短編(モニカ1):中距離走はロックンロール

(第204部分 セクハラはロックンロール、あたり)

(本編より)


 ディアがミルクを飲みながら、ポンと手を打つ。

「そーだそーだ。タニアは何か楽器、できない?」

「ん? 楽器?」

「そう。私ら、ロックをやりたいのよ」

 アヤナが不満そうな声を上げる。

「ちょっとディア。私ら、って何よ『ら』って」

「いいじゃん☆ こういうのはノリでさ。で、どうなのタニア」

 タニアは軽く肯いた。

「ピアノが少しできるよ」

「おー! ピアノGET!」

「少しだけだよ? で、今は他に誰が何なの?」

「レーンがボーカル、私がアルトリコーダー、アヤナがバイオリン、エルがハンドベル、ウェインが口笛、モニカが貧乏揺すり」

「ぅお……むしろそれ音楽として成り立ったら凄いレベルだな!」

 ウェインは軽く笑いながら言った。

「モニカの貧乏揺すりは音楽にならんでしょ。そもそも音が出ないんだし」

「そう言うウェインも口笛だけって、相当なものだと思うよ」

「俺は指パッチンも併用できる」

「えー。でも音量がなー」

 ディアはニコニコと笑っている。

「私、引退したらロックで食べてくつもりなのよね」

「あー。若い情熱をロックにするつもりはないんだねー……」


(本編ここまで)


 モニカは内心、混乱していた。

「(そうだ! 貧乏揺すりって、音が出ないじゃん!)」

 ……今さらになって気づいたのだ。


 ディアさんは(引退したら)ロックをやりたいと言っている。まあディアさんのことだから、いつものように明日になったら忘れているような気がするけれども。

 しかし逆に明日から練習開始とか言ってきても驚きはしない。ともあれバンド(?)を組むなら私も一緒に組みたい!


 モニカは歌はうまくない。下手でもないが、普通だ。だがこのバンド(?)のボーカルはレーンさんのようだ。あの人の美声と、ガタイの良さから来る肺活量に合わせられるはずもない。

 楽器の訓練は受けていない。……正確には普通学校の授業で(ディアと同様に)アルトリコーダーを練習したことはあった。


 家でもなんとなく練習していると、母に様子を尋ねられた。

(何気なく)『咥えたりしゃぶったりするのが気に入った』と答えると、母に理不尽に怒られた。……そんな理由、子供の当時にわかるわけないではないか!


(#現在、モニカは13歳の未成年扱い。しかし今の彼女の性的知識は、家業に関わって色々な同人誌を見てしまったせいでやや偏りがちに、そして豊富にあります)

 ちなみに咥えたりが気に入った理由は、単に口寂しかっただけであるが。


 それ以降、アルトリコーダーは家に持ち帰らなかった。

 しかしそんなある日の教室で。モニカは見てしまったのだ。


 ……とある男子が、モニカのアルトリコーダーを舐めていたところを。


 無性に気持ち悪くなり、泣きながら先生に訴えた。あれ以来、アルトリコーダーはかなり苦手だ。


 それはともかく。ディアさんのバンド(?)には私も参加したい! と考えたモニカだったが。今さら音楽が何もできないとは言い出しづらい。

(貧乏揺すりは音楽に入るという解釈だった模様)

 モニカはこっそりエルに相談した。

 ここでモニカは、一つのミスを犯していた……既に幾つかミスをしているように思えるけれど。

 ともあれ、相談した相手がエルだったことだ。

 エリストア・クリフォード。愛称がエル。彼女はとても優しく、悪気がない。そしてあまり相手を否定しない。今回はそれが裏目に出た。


「ねえねえエルさんエルさん、どうしましょう?」

「なぁにモニカちゃん?」

「私、貧乏揺すり、できなくなってしまったかもしれません」

 エルは彼女に取って珍しい表情を浮かべた。

 ……半笑い、である。

「いや、それはそれでいいんじゃないかな。なんだか貧乏揺すりって神経質そうだし」

「違いますよ、楽器のことです。ディアさんのバンドの」

 エルはポンと手を叩く。

「あぁ、そうなんだ。私てっきりモニカちゃんは、バンドやりたくないけど断りにくかったのかなって」

「貧乏揺すりの他に、どうしたらいいですかね?」

「んーと。モニカちゃんが好きなものとか得意なものはないの?」


 考え込む。

 モニカは小さい頃からずっと、まあまあ陸上を頑張っていた。中距離走である。

 元来の運動神経の良さ、活発さも手伝い、学年が上がると順調に伸びていった。

 中距離を選んだ理由は消去法だった。


 短距離は、疲れる。

 長距離は、もっと疲れる(噂のランナーズ・ハイという気持ちよい感覚が来るかと思いきや、やってみたら苦しいだけだったのでもう多分きっと走らないだろう)。


 なので中距離にした……これもかなり疲れたのだけれども。だがやってみたらハマッた。実際モニカは年齢の割に心肺能力も高く、瞬発力も高く、基本の走力も高かったので中距離に向いていたと言える。

 ただ。練習でタイムを測って走るぶんにはいいのだが本番の走りはいつも苦手だった。 ……競争相手、が苦手だったのである。

 中距離はポジション争いや接触があるし、ぶつかって転倒もする。モニカはその駆け引きがてんでダメだった。

 だがモニカのいい部分は、別にそれを気にせずとにかくマイペースを守り続けて練習し続けたことだ。試合で勝てなくて悔しいことは確かにあったが、そもそも勝つために走っているわけではない。


 そう。勝つためではなかった。


 追いかけるためでもなく。

 逃げるためでもなく。


 走りたい。


 ただ、

 ただ、

 走りたい!


 それだけを思ってモニカは走り続けた。

 結果、学校での学業は平均レベルだったけれども。

 体育は5をもらえた。

 音楽は2だった。


 そしてこの基礎体力があったからこそ、13歳の未成年なのにウェイン隊に同行が許されているという事情もある。

 実際に魔法学院組の女子三人の中ではモニカは最も年下であるけれども、運動が苦手なエルよりも、鎧を着けて重装備を担うアヤナよりも、速く長く走ることが可能だった。



 モニカは少し嬉しくなって、エルの袖をくいくいした。

「エルさんエルさん。私、中距離走なら大好きでしたよ」

「そうなんだモニカちゃん。じゃあそれを音楽に……できないかなぁ? んー、難しいかも」

「じゃあちょっと聞いてみますね。ディアさんディアさーん」


「ん? どしたのモニカ」

「例のバンド。私、『貧乏揺すり』は撤回しようかと……」

 ディアはそれを聞くと嬉しそうに微笑んだ。赤茶けた髪のポニーテールが喜びで動く。

「おー! ついにモニカ、ヤル気になったのね?」

「はい!」

「で、何やるの?」


「中距離走です!」


「悪化してるゥー!」

 ディアの声が周囲に響いたが、まあディアは普段からわりと騒がしいので誰からもたいして気にされなかった。



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