大事な面接②

目を瞑り、暗闇に自分を溶け込ませる。そうすれば、邪念が消えるような気がした。

そう言えば、長いトンネルを抜けると雪国が広がる小説があった。なんてワクワクする美しい冒頭だろうと思ったのを覚えている。

小生も腹痛を抱えながら、新宿へと向かうこの暗闇が早く晴れるのを必死に待つ。


「前を走ります車両の安全点検のため、この電車は速度を落として走行致します」


思わず目を開いた。

窓を流れていく景色がどんどんとスピードを落としていく。嘘だ。どうしてよりによってこんな大事な日に腹痛に見舞われ、遅延すら起こってしまうのか。

腕時計を見ると八時十五分だった。後十五分で新宿に着くのに、これでは肛門が先に限界を迎えてしまう。一旦駅を降りることも考えなければならない。

明大前駅で降りれば、またそこから特急に乗れる。それであれば、肛門の解放タイムを挟んでも、ちゃんと面接時間には間に合うはずだ。

焦ることはない。こんなときの為に、時間に余裕を持って出ているのだ。

「ふーーーーーーーー」

深呼吸をし、心を整えて再び目を閉じる。


「前方を走ります車両での車内トラブルのため、一時停車致します」


再び目を見開く。

窓を流れていく景色は更に速度を落とし、やがて古い二階建ての家の洗濯物が干してある庭の前で電車が停車した。

もはや一切の心の余裕がなくなったのは言うまでもない。このままでは小生がこの車両で車内トラブルを起こしてしまう。そうなれば、もう面接などというレベルの話ではない。茶色く染まったリクルートスーツで面接官と対峙するなど至難の業だ。幾ら小生と言えども、それは気恥ずかしい。

いよいよ本当に最後の現界が来ても、この場に逃げ場などない。周囲をサラリーマン包囲網でガチガチに固められているのだ。腕一本すら動かすことに難儀してしまうこの空間。世の中のサラリーマンは毎朝こんな戦場を戦っているのか。一体お腹を下しているサラリーマン達はどうやってこの戦場を掻い潜っているのだ。

窓の景色が変わらない。

一分が永遠に感じられるような時間だった。


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