怪盗ハッタードハッターズ! 第一話「星も見えない都会の空でも」

みこ

怪盗ハッタードハッターズ! 第一話「星も見えない都会の空でも」

 俺は、怪盗ハッタードハッターズ。


 金持ちから金を奪い、貧乏な人間に恵んでやるのが仕事だ。

 といっても、何か高尚な考えがあってこんな事をしているのではない。

 ただの雇われ人。

 仕事だから怪盗をしているだけだ。


 今日は、都内にある高層ビルから、ちょっとした名画を盗む仕事だ。


 そ……っ、と壁に掛かっている名画に手を伸ばす。


 女性の絵、か。

 俺はその絵画の中の女性にチュッ!と投げキッスをした。


「お嬢さん、悪いが俺と来てもらうぜぇ〜!」


 絵画は、豪華な額縁に納められているが、それほど大きくはない。

 これで8000万円の価値があるらしい。


 この程度なら、俺の七つ道具の一つ、ノビール紐を使い背中に背負う事が出来るだろう。


 これでもかというほど真っ黒な特注品のジャケットから、ぐるぐる巻きにしてある紐を取り出した。


 額の後ろに仕掛けがない事を確かめ、俺はそっと絵画を壁から外す。


「…………」


 何も起き、ない。


 ヨシ!


 心の中でガッツポーズを取り、絵画を背中に背負う。


 ここからの仕事は、既に手筈を整えて貰えているはずだ。


 俺は北側の廊下へと出る扉を、暗闇の中で探し当てる。


 ガチャリ、と取っ手を回したその時。


 ウ〜〜〜〜〜!ウ〜〜〜〜〜!と非常ベルが鳴り響いた。


 まずい!見つかったか!!


 人が来る前に、ここから退散しなくては。


 人の叫ぶ声を遠くに聞きながら、俺は北側の廊下を走る。

 北側の壁の端。

 そこに脱出ルートが準備されている。


 柱の陰に隠れながら、俺は辿り着いた脱出経路への窓をガバッと開けた。



 そこにあったのは、1本のロープだった。


 100メートルほど離れた向かいのビルの一室へと繋がっている。

 ホテルの一室のようだ。


「コレを渡れって?」


 下を見ると、地面は300メートル先だ。


 まじかよ。


 思いながら、七つ道具の一つである特注のカラビナをロープへと取り付ける。

 背後の警備員の声は大きくなった。


「行くしか、ないか」


 俺は、この間見たアクション映画のセリフをこれでもかと見せつけるように言う。


 視聴者は誰かって?


 俺さ。



「よっ」


 チャームポイントであるキャスケット帽を被り直した俺は、仕方なくロープに飛びついた。

 頑丈な39歳が飛びついてもびくともしないとは。

 うちの会社もやるじゃねーか。


 兎にも角にも、俺はズルズルとロープにしがみつきながら、渡って行く。


 この姿がバレれば、ロープを切られて御陀仏だろう。

 けど、道はコレしかない。


 幸いな事に運はいい方だ。

 おみくじを引けば中吉以上は確実。

 屋台のおもちゃくじで当たりを引いて婆ちゃん困らせた事もあったっけ。

 屋台荒らしのケンイチと言えば、俺の事さ。


 外れるのなんて、牝馬限定くらいのものだ。

 まったく。

 お嬢さん達は、俺が予測出来ない方へ飛び回ってくれるからな。



 たった100メートル。

 走れば30秒もしない距離だろ?


 あっという間に、30メートル程進んだ。


 だが、ここからは風との戦いだ。

 時々吹く風を、俺は戦いを挑む様に睨みつけた。

 小さいとはいえ、背中に板を背負っている身だ。

 これが、命を賭けた戦いってやつよ。


 俺は、下を見ないようによじよじとロープを渡って行く。


 ふと、正面にビルの合間から覗く空が見えた。


「ああ…………都会の空ってのは、これほどまでに曇ってるんだな」


 星なんて、見えなかった。

 月だって、見えなかった。


 ただ、分厚い灰色の雲が、空に敷き詰められているだけ。


 月も星もない空なんて、苦しいって?


 いいや、怪盗には、こんな空がお似合いなのさ。



 あと、半分。


 作業用の手袋をした手にも、汗をかくってもんだ。


 落ちない様に、無言で渡る。


 そこへ。


 びゅおおおおおおおおおおお。


 と、突風が吹いた。


 グッと手に力を入れる。


 危ない危ない。


 思ったのも束の間。


 ずるり。


「…………はっ!」


 背中に背負っていた絵画が、背中から落ちかける。

 仕方なくロープは右腕で抱き締める様に掴み、左手は背中へ。


 額に汗をかきながら、俺は、額縁の端を掴む事に成功する。

「なんてこった!」


 震える手で、ノビール紐の中に絵画を押し込む。

 安定感を確かめると、また両手でロープを掴んだ。


「なんとかピンチは脱した、か」


 怪盗にはピンチがつきものだ。

 これでまた、俺のファンが増えちまうな。



 半分を、越えた。


「ほ〜しも〜〜〜〜〜♪見えないぃ〜〜〜〜〜〜♪都会の〜〜〜〜〜〜〜〜♪空でも〜〜〜〜お〜〜〜〜〜♪」


 歌を、歌う。


 こんな夜には、寂しげなBGMが似合うってものだ。

 作詞、作曲、ハッタードハッターズ。


「お〜れの〜〜〜〜〜♪背中に〜〜〜〜は〜〜〜〜〜〜♪希望の〜〜〜〜〜〜〜♪女神よ〜〜〜〜〜〜〜♪」


 都会の曇り空に、俺は美しい歌声を送る。


 空よ、見えるか?この俺が……!!!!



 残りは、とうとう数メートルとなった。

 そして、2メートル、1メートルと、開きっぱなしの窓が、近付いてくる。


 危機一髪!これは、脱しただろ!?


 そして俺は、最後の腕を、伸ばした。


 その瞬間、窓の向こうに、人影が見えた。


 黒いスーツに身を包んだ、男達。


 しまった!こいつら隣のビルの警備員……!!


 警備員達は俺の掴んでいたロープを、容赦なく切り落とした。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」


 隣のビルの壁にいつの間にか設置されたデカいエアーマットに、ターザンよろしく辿り着くまで、俺の美声が都会の空に響き渡った。

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怪盗ハッタードハッターズ! 第一話「星も見えない都会の空でも」 みこ @mikoto_chan

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