短編(アヤナ1):(書類上の)姫騎士の「くっころ」

 アヤナ・フランソワーズ(16)

 ウェイン・ロイス(16)


*


 魔法都市ラクス。その中心に建てられている魔法学院。

 そこはなんのかんのあって、偉大な育成機関であり最大の研究機関であった。

 ウェインはそんな魔法学院の、図書室から出てきて。自分の席がある職員室の方へ歩いていくと。

 同じくらいの歳だろうか、一人の綺麗な女の子が立っていた。


 魔法学院の制服ではない。どこか軍服に近く見えるが、王国軍の正規兵の軍服でもない。ただその衣装は、無機質な魔法学院の中でかなり映えていた。

 腰にサーベルを差している。

 彼女の長い黒髪は後ろで束ねられていて、艶がある。可憐で透き通った顔立ちに中肉中背、出るトコは出て細くあるべきとこは細い体型。可愛い、というよりは綺麗な顔。


 その少女は凛としていて、立っているだけで気品があった。

 黒髪ロングが性癖にストライクなウェインは、少しその姿に見とれた。

 彼女は笑顔でウェインに言葉をかけてくる。


「貴方がウェイン・ロイス様ですね?」

 会ったことはない(と思う)が……。


「ええ、ウェイン・ロイスは私ですが。失礼ですがどちら様です?」

「はい! お初にお目にかかります。王国騎士の叙勲も受けました、アヤナ・ワーリス・フランソワーズと申します。今後よろしくお願いします!」

「はぁ」



「……あれ?」

「……?」

 深々とお辞儀をした彼女だったが、顔を上げ、自分の顔を指差す。



「私のコト、何か聞かされていませんか?」

「いや。誰からも何も聞かされてないけど」

「えぇー!?」


 ウェインはポンと手を打った。

「あぁ。ウチの師匠……今ちょっと留守にしてるけど、その人に色々資格とか取らされたんだ。全部一夜漬けだったけど、そもそも名義貸すだけで実技はしないからサインだけすりゃいいとか言われたけど……そういう関係の人かな?」

「あ、私それに関連があるかもです」


「……中小企業診断士の方?」

「違います」


「地方公務員」

「それだったらココに来てません」


「古物商」

「おカネ関係のことじゃなくて」


「ファイナンシャル・プランナー?」

「だからおカネじゃないですってば!」


「ユニバーサル規格の人だ!」

「いいえ! もう……気づいて下さいよ。わざわざ名乗るの恥ずかしいんですから」


「?」

「フランソワーズ家、です。その四女、アヤナ」

 ウェインは少し驚いた。

「えぇ!? 名門貴族じゃないですか。でもその人がなんでまた俺に?」


「だからその話、何か聞いてません?」

「何も聞いてないですって!」


 廊下でそんなことを言い合っていると、教職員室から古参の職員、グランクさんが出てきた。手に何か書類を持っている。

「ウェインちゃーん、ごめんなさいね。こっちの手違いで書類がまだ回ってなかったみたい。これね。それとアスリーちゃんからの手紙も」

「師匠からの手紙?」

「渡したわよ」


 グランクさんは職員室に戻っていく、ウェインは手にした書類は後回しに、手紙の方を封を開けて先に見てみた。


『親愛なるウェインへ。

 教えることで学ぶことがある……とは誰の言葉だったか忘れたが。私はお前に教えることで色々教わった。師匠になるのもいいものだ。だから今度はウェインがそれをやってみろ。今回の旅は少し長くなる予定だが、必ず戻るよ。じゃーね。ばいばい。

 アスリーより』


「……」

「ウェイン様、何か書いてありました?」


 今度はウェインは手元の書類の束をペラペラとめくってみる。


『アヤナ・フランソワーズ。入学許可証』

『アヤナ・フランソワーズ。推薦書』

『アヤナ・フランソワーズ。ウェイン・ロイスへの弟子入り許可証』

『アヤナ・フランソワーズ。各種データ』


 目の前の綺麗な女性……アヤナは、ニッコリと微笑む。

「アヤナです。これからよろしくお願いしますね、ウェイン様」

「……。……無理」

「え」

「無理無理。絶対無理」

「なんでですかー! 書類は回ったんでしょう?」


「弟子なんて取ったことないから! キミは中小企業でも診断して帰りなさい!」

「ちょっ……ウェイン様が何の資格の勉強をしてたかはわかりましたけど!」


 ……。


 『アッシュの再来』ことウェイン・ロイス……聞いた話や新聞などの記事で勝手に神格化していたが、会ってみたら普通の男の子だった。見た感じ年相応で威厳もない。ただ少しキュートでチャーミングで、それとうまく言葉にはできないが、どことなく精悍さがあった。何故だろうか。同じ年齢のはずなのに。


 さて。アヤナは自室で悶々としていた。

 それは自分の生い立ち……フランソワーズ家における、自分の使命についてである。

 『結婚』。 


 現状アヤナは、家で他の兄弟姉妹たちとは、少し違っていた。

 父アリオスと母カルナに生まれた子供なのであるが、母カルナは、もと他国の奴隷であった。


 レオン王国自体に現在は奴隷制度はない。だが他国から連れてくるぶんには否定していない。

 フランソワーズ家は名門故に、奴隷の一人くらいはなんとも言われなかった。だが両親は思ったのだ。『将来、このアヤナを疎ましく思う家族が出てくるかもしれない』と。

 もし内紛などがあり、奴隷の子が『上』に立てば……それは家族の誰かが反対するかもしれない。少なくとも大義名分は与えてしまうだろう。

 そしてこれはアリオスもカルナも、更にはアヤナ自身もこう思い……そのアヤナは早々と宣言した。『私の地位の序列は兄弟姉妹の中で最下位でいいです』と。


 それからというもの。家族を常に持ち上げて、かつ増長しないアヤナは……すぐに他の大勢の家族に可愛がられるようになった。


 なので基本、アヤナは他の家族の皆と同じことができた。レオン王国の貴族の多くは男は剣術や槍術、女は魔法などの訓練をすることが多いがアヤナはどっちもやった。今では分隊指揮の訓練も始めた程だ。


 ただ一点。教育だけは少し違った。他の貴族の子たちが専門の家庭教師に学ばせることに対し、アヤナの場合は一般の学校で多くの友人たちと学んだのだ。

 多少は勝ち気で貴族にしてはおてんばではあるが、それが功を奏し学校では巧くいった。


 そして15歳になると、色々なことが起きた。

 父に可愛がられていたアヤナは、王陛下のもとへと送られた。見込み半分ではあったが、それによりアヤナは、女性としては珍しい、正式な『王国騎士』となった。それは王陛下直属の立場となり。そしてレオン王国との結びつきが少し弱まっていたフランソワーズ家は盤石となった。


 そして今、アヤナが16歳になった時。一つの、そして人生最大のミッションが与えらた。


 それは、あの『ウェイン・ロイス』と結婚すること。


 もちろんフランソワーズ家はラクス魔法学院へのツテを作りたいのだ。ウェイン側にしてもフランソワーズ家、そしてパイプのある王家とも繋がりができる。どちらにしても良い話だろう。

 アヤナは……見た目は(も)美しかった。


 黒い髪の色は偶然にもウェインと同じだった。

 別に髪の毛の色で何かが変わるわけでもないが、今のフランソワーズ家で黒髪は母カルナを除けば他にアヤナしかいない。

 そして運良く、アヤナとウェインの年齢も同じだった。

 庶民の家に生まれたウェインには、一般の学校で育った庶民派のアヤナが適任だとも言われた。


 問題ないように思えた。


 そう、もともとは縁談を持って行ったのだ。だがウェイン本人がまだ結婚を望んでいないようだとの返答があったので近づく口実に弟子入りの形にしてもらった。


 ……アヤナの魔法の能力では本来入学も厳しかった程であるが。王陛下から(見込み半分で)叙勲を受けていた『王国騎士』の立場を使ったら、なんとか捻じ込んでもらえた。

 しかし、とりあえず結婚への第一歩としていた弟子入りは断られてしまった……。


 さて。これからどうしたものだろう。

「魔法学院の人に聞いてみようかな」


 ……。


 翌日の朝。教職員室に赴いたアヤナは、運良く昨日ウェインに書類を渡してくれた職員さんを見つけた。こちらから頭を下げ、名前を名乗ると向こうも頭を下げてくれる。グランクさんという人らしかった。

「それでグランクさん。私はウェイン様に弟子入りしたいのですが。当の本人が乗り気ではありません。どうしたらいいでしょうか? 何か名案はありませんか?」

「うーん、そうねぇ。ウェインちゃんはアスリーちゃんの言うことなら結構聞いてたし……そうだ、アスリーちゃんが旅に出るに当たって大事な本を図書室に寄贈したって言ってたから、それを参考にするのもいいかも」


 アスリーと言う人が誰なのかは聞けなかったけど、まあウェイン様と近しい方なのであろう。アヤナは図書室に行くと事情を話した。職員は色々と教えてくれる。アヤナはアスリーが寄贈した本を何冊か取ってきては机の上に置き、カバンからペンとノートとメモ用紙を取り出す。


「あら? 絵なのかしら、これ?」

 読んだことはあまりなかったが、それは『漫画』のフォーマットであった。


 ……。


 朝。ウェインは浮かない顔で魔法学院にやってきた。

 何故浮かないのかと言うと当然、昨日の少女アヤナだ。どうやら自分に弟子入りすることで各所で話が回っているらしいが、どうやったらコレを断れるか……。

 そう考えながら職員室の前に行くと……その少女、アヤナが立っていた。

「あ、あははは。おはようアヤナさん……」

 アヤナ姫はニッコリ笑うと、言った。


「ウェイン様! 色々と、おねーさんが教えてあげる☆」

 チラッとスカートの裾をまくるアヤナ。


「……は?」

「ダメ?」


「ええと、何がなにやら……」


 アヤナ姫は少し我慢したような顔で言う。

「……くっ、殺せ!」


 なんかヘンな本でも読んだのだろう……くらいにウェインは思ったが。

 後に。ウェインは少々呆れ、頭を抱えることになる。


『なんでアスリー師匠は同人誌を寄贈したんだよ……』

『図書室のほうも、ヘンな同人誌の寄贈は断れよ……』


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