借金とか余裕で返せますけど? ~親のクレカで大量課金した女子中学生、アルバイト場に追放される。泣こうが喚こうがもう遅い。リボ金利でお金の大切さを学ばされます~

下城米雪

本編

「奈緒、お前を家から追放する」


 その夜、父母娘の三人が囲む食卓は修羅場だった。

 きっかけは娘の課金。スマホを与えられた彼女はソシャゲにハマり、父のクレカを使ってガチャを回した。


 総額、なんと31万3600円。

 9800円の課金を32回も繰り返したのである。


 その期間、僅か一晩。


 当然、隠し通すことなど不可能。

 必然、開かれる家族会議という名の裁判。


「あのさぁ、法律って知ってる?」


 娘に反省の色は無い。


「家から追放? 私まだ中学生だよ?」


 もちろん「やっちゃったな」という気持ちはある。

 しかし、彼女としては欲しかったレアキャラを手に入れただけ。一晩で大金を浪費したという感覚は無く、父を言いくるめられると思っている。


「追放なんかして、後悔するのはパパの方だよ?」


 これに対して、父、キレる。


「やかましい!!!」

「ひっ」


 普段は温厚な父から初めて発せられた怒声。

 娘は思わず小さな悲鳴を上げた。


「で、でもさ……」


 しかし娘、まだ粘る。


「クーリングオフ? とかで、お金は返ってくるんだから、それでいいじゃん。今回のことはその、ちゃんと反省して、二度としないから……」

「言い訳をするな!!!」

「ひぇっ」


 父、二度目の絶叫。

 実は慣れない絶叫で喉が痛い。机の下に隠した手は先ほどから謎の震えが止まらず、隣で静かに目を閉じて座る母の手を握ることで、どうにかお説教モードを維持している。


 父はスゥぅぅと息を吸う。


「これはパパの責任でもある。どうやら奈緒なおを甘やかし過ぎたようだ」


 しょんぼり小さくなる娘──奈緒。

 その目には、ちょっぴり涙が浮かんでいる。


「ガチャで使った金は、働いて返しなさい」

「……は、はぁ? 働くとか意味不明なんですけど。つうか中学生はバイトとか無理なんですけど。ほんと法律のこと――」

「口答えをするなバカ娘が!!!」

「ふぇっ」


 驚いて少し仰反る奈緒。

 父はゼェハァ荒い呼吸を繰り返して、言う。


「I商事、警察官、弁護士。この辺りの知り合いに相談して、奈緒でも働ける環境を用意した」

「……I商事ってなに」

「家族マートの親会社だ」

「ああ、コンビニの。てかパパ知り合い多いね」

「これが大人というものだ」


 コホン、父は咳払いをして話を戻す。


「今週末から奈緒は駅前にあるコンビニでアルバイトをすることになる。土日のみ。開始時間は十時、」

「ちょっと待って部活あるんですけど!」

「貴様に拒否権など無い!!!」

「ひっ、い、いちいち怒鳴らないでよ!!」

「やかましい! 俺は呆れ果てた! 優しいパパは、奈緒の愚行で死んだと思え!」

「……そ、そんなぁ」


 父は再び力強く咳払いをする。


「とにかく土日に十時から八時間、奈緒を家から追放する。アルバイトを通して三十万という金の重みを知りなさい!」


 

 ――かくして、



「……マジありえないんですけど」


 次の土曜日、奈緒はコンビニの前で呟いた。

 現在、父に31万6000円の借金をした形になっている。手作り感あふれる借用書にサインして、これを自力で返済することになった。


 それまで小遣いストップ。

 スマホは没収で友達と遊ぶことも許されない。


「虐待でしょこれ。ほんと最悪」


 身から出た錆。しかし奈緒は、この罰を素直に受け入れられるほど大人ではない。


「まあでもいっか。強制部活うぜぇし。あとバイトしてるとかカッコいいし?」


 一方で、逃げ出すほど子供でもなかった。


「冷静になりなさい。この世界は私を中心に回っているの。私に不都合なことなんて起こらないんだから」


 右手の人差し指をこめかみに当てて考える。


「ひらめき! 借金完済の体験記とか絶対バズる! これはもう奈緒ちゃん有名人に一直線だよ! ふふんっ、歩く天才とは私のことね!」


 気合十分。

 年齢相応に人生を舐めている少女は、勝気な笑みを浮かべてコンビニに入店したのだった。


 そして二日間の勤務が終わる。

 夜、自室。ベッドでうつ伏せになっている奈緒は、はじめてのアルバイトで社会の厳しさを痛感して後悔――


「らっくしょうね! がはは!」


 後悔、していなかった。


「え、この土日で一万円ってマジ? クソチョロじゃんか~! お金ちょろ~!」


 この娘、実は優秀。

 文武両道、容姿端麗。積み重なった成功体験から生み出された人生クソチョロ系モンスター中学生なのである。


 コンビニ店長は、とても優しかった。

 当然だ。店長からすれば奈緒は上司の娘。何か問題が起これば首が飛びかねない。


 必然、VIP待遇。

 しかも奈緒は礼儀正しくて仕事覚えも早い。可愛がられるのは当然であった。


「ちょろ~!」


 脚をバンバンする奈緒。

 彼女は知らない。接客業の闇が、すぐそこまで迫っていることを。


 ――翌週。


「しゃーせー」


 その男性が店に入った瞬間、奈緒は息を止めた。


 ……うわ、臭いキッツ。なにこれタバコ?


「……」


 うっわ、なんかレジの前に立ったんですけど。マジ臭いんですけど。てか店長トイレなんですけど最悪。


「メディウス」


 は、なに?


「メディウス!!」

「ひっ」


 何こいつ超怖いんですけどぉ!?

 なんで怒鳴られたの? 何か悪いことした?


 あーもう意味不明!

 超臭いし怖いしマジ最悪!


「メディウスっつってんだろ早くしろやゴラァ!」

「ごめなさっ」


 無理無理無理!

 臭い怖い臭い怖い無理!


 はぁああ!? なんで私が怒られるわけ!?


「メェェディウスゥ!」

「ひぇっ」


 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

 謝ることしかできない奈緒。数秒後、騒ぎを聞き付けた店長が駆けつける。


「すみませんお客さん、はいこちらどうぞ」

「おせぇよタコ!」


 こうして闇を知った奈緒。

 その夜、枕を濡らしながら叫ぶ。


「あっりえないんですけどぉ!!」


 最悪最悪最悪マジ最悪!!!

 アレがヤニカス!? マジでカス!! 死ね死ね死ね朽ち果てろゴミニート!!


「あれがよくある事とか地獄なんですけどぉ!?」


 店長は奈緒を慰めながら「よくあることだから」と言っていた。


 慣れるしかない。

 それが店長の言い分である。


 ……いや、ないでしょ。

 無理無理、絶対ありえないから。

 

「いつか私が権力者になったら一匹残らず駆逐してやるぅ~!」


 コンコン、ドアをノックする音。


「奈緒、もう夜よ。少し声を抑えなさい」

「無理ぃ~!!!」


 母の指摘を拒絶して叫ぶ。

 

「なるほど、とても嫌なことがあったのね」

「最悪最悪! ほんと最悪なんですけど!」

「ふっ、無様ね」

「はぁ!?」


 母、まさかの嘲笑。


「まだ借金を一円も返済できていないけれど、もう心が折れたのかしら? あなたは年収一千万以下はクソ雑魚と言っていたわね? あなたのアルバイトは年収百万円にも届かない仕事なのだけど、それでも弱音を吐くなんて、我が娘ながらクソ雑魚ね」

「なっ、なっ、なっ……」


 刺さる。母の言葉が深く突き刺さる。


「余裕ですけどぉ!」


 ここで逃げ出すことは奈緒の矜持が許さない。

 それからの日々は、まるで週刊少年誌の修行シーンのような苦難の連続だった。


 奈緒はよくテレビを見て笑っていた。


 ぷーくすw

 そんなことないでしょーw


 創作だと思っていた理不尽が、彼女を襲う。

 しかし奈緒は、何度も涙目になりながらも、決して逃げ出さなかった。


「月末締め? ――え、給料来月なんですか!?」


 時には謎のルールに苦しみ、


「奈緒、あなたの朝食、それで約二百円よ」

「うそっ、これが……?」

「遊園地にある自販機のジュースも二百円ね」

「うそっ、一分くらいで飲み終わるアレが……?」


 時には親からチクチク教育を受け、


「ちっくしょー! なんだあの客ー!」


 時にはアルバイトのストレスをベッドでじたばた発散する。



 こうして、あっという間に二ヶ月の時が流れた。



 夜の食卓を囲む父母娘。

 中央には奈緒の初給料が入った封筒。


「……返済です」

「うむ、受け取ろう」


 父は封筒を受け取った。

 奈緒がアルバイトを始めたのは六月頭。それから締め日まで八営業日あった。彼女は中学生である為、アルバイトは「お手伝い」という扱いになっており、時給は最低賃金未満の八百円。六月分の給料を計算すると5万1200円になる。


 それは奈緒が使った金額に全く届かない金額。

 現時点で、彼女は自らの失敗を当時とは比にならないほど深刻に考えている。


 あれだけ働いて、いっぱい我慢して、たったの五万円ちょっと。しかも、そのお金が全て借金の返済に消える。彼女からすれば貴重な時間を失っただけである。


(……なんで、私が)


 グッと拳を握りしめる。


(……ガチャを回しただけなのにっ!)


 ギュッと結ばれた唇。

 目には薄らと涙が浮かんでいる。


 本当は理解している。奈緒は賢い子供だ。過去の自分をボッコボコにしたいと思う程に後悔している。


 ……31万だから、あと26万? 五ヶ月くらい?


「奈緒、後悔する気持ちは分かる。だが、自分が恵まれていることを決して忘れるなよ。今回、奈緒が使ったのは親の金だ。だから仕事も用意して貰えた。これが、もしも他人の金だったらどうなると思う? 奈緒は賢い子だから、パパが言いたいこと、分かるな?」

「……うっさい。わかってるし」


 心がトゲトゲしている奈緒。

 それについて父は何も言わない。


 この父、我慢しているが泣きそうである。

 娘が立派に働いてお金を稼いだ。実は心配で何度か遠目に見学していた。店長には、毎回のようにヒアリングを行った。娘の努力は彼が最も理解している。


 しかし! だからこそ!

 愛があるからこそ手は抜かない!


「これで、残りは27万226円だな」

「ちょちょちょ、なにそれ。計算ガバガバでしょ」


 スッ、父は借用書を差し出した。

 トントン、ある一点を指で叩く。


「年利、18%。リボルビング方式……?」


 読み上げて、首を傾ける奈緒。

 父はゲホゲホ喉の調子を整えて、説明を始める。


「リボルビング方式とは、利率を一年間の日数で割った利息が、現在の元本に対して毎日発生するものだ」


 奈緒は言葉を失った。


「仮に利率が365%なら、毎日1%借金が増える。次の日の利息は、増えた後の借金を元に計算される。怖いぞ、複利というものは」

「なにそれ信じらんない! めちゃくちゃじゃん!」

「そうだ、めちゃくちゃなんだよ」


 父は娘の声に被せるようにして言う。


「いいか奈緒、これが払えない額の借金をするということだ。お前がガチャを回すために使ったのは、そういう金なんだ」

「そんな……違う。私は、」

「違わない!!!」

「ひっ」


 悲鳴をあげる奈緒。

 父は心を鬼にして言う。

 

「使ったんだよおまえは! そういう金を! たった1日で!! 使ったんだよ!!!」


 この父、心の中では泣いている。

 しかし娘の将来を思うからこそ、我が娘ならば必ず乗り越えられると信じているからこそ手を緩めない。


「計算してみろ。返すまでに何日働けばいい」

「…………うっ、うぅ、ごめんなさい」

「謝るな。俺は計算しろと言ったんだ早くしろ」

「……許してください。私、こんなことになるなんて知らなくて……私、ひぐぅ…ごめ、なさぃ……」

「無駄だ。泣こうが喚こうがもう遅い」


 決定的な拒絶。

 借金を返済するまで許さない確固たる意思。

 

 それを察した奈緒は、声をあげて泣き始めた。


「……」


 やばい、やり過ぎた。

 父、泣きそうな目で母に助けを求める。


「まったく、仕方のない人達ね」


 母、動く。

 奈緒を優しく抱きしめて、そっと囁いた。


「大丈夫、夏休みに沢山働けばいいのよ」

「……やだ。遊びたいよ」

「リボルビング方式は、返すのが遅れれば遅れる程に借金が増えるの。それでもいいの?」

「……ぐすん。やだよぉ」

「じゃあ、頑張るしかないわね」

「……ちくしょー」


 よしよし。

 優しく頭を撫でる母。


 あっ、と何かに気が付いた様子で言う。


「夏休み、全部使ってもまだ足りないわね」

「……えっ?」


 くすくす笑う母。

 奈緒は鼻をすすり、計算する。


 たしかに、足りない。

 夏休み全部働いたとしても、ちょっぴり足りない。


「ねえ奈緒、今、くす、今どんな気持ち?」


 この母、鬼畜である。

 

「まさかとは思うけれど、逃げないわよね?」


 そして娘の扱い方を心得ている。


「私の娘が負け犬になんかならないわよね?」


 奈緒の涙はピタリと止んだ。

 母から逃げるようにして離れて、すぅぅっと息を吸う。


「ちっくしょぉおお!!!」


 親のクレカで大量課金した女子中学生の奈緒。

 泣こうが喚こうがもう遅い。両親は、決して奈緒の失敗を水に流したりしない。


 そこには信頼がある。

 娘は強い子。必ず乗り越えて、立派に成長してくれる。


 果たして奈緒は、信頼に応えて叫ぶ。


「負けないんだからああああ!」


 奈緒の戦いは、まだ始まったばかりなのだった。




【あとがき】

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