6 高校時代

 私の通っていた高校は、地元駅から電車とバスで一時間ほどのところにあり、畑の真ん中にあった。

 見渡す限り、畑か荒地で、遠くのほうに民家がポツリポツリとだけ見えた。それらは霞がかっていた。

 私の高校生活は、あまり記憶には残っていない。

 たぶん例の一件 (ヤンキーからの暴行) で、私は深く傷つき (自業自得でアホらしい話なのだが) 、解離と分離をしていたのだろう。

 つまり私は、記憶や感情を切り離し、離人症のようになっていた。死んだように生きていた。その状態がしばらくのあいだ続いた。

 私のクラスは、他のクラスとは違う階にあり、三年のあいだ、他との交流はほとんどなかった。

 隣に同じ学年のクラスが一つだけあったが、ほとんど女子で構成されていた。私たちのクラスは男子ばかりだったので、やはり交流はあまりなかった。

 私のクラスにはオタクが多く、私も次第に彼らに影響されていき、少なくとも見た目は、明らかにそれになっていた。

 私は「ヤンキーとオタクはコインの裏表」だと思うのだが、それは自身の実体験にも基づいている。

 私は眼鏡を壊し、父に新しいそれを買ってもらえなかったので、彼のお古をつけて学校に通っていた。牛乳瓶の底のような眼鏡だった。

 その高校での授業は、中学校の勉強のやり直しみたいなものだったので、私でもなんとかついていくことができた (気がする) 。

 私は中学校で部活動に懲りたので、高校生活の三年間を帰宅部で通した。


 相変わらず私は学校の勉強をせず、家では菓子やジュースをひたすら飲み食いし、テレビ・ゲームをやり続けていた。

 その一方で、私はその頃から漫画家を目指し始めた。

 Gペンやスクリーントーン、原稿用紙で本格的な漫画を描き始め、漫画雑誌に投稿をし、出版社にも持ち込みに行った。

 描いていた漫画はファンタジーものが多く、たまにギャグ漫画も描いていた。



 ある日、父親から「遊ぶつもりで行くのなら大学には行かせない」と告げられた。

 それは大学の費用を出したくないための口実なのだろうと、私は思った。父はパチンコ三昧で、数十万の中古車を買うために両親から借金をしていたくらいだったからだ。

 結局、私は就職することにした。実際勉強するために大学に行くつもりはなく、遊びで行くのではないことを証明することもできなかったからだ。お金がないのなら、専門学校に行くことも難しいだろう。

 当時私は漫画家になるつもりでいたので、仕事をしながら漫画を描いて、新人賞を獲ればいいと考えていた。私は根拠のない自信を持っていた。

 漫画家のアシスタントになろうかとも考えたが、父親に否定され、出版社の編集者にも君の画力だと難しいと言われたので諦めた。その頃の私はかなり従順だった。


 余談だが、その頃私は、父親に対して本気の殺意を抱くことがあった。

 何かの理由で父は私を叱りつけた。理不尽な理由だったと思う。

 そこはキッチンだった。

 「包丁でこいつを刺そうか」という考えが、私の脳裏をよぎった。

 しかし、私はその考えを払拭した。俺は漫画家になりたいんだ、と思った。俺は漫画を描きたいんだ、と。

 思えば私は、ずいぶん「夢」や「やりたいこと」に助けられてきた気がする。それらがなければ、今ごろ私は自殺しているか、塀の中にいるだろう。

 私が「夢を持つこと」や「やりたいこと」を否定しないのは、そのような理由もある。



 おばやおばたち一家とは、その頃ほとんど会っていなかった。年に二、三回何かで顔を合わせるくらいだった。

 おばがガンになったと私は聞いた。

 おばの家に行き、久しぶりに彼女に会った。

 おばは以前通り笑顔で迎えてくれたが、彼女の顔は少し浮腫んでいた。

 おばがガンになったと聞いても、私の心は揺れなかった。それに対して罪の意識を感じることさえもなかった。

 先にも書いたように、私はそのとき離人症的になっていた。

 何かフィルターで、私の意識と現実のあいだが隔てられているような感覚だった。

 私の世界は、どこか濁っていた。それは、少し灰色を帯びた白濁色だった。

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