第3話 お友達選びに成功したいです(2)

「皆さん御機嫌よう。リーゼロッテ・エスメラルダと申します」



 集められた50人近い子供達の輪の中心でドレスを摘んでお辞儀をする。

 ふとアルトゥルが視界に入ったが、珍しく満足そうに頷いていた。


 …アルトゥルは普通の8歳児に、王妃教育を受けた令嬢の振る舞いを望んでいたのだろうか。

 無茶をいうなと思うけれど、有り得ないとも言えないのが怖い。

 我が君の隣に並ぶのだから、美しく振る舞うべきだ…なんて言いそうなのが恐ろしい。恐ろしすぎる。

 幸いに一度目で王妃教育を終えているから、立ち居振る舞いでアルトゥルに殺されかける可能性が減ったのは2度目の一番良い事かもしれない。本気でそう思いかけた。



 前回の側仕え探しとはやはり全然違う道を辿っていると思う。前回も今回も遠巻きにされてはいるが、確か前回は私から挨拶も何もしなかったはずだ。

 辛さからか私にはあまり辺境伯の屋敷にいた時の記憶はない。けれど、自分と同世代の子供は私を虐めていた妹を何となく思い出す。

 だから子供達の中に連れていかれた私は下を向いて黙っていた。そうしたらジークが手を引いてくれたのだ。


 一度目とは違う出会い方ではあるが、子供達はお互いに顔を見合わせて何も言わない。

「どうしよう…」という小声の声まで聞こえてきた。


 かつては辛かった沈黙も二度目だから理由は察せる。

 自分達の絶対的な王であるエインお兄様が連れてきたエインお兄様と全く同じ色彩の女の子。

 アルトゥルは本当に容赦が無かったけれど、それは稀な例だ…というか、私に直接そんな事が出来たのはアルトゥルだけである。

 …アルトゥル、許せまい。

 侯爵だって伯爵だって、エスメラルダの一族の者は“宝石”を壊れ物のように丁寧に扱ったし、一族の者でなくてもエインお兄様の娘の私は脅威だったのだろう。遠巻きに扱われたり、逆に擦り寄られた事もあった。ロッテンマイヤーは別だけど、エインお兄様とアルトゥル以外はほぼ私を恐れていたのだ。


 小さな子供なら尚更、「失礼のないように」と言われているなら尚更だ。

 どう反応したらいいか分からないのだろう。

 2度目では、誰が一番に話しかけてくれるのかな。


 そう思っていたら、元気よく近づいてきた1人の少年がいた。

 …とても、とても見覚えのあるピンクである。

 きらきら輝く金色の瞳が綺麗で、楽しそうにしてくれるのが嬉しくて、一度目は私はこの子以外見えていなかったのだ。

 文字通り、以前闇から救ってくれたのはこのピンク色の男の子だった。




「リーゼロッテ様初めまして!僕、ジークフリート・ エンデルスと言います。」




 にこっと笑う8歳のジークはとても可愛かった。

 吸血鬼らしい紺色のローブがピンク色の髪をより鮮やかにしている。

 成人女性の心で見ても、ジークは間違いなく天使だった。

 着いてきてください、リーゼロッテ様。

 微笑む彼から後光が指して見える。



「僕と遊びましょう。一緒に本を読むのはどうですか?」



 あれよあれよと手を引かれ、部屋の端のソファーに座るように促される。子供達の輪から遠ざかってしまった。

 それを見て他の子供達は諦めたのであろうか、時折視線を寄越すものの自分達だけで話始めてしまっていた。



「僕には妹と弟がいて、時々絵本を読んであげているんですよ。ジークは上手に本を読むって褒めてもらっているんです。だから、リーゼロッテ様にも読んであげたいんです」



 上目遣いでこちらをみるこれジークは天使改め小悪魔である。

 周りから自分達を遮断し、事を進めるなんて同じ歳なのにとんだ手腕である。

 …どうしてこんなに可愛いジークフリートを選んではいけないのだろうか。

 勿論、これは二度目だから、一度目にした失敗を繰り返さないように一度目とは違う環境にしたいというお兄様の気持ちも分かる。

 だけどジークは本当に優しい良い子なのだ。

 ジークが私を殺す筈はないし、何故選んだら駄目なの…?


 そう葛藤していたが、ふとジークの見せる絵本から顔を上げると絶対零度の瞳と目が合った。

 アルトゥルだ。

 能面は健在だが、間違いなく言いたい事は伝わっている。

 “我が君の迷惑にならぬよう”である。十中八九そうである。


 た、大変まずいのではないか。このまま他の子供と接せずにいて…万が一にもジークに押し切られてしまうと、アルトゥルによって二度目が数時間にして終了させられる可能性がある。

 顔面蒼白で周りを見渡すが、子供と言うのは飽き性である。

 もはや“リーゼロッテ”には全く興味がないようで、みなが皆好きなように遊んでいるのだ。

 誰か──と縋るような気持ちだが、隣のジークは可愛く話しかけてくる。



 二度目の命がアルトゥルによって終わらせられるのを半分確信したその瞬間、絵本の上に影が出来て、ジークのお喋りが止まる。



「…大丈夫ですか?リーゼロッテ様。」



 おずおずと、緊張した面持ちで話しかけてきたのは銀色の髪に青色の瞳の、珍しい“宝石”を持つ男の子だった。

 話を遮れたジークが少し不満げに挨拶もなしに失礼だと言うと、“宝石”の髪を持つ少年は焦ったように礼を取る。



「あ…ご、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。僕はイグルス・エルツベルガーです」


「イグルス・エルツベルガー……」



 私、この人を知っている。

 口に出したその名前は、ジーク同様よく馴染んだ。

 彼の記憶は無いけれど、イグルスと何度も呼んだ覚えがある。

 そう…そうだ。イグルスは身近な知り合いの中でお兄様以外で、“宝石”を持った唯一の青年だった。


  王太子妃様いけません!といつも怒られていたような気さえする。うん、多分これは記憶だろう。イグルスを見ていたら少し妙な気持ちになった。アルトゥルに対する恐れのようなものに似た気持ちだ。


 それにしても、この子は可愛い。

 ジークが天使的な可愛さであれば、イグルスは妖精のような神聖な可愛いさだ。


 こうやって多くの子供たちの中で、ジークとイグルスは際立って目立っていた。

 茶や灰色の多い髪に青っぽい瞳が多い中、ジークはピンク色の髪と金色の瞳。ジークは銀色の髪に青の瞳。

 かつてはそれぞれ一族の“色”を守るために近親間で婚姻がなされていたけれど弱い力の子供や、寿命の短い吸血鬼が生まれるようになってしまい、“一族”ではない貴族間での交配が増えたと言う事を王妃教育で習った。

 そうする事で一族の“色”が混ざり、今では貴族、平民問わず茶色や灰色の髪の色彩と、青や橙系の瞳の魔族が増えたのだ。


 何か他に思い出せないだろうかと、まじまじとイグルスを見れば真っ白な肌がぽっと赤く染まり、目を逸らされた。とても可愛い。


 用事がないなら他所へ行って?とイグルスに向かって笑顔でジークは言った。

 絵本を読むのを邪魔されたからか今日のジークは珍しく強めだ。可哀想に。えっと、その…とたじたじのイグルスだが、意を決したように私の方を見る。



「あの、リーゼロッテ様…。もしやお加減がよろしくないのではありませんか?顔色が悪いです」


「平気よ。気にかけてくれてありがとう」



 やはり、こんな会話を何度もした気がする。

 記憶はないけれど、何となくやり取りを覚えているということは、イグルスは近くにいた…?

 気遣ってくれていたということは、味方でいてくれたのかもしれない。

 それに、こんなに大勢いる子供達の中でまだ私の事を注視していてくれて、ジークすら気が付かなかった顔色に気がつくなんて、とても将来有望なのではないのか。



「イグルス、貴方、私のお友達になってくれない?」


「えっ…?!僕がですか?」



 イグルスはまた真っ赤な顔をしている。

 髪が銀で淡い色だから、余計に頬を染めると目立ってとても可愛いのだ。

 人見知りな性格なのか、目を逸らすイグルス。

 もしかして嫌だったのかと思い、嫌なら断っていいのよ、と告げると勿論お受けさせて頂きます!と元気の良い返事が帰ってきた。



「決まりですね」



 様子を見ていたアルトゥルが、すぐに私を回収しに来た。

 部屋の子供たちに待っているように伝え、私を抱き抱えて部屋を出る。



「途中、アルトゥルに殺されるかと思ったわ」


「ジークフリート・エンデルスを選べば、殺してやろうと思いましたよ」



 我が家の執事は大変物騒である。

 そう言えば、絵本を読んでくれている途中で私はイグルスを選んでしまったけれど、ジークはどうしていただろうか。

 悲しんでいなければいいけれど、とアルトゥルに言えば、貴女はまず自分の心配だけしていて下さいと叱られた。


 こうして私の2度目の側仕え選考は終了した。

 ジークフリートではなく、イグルスを選んで。


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