱える。頭を抱えるしかない。訳が分からない。王太子妃の私が王太子のシンシア以外のもつれに巻き込まれた?何事だこれは。



「大丈夫。いずれ私が言わずとも思い出すよ。きっかけがあればね」



 ぽんぽん、と肩を叩かれてお兄様に励まされる。

 時が経ち、全てを思い出した時が恐ろしいなと思いながらも早く全てを思い出さなければと焦ってしまう。

 数十万年分の命と引き換えに始まった馬鹿な私の二度目の人生。次の失敗は許されない。

 幾ら“宝石”を愛するお兄様とは言え、二度間違える失敗作は愛せないのだろう。



「お兄様。次は千年は生きたいです…。それもなるべく穏やかに」


「“宝石”の持ち主は数万年は生きると思うよ。次こそは私に付き添って貰わないとね」



 本気で言った言葉を笑顔で軽く返された。

 そう言えば、屋敷の外に生えているオレンジ色の花…確かそう、名前を柘榴というそれは、実をつけると縁起の良い食べ物になると一度目に聞いた事があるなと思い出す。

 余りに不運すぎる一度目の死に様に、アルトゥルに柘榴で何か作ってもらおうと私は心に決めたのであった。



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