短編(アスリー1):ウェインの性癖に関与した者

 『ウェイン・アポカリプス』本編が始まる数年前。アスリー21歳。ウェイン11歳の時の話。

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 レオン王国内で、かつ世界最大で栄えている都市があった。

 魔法都市ラクス。

 そこには魔法学院があり、数々の研究をし、また様々な訓練をする学生が集まっている。高等教育を受けられるなんて金持ちだと相場は決まっているが、貧しい村育ちの貧乏な学生も多く集まっていた。

 しかしアスリーはそんな貧乏学生とは一線を画していた。

 既に学生の身分は卒業し教員免許も持っている。今は研究者として活動を行っていた。


 アスリー・シーズ。21歳。女性。専門は黒魔法と錬金術が少し。


 長い黒髪に、黒い瞳。髪の毛は後ろで束ねている。

 背が高くてスラッとしていて。まだ若いし顔と声が綺麗なので男性にはまあまあモテる……のだが、彼女は今、異性関係からは足を遠ざけたかった。


 離婚したのだ、去年。


 産んだ子供も親権を夫に取られて、今は独りぼっち。

 離婚の原因や、その他もろもろのマズったこと。それはもともと『魔法』にしか興味がなかった自分自身が9割方悪いのだという自覚はあった。

 妙な性癖も嫌われた理由のうちの一つかもしれない。

「あー、カネがいくらあってもコレじゃ幸せには程遠いじゃんか……」

 魔法学院の中庭の、大木の根元に寝転びながら呟く。

「空はあんなにも晴れているのに……」

 研究が進まず、人間間の上下関係に疲れて研究室から逃げ出してきたのだ。


 昔は。

 魔法の研究をしていればそれだけで幸せだった。

 いつの頃からだろう。学院内の政治関係に配慮するようになったのは。

 アスリーは18歳で卒業し、研究職に就いている。その後お見合い話に乗って結婚し、子供を儲けて産休の期間があったため魔法学院での実働時間は長くない。

 去年、離婚するまではアスリーの苗字は『ドリウス』だった。結婚してアスリー・ドリウスになったのだ。

 戸籍上は旧姓のアスリー・シーズに戻っているが、魔法学院内では通名としてアスリー・ドリウスを名乗ったままだった。


 この苗字は、どうしようか。

 旧姓に戻しても構わない(手続きとか慣れが面倒、くらいだ)が、今ドリウス姓を捨ててしまっては、我が子との唯一の接点も切れてしまうような気がする。

 面会には月一で行っているが……何せ我が子セーヌ・ドリウスはまだ幼児。これでは彼女の記憶にも残らないだろうなぁ、とぼんやり思った。


 魔法学院の中庭。


 今は授業中だから、だろうか。人影があまりない。

 しかし、だいたい魔法使いなんてのは外で何かをする人種ではない。屋内で勉強したり研究したりがほとんど。実戦形式の魔法が使いたいなら訓練場を使えば良い。

 中庭には散歩している人がチラホラいる程度だ。


 が。アスリーの瞳は一人の少年の姿を捉えていた。


 先程から彼は魔法で何かをしている……『型』を訓練したり、そこに魔力を込めたりしているのだろうか。だったら訓練場でやればいいのに……と思ったが。最近カンが鈍すぎるか。少年は魔法学院の制服を着ていなかった。

 かと言って魔法都市ラクスのファッション、というわけではなさそうだ。あまり垢抜けてはいない。むしろそこらの村人ではなかろうか。

 別に魔法学院は関係者以外立ち入り禁止の施設ではない。簡単な許可を取れば誰でも中に入れる。ただ学食は安いが美味しくもないため、こっそり入ってくる人間も少ない程度の特徴である。

 いや、どちらにせよ少年だ。この場に相応しくない。

 彼くらいの年齢……12、3歳くらいか? ともあれ未成年、子供だ。学院の初等科の生徒なら制服を着ているはずだし。こんな子供が魔法学院に興味があるとも思えない。


 少年は魔法の訓練(?)を、延々と繰り返し続けている。


 体格は(12歳程度を想定してだが)普通くらいだろう。黒い髪に、黒い瞳。顔もカワイイ。キュートでチャーミングだ。

 魔法の訓練を延々と続けて集中している少年の表情に、惹き込まれそうになる。彼のことをカワイイと思った一方で、彼にはどことなく精悍ささえ感じられた。

「いいねぇ」

 学院内ではあまり見たことのない美少年(?)に、アスリーはしばらく見惚れていた。

 #ちなみにアスリーは、顔の良い初等科男子のことはほとんど覚えている


 彼女は……実はショタ趣味だった。

 少年はいい。夢と若さと希望に溢れている。もうアスリーのストライクゾーンど真ん中だった。

 しばらくその少年に見惚れていた。……一目惚れに近いかもしれなかった。ともあれ、しばらく見ていた。


 ……やはりカンが鈍い!


 アスリーは立ち上がり、大声を出した。

「おい、そこの君! 何してる!? 危ないぞ! その魔法をゆっくりと散らせ!」


 少年はアスリーの顔を見て……無表情な感じで、返してくる。

「大丈夫ですよお姉さん。いつもやってますから」

「いつも!? 君はいつもこんな無謀なことをやっているのか!?」

「無謀かどうかは知りませんが、結構いつもです。慣れてますから大丈夫です」

「慣れてる、って……!? 君は何をしているのかわかっているのか!? 低級魔法、せいぜい初級魔法程度の『器』に、上級魔法並の魔力を圧縮して注ぎ込んでいるんだぞ!? もし暴走したり暴発したら爆発して周辺が吹っ飛ぶ! 爆心地は君自身だ!」

 アスリーはその少年に、ゆっくりと近づいていった。少年は答える。

「魔法学院の制服や作業着は、耐魔法能力がついてるそうじゃないですか。被害が少ないんじゃないですか?」

「その服を、君は着ていないじゃないか……と言うか、君は何でこんなところでそんな練習をしている? 訓練場を借りればいいだろう」


 少年はこちらに体ごと向ける。しかし例の『訓練』は続けたままだ。アスリーは言った。

「君。とりあえずソレをやめてくれないか。私が怖い。本当に危険なことなんだぞ」

「はい」


 炎の魔法だった。

 それを精密かつ綺麗に威力を落としていき……炎は段々と弱まり、完璧に消えた。

 完全にコントロールされていた。

 アスリーは一息ついてから汗を拭い、ようやく落ち着いた。

 この少年のあの芸当。あんな真似、アスリーにはとてもできない。

 炎の魔法……黒魔法はアスリーの専門分野であるにも関わらず、だ。いや魔法学院内でもこれだけの出力であんなに精密にできる者は限られている。ほぼいないのではなかろうか?

 この少年。技術的にはまだ荒削りでも、物凄い潜在能力を秘めている。魔力だけで言えばそこらの卒業生よりも格段に上だ。


 アスリーは言った。

「そうだ少年。自己紹介がまだだったな。私はアスリーだ。君の名前は?」

 彼は言う。


「ウェイン・ロイス。11歳です」


「いい名前だな。顔もキュートだし。年齢もそろそろ私の好みだし」

「年齢……? ともあれアスリーさん。お姉さんの苗字のほうは?」

 痛いところをついてくる少年だ。

「魔法学院でアスリーと言えば私しかいないから大丈夫だ。それよりもウェイン君。君は魔法学院生なのか?」

「違いますよ」

「じゃあ何で」

「住んでる村の普通学校で飛び級、そして軍事教練で魔法の推薦を受けて。ラクス魔法学院の入学の試験を受けに来ました。村からは父と一緒に。でも父は今、手続きとかやってるみたいです」

 それで訓練場を借りれなかったわけだ。


 ウェインはアスリーに声をかけてくる。

「アスリーさんの制服。一般生徒のものと少しデザインが違いますね」

「おぉ、よく見てるな。そう私は学生じゃない。研究員だ」

「研究員ならこんな時間帯、研究をなさっているのでは?」

 頭の回る子供だ。だがアスリーにはそこも魅力的に見える。受け答えもしっかりしているし魔法だけでなく頭も良いのだろう。

 唯一、愛嬌が足りないのがちょっと残念なポイントだろうか。


「今は私、ちょっと休憩中でね。あーそうそう。私は今は研究員だが、教員免許も持っている。言わば『新米美人女教師』だ。……ねえ。この響き、そそらない?」

 チラッとスカートの裾を上げてポーズを取ってみるアスリーだったが。

「……はぁ」

 彼にはまだあまり、ピンと来ないようだ。

 11歳男子なんてもう女への興味いっぱいなようなものだけれど。あるいはアスリーが『女』と認識されなかったのかもしれない。

「チッ……。ともあれウェイン君。駆け出しの教師の視点からも言わせてもらうと、先程のような行為は危険であるばかりかあまり実践的ではない。君はもう上級魔法も扱える程の魔力があったから、その魔力はちゃんと上級魔法の『器』に入れること。そしてその入出力を素早く、そして精密に行うことのほうが良い訓練になる」


 するとウェイン少年は困った顔をした。

「僕……魔法は初級魔法までの『型』しか扱えないんです。器も術式も種類もたいしたものは使えません」

「え!? 何で!?」

「村で一番魔法が使える人でも中級魔法が使えなかったから……だから僕は中級や上級の魔法の『型』や『器』をどうやるのか知りません。ヒマなんで無理矢理に制御して押し込んでるだけですよ」

「そうか……。でも魔法学院なら、教師に教わらなくても図書室に行けばいい。手引書なら腐るほどあるぞ」

「まだ部外者で、かつ未成年の僕が図書室に行っていいのかどうか……」

 なるほど。一般的には『親御さんと一緒に来なさい』と図書室側も言うだろう。それが自然だ。


「ウェイン君。しかし君の先程のあの魔力。魔法学院は絶対に入学を許可すると思うが……試験がどうとか言ってたな。どうだった?」

 ウェイン少年は力なく首を振った。

「基本は僕、村の普通学校で教わっただけですから座学はあまり……。逆に実技は初級魔法の黒魔法ならほぼ満点だったんですが、そもそも『潜在魔力が大きすぎる』と試験官たちも処遇に迷っているようでした。初等科に入れていいのかどうか。もう飛び級扱いで本科生でいいんじゃないか、とか」

 アスリーは肯く。

「うん。君の力じゃ、初等科で学ぶべきことは少ないだろう。本科生でいいんじゃない?」


「初等科なら初等科の寮があるそうですが、本科生はそこ使えないらしくて。本科生になれば一般の学生寮を使うことになるけど、それは書類だけじゃなく身元引受人が必要だって。でも僕たちにはそんなツテないし、父も……父は商人をやっているんですが、長く村を空けることもできないから魔法都市ラクスには長く滞在できないし。そんなこんなで大人は揉めてます」

 ウェイン・ロイス。イレギュラーな存在。


 彼の……その潜在能力に。アスリーは心が惹かれた。

 純粋に惹かれたのだ。


 ……性癖とか関係なしに。


 繰り返すが、

 性癖とか関係なしに純粋に惹かれたのだ。


「じゃあウェイン君。アスリーお姉さんが少し口添えしてやろうか?」

「ん? アスリーさん、何かできるんです?」

「私個人にはたいして権限がないのだが。私の師匠が学院で偉い人だ」

 アスリーの師匠、アーク師匠は、学院の上層部にいてトップレベルの政治力がある。

「じゃあ、ちょこっとなら正式な手続きから外れても大丈夫ってこと?」

「うん。と言うか君の年齢でその才能を育てられなければ、それは魔法学院にとって損失だ。むしろ私の師匠本人がそれを見逃さないだろう。正式な身元引受人が決まるまでは数日、私がウェイン君を預かる形にしてもいいぞ」

 するとウェイン少年の顔がぱあっと明るくなった。


「本当ですかアスリーさん?」

「ああ」

「僕、図書室に行きたい。あと訓練場を借りたいです。一度本気で炎の魔法の出力を最大にして撃ち出してみたかったんで!」

「どっちも、私の連れなら顔パスだよ」

「やったぁ!」


 アスリーは真面目な顔で、切り出した。

「但し、二つ条件がある」

「はい?」

「一つは……君のことウェイン、って呼び捨てにしたい」

「ああ、いいですよそれぐらい。じゃ、もう一つは?」


 少し、沈黙ができてから。

 アスリーは言った。


「ウェインのこと、ハグさせて」


「はぁ!?」

「いいじゃん? 別に減るもんじゃないし」

「見えない何かがゴッソリ減りそうですが……何でですか? それってセクハラじゃありません?」

「ただの愛情表現だよ、愛情表現。ウェインだってお母さんとかにハグされただろ?」


 するとウェインは軽く首を振った。

「母さんは僕のことを産んで、育ててくれました。ベッドも食事も与えてくれている。……でもハグされた記憶はないです」

「そうなのか?」

「はい。他の兄弟連中と比べて、母さんはそこまで僕のことを好きだと思ってないのかもしれない……そんなふうに思っています。理由はわからないけど」

「なんだか哀しいな」


 アスリーは無造作にウェインに近寄ると、彼の身体を軽く抱いた。

「……」

 特に抵抗はない。拒否の意志なしと判断し、アスリーはウェインの身体をギュッと強く抱きしめる。


 離婚して子供と離れ離れになり、寂しかったのは私の方だ……とアスリーは思っていた。

 アスリーは愛情に飢え、また愛情を注ぐことに飢えていたのだ。

 そのくせ夫を愛することもできなかったし、愛されることもなかった。

 子供ができれば変わるかもという漠然とした希望は打ち砕かれたものだ。


 抱擁。

 小さくてあったかいウェインの身体。

 この感じに、いつも飢えていた。


 一方のウェイン。

「あったかい。なんだか安心する……」

 ついさっきそこで知り合っただけの仲なのに、結構懐いてくれている。

 彼は母親とあまりいい関係ではないようなことを仄めかしていた。

 『愛情に飢えている』のは、彼の方も……なのではないのか? 想像することだけしかできないけれども。

「アスリーさん。人間って、あったかいんだね」

「そうだぞ。人間はあったかいんだ」

「ふーん」

「ともあれ人間があったかいのはな、心があったかいからなんだ」


「……」

「……」

「……じゃあ猫とかは物凄く心があったかいの?」

「ごめん、適当言った」


 そんな感じで抱き合っていると、軽い女性の悲鳴がする。

 見ると。古参の女性教員、中年のグランクさんが立ち尽くしていた。

「あ、アスリーちゃん!? またなの、アスリーちゃん!? け、警察!? いいえ法務部が先かしら!?」

 狼狽えている。

 アスリーも狼狽えた。

「グランクさん、あの、その、これは。両者合意のことで……」

「アスリーちゃんはそう言って前に未成年と『行為』に及んで、逮捕されたことも何度もあったじゃないの! またなの!?」


 アスリーの腕から解放されたウェインは、怪訝そうに聞いてくる。

「アスリーさん、あなた何したんです?」

「いや、大丈夫! 書類送検すらされなかったからな!? 不起訴だぞ、不起訴! 履歴書的には何にも問題ない!」


 グランクさんは言う。

「君、大丈夫だった? ヘンなことされなかった!? そこのアスリーちゃんはね。腕前はいいんだけど性癖がちょっと……。その……『女騎士とオーク』みたいな類のヘンな本を買うのが趣味だし、さらには極度のショタコンで……」

 ウェインは呟くように言う。

「……。もしかして僕、悪い大人に騙されてた? 魔法ぶっ放してたほうが良かったかな?」

 アスリーはぶんぶん首を振った。

「違うぞウェイン。私は純粋に……!」

 グランクさんが言う。

「アスリーちゃん、黙っておいてあげるから! もうしないって、誓える?」

「ちょっ、違うんですってばグランクさん! このウェイン少年はマジで凄い存在です! 彼が受けた試験内容の詳細を見るように、アーク師匠に伝言を……いや、もう私が直接行きます! アーク師匠もウェインのポテンシャルを見れば、特例措置の10個や20個は許してくれるでしょう! 彼は魔法学院で育てるべき人材なんです!」

「そ、そうなの……?」


「一緒に魔法都市ラクスに来た彼の父親は早く村に帰らねばならないようでして。その場合、一時的に私の保護下におきますから! 他のアテが見つかるまで私の女子教員寮で寝泊まりさせてあげますから!」


 グランクさんは、叫んだ。

「アスリーちゃん! やっぱり貴方、それが目的なのね!?」

「だから違うんですってば! 私は純粋に!」

「いえ、信じられないわ!」

「ちがいますってばー!」


 ……。


 それからしばらく、ウェインはアスリーと共同生活を送ることになるのだが。

 ウェインは極度のショタ趣味のアスリーに、『そういうコト』をされたことは一度もなかった。


 但しハグはよくされた。

 と言うか。ウェインもそれは嬉しかったので歓迎した。

 ウェインは(母代わりのアスリーから)愛情を欲しがり。

 アスリーは(引き離された我が子の代わりに)ウェインに愛情を注ぐことを欲していた。


 それが回り回って、ウェインの人格形成にも多大な影響を与えることになるのだが。

(あと『黒髪ロング好き』と言う性癖も追加されたが)



 アスリーを知る、誰もがこう言うそうだ。

 『師匠、そして親代わりがアスリーで。よくウェインはまともに育ったよな』……と。


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