第21話 透き通って。

 紅い街道。


 全ての道はローマに通ず。

 その言葉を地でいくように、この世界では全ての国や地方が帝都に快適にたどり着けるよう、古くから紅い煉瓦の街道が敷設されている。

 この煉瓦もある意味聖魔具アーティファクトと呼んでもいい代物で、自動修復、魔物避け等の魔法効果が何千年と保たれている特級品らしい。

 紅い街道を通りさえすれば魔物に襲われることもない。

 そして、この街道は轍一つ残ることなく常に最適な状態を保っている。

 実はもう今の技術では作成することも不可能なレベルの聖魔具アーティファクトとなっていたのだ。


 そんな街道を走る馬車の旅は、快適だった。

 轍一つ見ることのない道は限りなくフラットで、段差なんかどこにも見えなかった。

 あたしの乗った馬車もほとんど揺れることはなく、まるで地球の高級車にでも乗っているかのような快適さだったから。


「ねえギディオンさま、何か魔法を使っていらっしゃいます?」


 思わずそう聞いてしまった。


「いや、何も? どうして?」


「だって、まるで宙に浮いているかのように快適なんですもの」


「はは。そういう意味でなら、この馬車には工夫が施されてるからね」


「馬車に、ですか?」


「うん。安定してフラットに滑るように走るよう、特殊な加工が施されてるよ。おかげで通常の馬車の三倍は早く走れるんだ」


 さ、三倍??


「そんな、、お馬は持つのですか?」


「馬もね、特殊仕様さ。専用オートマタだからね。見かけは完全な生きてる馬を装ってるけれど、中身は魔具の自動人形なのさ」


 そうあっさりと話すギディオンさま。



「特殊な秘密、でもないのですね?」


「そうだね。まだ一般には広めていない技術だけれどね、父が魔具研で研究した成果でもあるんだよ。すごいでしょ?」


 あは。

 子供みたいに悪戯っぽく笑うギディオンさま。

 なんだかその表情が、かわいいな、ってそう思った。



 ♢ ♢ ♢



 昼はピクニックのように。

 緑の草原でお弁当をつまむ。


 そして。


 夜は街道ぞいの宿場町で宿をとる。

 美味しい料理に舌鼓をうち、あたたかいベッドで眠るのだ。



 そんな快適な旅は、あっという間に終わりを告げようとしていた。


 目的地の聖都「カサンドラ」は、すぐそこに迫っていたのだった。








 ♢ ♢ ♢



 ベルクマール大公領の聖都カサンドラは、古い街並みだけれどなんだか懐かしさを感じる。

 下町のすぐ近くにある大公のお屋敷には大門があり、その奥の中庭にはものすごく大きな木が一本生えていた。

 樹齢何千年? って感じの大きな木。

 これも、どこかで見たことがあるような、そんな気がする。

 どうしてだろう。

 あたしはここにきた覚えはないのに。


「こちら、西側の離れが今日からしばらく私たちが泊まる場所だよ。元々はニーアがこちらにきた時に滞在する館なんだけどね。ちゃんと使っていいって許可ももらってあるから」


「お姉様の?」


「ああ。ニーアはね、帝国聖女宮所属の筆頭聖女であると同時に、大予言者「カッサンドラ」の名を受けつぐこのベルクマール家の公主でもあるんだ。だからこの大公家の屋敷の西の離れに、こうして彼女専用の館を持っているのさ」


「え、それって歴史で習う勇者と公主のお話の、ですか?


「うん。そうだよ。まだ今この時代には魔王は現れていないけどね」


「では、だったら、今代の勇者様は……」


 もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら……。


「うん、一応ね、私ということになっている。少なくとも帝国聖女庁ではそう認定されている、っていうだけだけどね。まあでもそのおかげで聖女庁が所有するマ・ギアを複数所有することが許されているから、こうして君や皆を守る力が今の私にはあるからね。よかったと思っているよ」


 あああ。

 確かにあたしはギディオン様に助けてもらった。

 それが勇者の力というならすごく納得なんだけど、それでも……。


「魔王が現れたら、ギディオン様は戦いの場に赴くこととなるのですか……?」


「はは。それが私の役目だからね。いや、もし私が勇者ではなかったとしても、魔王が現れ君が危険に晒されるようなことになるのなら、きっとこの身に変えてでも君を守るよ。セリーヌ」


「怖くは、ないのですか……?」


 そんな。

 まだ現れてもいない魔王だけれど、そんな魔王が現れた時には率先してかの者たちと戦う運命だなんて。そんな宿命を背負わされていただなんて。


 目頭が熱くなる。まぶたに涙がたまるのが、そして重みに耐えきれずそれが落ちていくのがわかる。


「怖いよ。いつだって怖い。だけど、私は目の前で大事な人が傷つく方がもっと怖い。だから自分にその力があるのなら、それを使うことに躊躇はしない。君のことが大事だから、絶対に守りたいから……」



 あたしの頬の落ちた涙をさっと拭い、そして優しく抱きしめてくれたギディオンさま。


 心臓がドキドキと鳴り止まらなくなって。いつの間にか涙も止まっていた。

 頬の熱さが増して、あたしはそのままギディオンさまをふんわりと見上げる。


 こちらを見つめる彼の瞳が、とても透き通って。

 綺麗だった。

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