3 ボーリング場にて

 おばとおばの家族は、よく家に遊びに来てくれた。

 そして私が、おばの家にでかけると、いつも笑顔で迎え入れてくれた。

 私は、自分の家と家族の中では、常に緊張していたように思える。私が心底からホッとできたのは、おばたち一家の中でだけだった。

 ようするに、私にとっての「安全基地」とは、おばたちであり、私の家族ではなかったのだ。おばたち一家の中では、私は「所属感」を感じることができた。

 私がいつも眠る前に、なかなか毛布 (いわゆるライナスの) を手放すことができなかったのも、それが一因だったのだろう。


 おばやおばたちの家族から、叱られたことはほとんどなかったが、おばからこっぴどく怒られたことが、一度だけあった。

 当時の私には、それがとてもショックだった。

 私とおばたちで、ボーリング場にでかけたときだ。

 幼い私は、ピンデッキの奥に興味を惹かれた。ピンセッターのあるところに。

 「あの中に飛び込めば、違う世界に行けるのではないか?」という発想が湧いた。

 当時の私は、よくそういう場所を望んでいた。そこに入れば、ここでない何処かに行けるような場所を。

 今から思えば、それは自殺願望だったのかもしれない。無意識的な。あの機械に巻き込まれたら、怪我では済まなかっただろう。

 余談だがその十年後、私は意識的に自殺行為を図ることになった。学校生活に耐えられなくなったのだ。

 私は、おばたちがよそ見している隙を突き、ピンセッターに向かって、レーンをダッシュした。

 途中でおばが気づき、慌てて私の後を追った。

 レーンの真ん中辺りで、私はおばに背後から捕まった。

 そのとき、何を言われたのか全く覚えていないが、とにかく怒られたことだけは記憶にある。

 とても怒られた。

 いつもニコニコしているおばが、そのときだけはとても感情的になっていた。そんなおばを私は、後にも先にも見たことがなかった。

 地下のゲーム・センターに移動したあとも、おばは私を叱り続けていた。いくらかクール・ダウンはしていたが……。

 先にも述べたが、それが私には非常にショックだった。あのおばが私を叱るとは思えなかったのだ。そしてこんなに感情を露わにするとは……。


 その後も、私とおばたちとの関係は続いた。

 私はおばに会う度に、あのとき私を怒ったことをなじった。当時の私はそのことを、とても根に持っていたのだ。

 おばはいつもの笑顔で、そのことをとぼけた。そしてうまく話をすり替え、私の追及を逃れた。そして私は、いつもそれに引っかかってしまうのだった。



 夏になると、私たち一家は、おばたち一家、そして他の親戚たちと、田舎の祖父の家に行った。

 近くに海があるので、私たちはよく海で遊んだ。あるいは近くの水族館と博物館へとでかけた。

 家の中にいるときは、私は自由帳やカレンダーの裏によく落書きをしていた。

 私はその頃、あるテレビ・ゲームが好きで、よく遊んでいた。魚の姿をした敵が出てくるシューティング・ゲームで、私は魚の絵ばかりを描いていた。

 ある日私は、クレヨンでゴザにラクガキをしてしまい、祖父に怒鳴られ、泣きべそをかきながら雑巾でそれを消した。

 おじが家の外で、木材を鋸で切っていた。私はそれを側で眺めていたのだが、おじは突然、鋸で、自分の脛を斬った。

 おじの脛からは、鮮血がダラダラと流れていた。

 おじは「試し斬り」と笑い、平然と作業を続けた。私は「この人はヤバい」と、子供心ながらに思ったものだった。

 このおじは、あのおばの夫なのだが、彼を含めて、私の親戚たちは奇妙な人たちが多かった。私もよく変わり者だと言われるのだが、それは多分、この人たちの血を引いているからなのかもしれない。

 どことなく危険臭を漂わせている人もいた。

 余談だが、私は小学生の頃、スイミング・スクールの帰り道に誘拐されかかったことがあった。その犯人は、親戚たちのうちの一人だったのではないか、と私は今でも疑っている。

 祖父の家の裏庭は広大に見えた。

 というかそこは「祖父の家の」ではなく、他人の土地なのだが、見渡す限り何もなかった。

 幼い私には、アフリカのサバンナを思わせた。テレビや本の中でしか、見たことはなかったが。

 大人になってから、祖父の家を訪れてみたが、そこは思いの外小さな土地だった。せいぜい平家建てが二、三軒くらいの。


 ある日、親戚たちが祖父の家で、あのおばのことを話していた。その話を私は、小耳に挟んだ。「面白いことを言おうとするときは、面白くないんだけど、そうじゃないときは面白いんだよねぇ」

 子供の私はそれを聞いて、彼女らにどことなく不信感を抱いた。内容はともかく、「意地悪な感じ」が伝わってきたからだろう。

 あのおばは、「世間に負けていない人」だったのだろう。そういう人たちが世の中には、少数ながらいる。

 だからあの人は、私にいつもやさしくしてくれたのだろう。きっと「世間」よりも、「私」を選んでくれたのだろう。

 そういう意味で、おばは強い人だったのだろう。

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