第14話 和尚の秘事 ②

「和尚様、七兵衛様をお見送りして参りました」


「うむ……」


奥ノ間に入ってきた宗鑑は机に向かって物書きする和尚に声をかける。


その和尚の側に莫大な銭の山の風呂敷が置かれていた。

宗鑑は苦々しい思いでその風呂敷を見つめていた。


一年前の凄絶な現場が頭によぎる。


そこらじゅうに血が飛び散り、血溜まりの中で絶命したお猪が倒れていた。血がべっとりとついた黒髪の合間から覗く白目剥いた死顔の残像を振り払うように宗鑑は頭を振っていた。


「和尚様……、なぜこのような大金を七兵衛様から貰い受けるのですか!」


和尚は筆を走らせながら、小馬鹿にするような乾いた笑いを放つ。

「ハハハ、何を言う。これは寺請証文の代金じゃ」


宗鑑はギュッと衣を握りしめた。その拳は怒りで小刻みに震えている。


欲を断ち、俗世間の束縛・迷い・苦しみからぬけ出し、悟りを開く。その境地に立つ和尚を敬っていたからこそ、大金をせしめる俗物と化した和尚に哀れみを覚え、見るに耐えなかった。


そして裏切られた想いが身体に収まりきれない憎悪となって現れていた。

「和尚様、おたわむれは……。証文の代金がこれほど高額だと誰も払えませぬ」


「ハハハ、証文は十文じゃ。誰でも払えよう。これが七兵衛殿の十文なのじゃ」


「和尚様、あれ以来一体……、たびたびこのような大金を!」


和尚はやや振り向いて怒りに満ちた視線を投げかける。

「これはあくまでも、十文じゃ。お主にどのように見えようともな。お主は余計な事はしゃべらぬがよかろうて」


「あの夜、あのような惨事になってしまい、心から悔いております。こんなものを手にする和尚はどうかしておりまする!」


和尚の口の端に嘲笑を浮かべる。


「そうじゃ。これは“こんなもの”じゃ。じゃが、“こんなもの”がここにあったところで、わしは何もこまらん。だとすれば、“こんなもの”がここにあっても問題などないじゃろ。これはわしらにとっては庭先の小石と変わらん。そうじゃろう。お主は何に腹を立てておる! わしにはわからんが……」


宗鑑は、七兵衛がたびたび大金を手にやってきた後、和尚がその銭を持って留守をすることを知っていた。


ただ、和尚がどこへいっているのか知らなかった。いや、知ることを恐れていたかもしれない。


大金の寄付やお布施をせしめ、色に耽る失墜した坊主がいることは知っていたが、まさか和尚がそうだとは思いたくなかったからだ。


妖麗な美女と戯れる堕落した和尚の姿がちらつく。信じていた和尚に裏切られ、欲に溺れる和尚に歯痒い思いでいた。


宗鑑は汚らわしさに顔を歪ませる。

「お猪様の死後、このような銭を取ったとあれば、恨まれても致し方なし。この寺に棲まう亡霊は和尚様が呼び込んだものではありゃしませんか! あれほど進言しても無視なさり、何もせず放置なさるのか!」


和尚は急に身震いし、血相変えて声を荒げた。

「わしを愚弄する気か! 臆病者が! この寺に亡霊が棲まうじゃと! どこぞの盗人と勘違いしよって! そのために寝ずの番を設けておるじゃろうが。亡霊などおらぬわ! お主こそ、ありもしない戯言を吹聴して回るは皆の不安を煽るのみじゃ。やめよ!」


和尚の言葉は全てを否定するものだった。

もしや空耳だったかもと、時間の経過とともに確信が揺らぎかけはしたが、確かに仄暗い闇から女子の啜り泣く声を聞いた。


なぜ和尚はその事実を突っぱねるのか、宗鑑が嘘を吹聴して回る性格ではない事を一番理解しておられると信じていたのに裏切られた気がした。


宗鑑は乱暴に襖を開けて奥ノ間から逃げるようにその場を後にした。


「おい! 宗鑑! 待ちなさい!」


和尚の怒号が宗鑑の背中越しに覆い被さってきたが、振り解くように歩調を早めた。そしてそのまま宗鑑は本能寺を去った。

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