第2話 お友達選びに成功したいです(1)
ざわめく貴族に戸惑う子供、そして微笑む大魔王エインお兄様…。
私の姿を見て、皆大騒ぎだった。
1度目の人生でも事ある毎に無駄に崇められたのだ。初めて私を見た彼らが騒ぐのは当たり前だと思った。
「静粛に」
お兄様の一声に皆が一斉に話すのを止める。
「上手にご挨拶出来るかな?」
お兄様はとてもとても楽しそうである。
私が18歳の記憶を持っているのに、子供として扱うのが楽しくて仕方がないのだろう。
後で絶対に文句を言おうと決意して、お兄様の腕から降りる。
そう言えば、1度目の時は私はどうやって挨拶したんだろう。
その時の記憶はないけれど、今の私がするのは、王妃教育済みのレディの挨拶だ。来る日も来る日も早朝から深夜まで苦労して仕込まれた美しい仕草が身体に残っている。
「ご機嫌よう。リーゼロッテ・エスメラルダと申します。一族の皆様にお会いすることが出来て嬉しく思います」
背筋を伸ばして、口を閉じて美しく笑う。
それが出来ずに1度目は王妃様やアルトゥルに何度も叱られた。
丁寧に挨拶をしてお辞儀をする。そうして振り返れば、お兄様は満足そうに頷いた。
…うん。1度目のスパルタがもしかしたら2度にかなり役にたつかもしれない。
「当主様…!お聞きしたい事があります」
「発言を許可しよう、エーリッヒ侯爵」
「当主様がエスプリエル辺境伯のご令嬢を養女とされたという噂を耳に致しました」
「そうだね。この子はエスプリエルの娘だった」
恭しく声を上げたのはエーリッヒ侯爵だ。
お兄様を本当に敬愛している壮年の姿の男性で、1度目でも“宝石”を持つ私に本当に優しく接してくれた人だった。
ふるふると震えながらも力強い藍色の瞳で、エーリッヒ侯爵は私を捉えていた。
「何故養女にと思っておりましたが、この尊きお姿を拝見して理解致しました。ですが当主様!エスプリエル辺境伯は何故もっと早くに当主様にこの事をお伝えしなかったのか…!」
「そうだ。生まれながらに宝石の特徴を持つ赤子は、必ず当主様に報告して加護を受けなければならない」
「ひょっとして隠していたのでは…?尊い宝石を独り占めしようとしたか、ご令嬢を立ててエスメラルダを乗っ取ろうとしたか…!」
エーリッヒ侯爵の訴えに、その場にいた多くの貴族達は頷いた。多くの…というか、全員かな、これは…。
これは本当にその通りである。
エスメラルダ一族で、瞳か髪かどちらかでも“宝石”を持つ子供が産まれることは本当に栄誉ある事なのだ。数少なくなった“宝石”をもつ子を保護する為に、子供の存在をお兄様に伝えて特別な加護を貰う必要があるらしい。
その義務怠ったのだから、エスプリエル辺境伯は邪推されても仕方がないのである。
またしても騒がしくなったホールに、お兄様の声が響く。
「エスプリエルは愚かにも知らなかったのだよ。エスプリエル家が国境の町を治めるようになってからもう数千年になるね。数十年に一度は顔を見せに来るが、エスメラルダ一族には余り関わろうとはしない。あれらは最早、我が一族の者ではない。愚かな彼らは“エスメラルダの宝石”を、御伽噺だとでも考えていたのだろう。灰色の夫と金色の妻から銀色の姫が生まれてくるとは思わなかったのだろうね。独り占めどころか、この子をぞんざいに扱った。だから私が保護したのだよ」
「なんと…!」
「信じられない。」
そうだ。その場にいた一族の人間は皆顔を顰めるけれど、それが真実なのだ。
かつての父は、私を独り占めしたかったのではない。
母はエスメラルダ一族と同じ家格を持つ、ロッテンマイヤー一族の血を継ぐ、とある伯爵家の姫であった。
“エスメラルダの宝石”のようにロッテンマイヤーにも守るべきものがあった。
“ロッテンマイヤーの金色”だ。
エスメラルダに比べるとロッテンマイヤーの者は総じてかなり過激思想であった。
ロッテンマイヤーはある意味で特別な一族だ。それは、格下貴族や平民は気に入らないものは全員殺して食べてしまうからだ。
吸血鬼の食事は血液である。古代は人間や同族を食べていたが、カルロ帝国を作り人間と決別した今、動物や魔物の血液を食べるのが一般的である。
王族はある理由から吸血鬼を食べる事を認められているが、一貴族であるロッテンマイヤーが同族を食べるのは如何なものか?
そう糾弾されてはいるが魔力の強いロッテンマイヤーを、例え王家でも諌める事は出来なかった。
そのためロッテンマイヤー一族はまたの名を“悪食の一族”と呼ばれているのだ。
そんなロッテンマイヤーが命よりも大切にしているものは、時に同族をも殺す。
“その身に金色を宿さぬものは、ロッテンマイヤーに非ず”
つまり、どんなに高位の貴族の子供でも、瞳や髪が金色でなければ産まれた段階で、正式なロッテンマイヤー一族と認められないのである。つまり殺され、食べられてしまう。
そんな思想を持って嫁いだエスメラルダ一族の辺境伯の妻は、産まれてきた子供が銀色に紫色―――夫も自分も持たない不気味な色の子供を見て、気味が悪かったのだろう。産まれてきた私がすぐに食べられなかっただけ運が良かった。
金色を持つ妹がすぐに生まれ、私は憎悪の対象となった。
母に気味の悪い子と呼ばれて、そんな母を愛する父にも興味を持って貰えず、食事は常に与えられず、妹にも虐げられる。愛されなかった子供時代であった。
ある日たまたま辺境伯領に視察に来ていたお兄様が私を見つけて引き取る事になったらしいのよね。
1度目の時、このパーティで私は本当に暗い少女だったと思う。
家族に今まで愛されず、引き取られて友達側仕えを探せと言われた場でも遠巻きにされる。そうしたら唯一笑顔で近づいてきてくれたジークを友達にしたいと思うのも当然だったのだ。
「さぁ、その辺にして、リーゼは子供達と遊んでおいで。我々はあちらでワインを。積もる話もあるだろう。」
アルトゥル、とお兄様は一声かけると、何処からか現れたアルトゥルはご案内しますと子供達に向かって礼をした。
子供達に頑張っておいでと父親や母親達は励まして、子供達は力強く頷いている。
1度目では私は友達にジークを選んだ。
ジークフリート・エンデルス。
子沢山のエンデルス伯爵家の、ピンク色のぬいぐるみみたいに可愛い男の子。
礼儀正しくて頭の良い、気立てのいい子だったからお兄様もジークの事は気に入ってた。
初めは通いで屋敷に来ていたけれど、私はジークが帰る度に泣いて、いつの間にかジークが屋敷に住むようになった。
家庭教師の授業もジークと一緒に受けて、家族みたいに過ごしたな。私が…そうね、王太子の婚約者になるまでは。
まだ記憶が曖昧だ。
幼い頃の記憶ははっきりしている。ジークとたくさん遊んだ事、お兄様とたくさん食事した事、王太子の婚約者になって死ぬ程王妃様に教育させられた事、アルトゥルにいつも叱られていた事。
でも、どうして死んだんだろう。ある程度成長した時の記憶がないのだ。
「アルトゥル」
「…何でしょう」
「貴方は知っていたの?私がその…2度目だと」
子供を別のホールに案内する、私を抱き抱えたアルトゥルと子供達との間にはかなりの距離があった。
アルトゥルは身長が高いし表情が無くて怖い。
一族の中でお兄様に次いで長寿で、美形揃いな吸血鬼の中でも威圧的な美しさを持つ大男が怖いのだろう。距離を取りたい気持ちもわかる。
私は後ろの子達には聞こえないと確信してアルトゥルに質問した。
「いいえ。なんの事かさっぱり分かりません。そして推察出来ますが信じられません。後で我が君に説明を願いますが、お嬢様がこれからジークフリートという少年を選んではいけない事は理解しております」
「そうね」
さっきアルトゥルは、私が18歳で死んだと聞かされていても動じていなかった。
アルトゥルはお兄様の絶対的な信者だから、例え黒でもお兄様が白と言えば白と言う。
その為動じてなかった可能性もあるけれど、もしや…と思って聞いたけど、やっぱりそうだったみたいだ。
「我が君の助言に従って下さいね。我が君の迷惑には…」
「はい、お兄様の迷惑には決してなりません」
能面のような無表情から告げられたその言葉は、前世に幾度となく言われた台詞だった。
18歳で本当に命が尽きたが、実は18歳以前に何度も死にかけている。それはこのアルトゥルのせいである。
アルトゥルからしてみれば、私は絶対的な主君が連れてきた、守る価値のない子供だ。
いくら“宝石”の子供だとしても、お兄様の手を煩わせたら命令違反と言われても絶対に消してやろうと思っていたのだろう。
お兄様は私を保護してくれた。殺さぬようにとは言ったけれど守るようにとはアルトゥルに命じなかった。
お兄様は“宝石”が大切なのであって、“リーゼロッテ”自身には興味ないのだ。
私を引き取ったのは自分の愛する“宝石”が虐げられていたから。
美味しい食事に暖かな寝床は与えてくれた。強請れば一緒に食事をしてくれた。愛の真似事はしてくれたけど、絶対に愛してはくれなかった。それは前のリーゼロッテの18年の人生で理解済みだ。
そんなお兄様だから私が下手な真似をしてアルトゥルに殺されかけても、ほどほどにねとしか言ってくれなかった。
吸血鬼だからある程度の怪我は痛みを伴うが勝手に治る。
アルトゥルの罰は本当に最低だ。
怪我が治ればまたすぐに骨を折る。またその傷が治ればまた次の傷をつける。
三日三晩それが続き、もう死んだほうがましだと思った頃にこの台詞。
「我が君の迷惑には決してならぬように」だ。
トラウマ以外の何物でもないよね。
そんな聞き飽きるほどに聞いた台詞を復唱すれば、アルトゥルには珍しく、少し驚いたようにおや、と呟いた。
「私の言う事が分かるなんて、お嬢様は本当に二度目なのですね」
「当たり前よ。その言葉に何度も殺されかけたわ」
「それはそれは。一度目はとんだじゃじゃ馬娘だったようで」
じゃじゃ馬ならしで何度殺されかけたか。
そう思うと表情を崩さずに鼻で笑った隣の能面執事が憎らしいが、まぁそれは置いておこう。
私にとっては終わってしまった一度目よりも、これからが重要なのだから。
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