第20話 帝国。

 今回の旅行はちょっとばかり大所帯となった。

 馬車は荷馬車も含めて四両。侍女さんも護衛も引き連れての旅になってしまって。

 というのもお父様が、「仮にも一国の公爵家の人間が帝国領を通るのに、着の身着のままろくすっぽ荷物も持たずに行くつもりか!」とおっしゃって、ギディオンさまもそれに納得なさっていたから。

 貴族ってめんどう。

 ほんとしょうがないなぁ。

 侍女さんも連れて護衛の騎士さんも一緒だから大所帯になるのはまあ仕方がない部分もあるけど、正直もう少しこんな大袈裟じゃない旅がしたかった。

 ギディオン様と二人楽しく旅行ができたら、それでよかったんだけどな。


 商人ギルドの人とか冒険者ギルドの人なら移動の自由がある。犯罪者として手配されている人以外なら、普通帝国内だったらどこでも移動は自由だった。もちろん各地の要所には関所となる街があるけれど、それでもギルドカードさえ所持していれば比較的審査は緩いそうだ。

 アランさんは商人ギルドと冒険者ギルド、二枚のカードを所持しているらしい。帝都に行った時の思い出話とかもこの間聞かされたけど、なかなか楽しそうだった。羨ましいな。


 今回行くベルクマール大公領は帝都に行くのとは正反対な方向にある。途中、ヘルマウント山脈っていう物騒な名前の山の脇を迂回することになるけど、その先にある聖都は広大な盆地の真ん中にあるらしい。っていうかね、地図を見てみたことがあるんだけど、実はこの世界、帝国のあるエウロパ大陸(ううん、亜大陸って言った方がいいのかな? 今でははるか東の地まで陸が続いていることもわかっている)って、地球のヨーロッパとよく似た地形になっている。

 帝都がある場所がローマ、マグナカルロはヴェネツィア、ベルクマールはウィーン。

 そんなイメージかな。

 もちろんこの世界の地図がどこまで正確なのかわからないし、あたしが覚えている地球の地図だって曖昧だ。

 だから完全に一致しているのか、という疑問には答えが出ない。

 文化的にもよくわからない状態で、この世界は帝政ローマの時代が長く何千年も続いた後のヨーロッパ、といった雰囲気もある。


 帝国。


 今年は帝国暦6751年。

 すでにその成り立ちから6000年以上の年月を綴っている。


 この世界の中心である皇帝が君臨するその帝国は、周囲の多数の国家からなるパクスの地だ。


 北方のガリアの地もかつては未開の地と呼ばれていたけれど、今では充分に発展しているし、そのまた北に位置するノーザランドすら人はその営みをはじめている。


 帝国を構成する東の端にあるマグネシア周辺から陸路海路を抜けたさらに東には、龍が住まうという華国がある。

 南に目を向けると、砂漠の先にカナンという国家があることも知られている。

 それらの国家とはほぼほぼ交易のみ。文化的な交流も多少はあるけれど、あまり深入りすることなくゆるくつながっている。そんな状態がここ数千年の長きに渡って続いていた。

 地球のように過激な戦争がないのは、ひとえに魔王の脅威が人々の心に染み付いているからかも知れなかった。



 帝国が帝国となったのは初代カエサルの時代。小国の連合であったそれまでの国を武力で征服し統一国家を作り上げた初代皇帝だ。

 実は初代の魔王と呼ばれる人、その人こそがこの初代皇帝カエサルなのだという。

 帝国の歴史を習うと必ず出てくるこの人物。彼が魔王ということは皇帝は魔王の血をひいているって事?

 最初はそうも思ったけどどうやら少し事情が違うらしい。

 そもそもこの初代魔王皇帝カエサルはそのあまりにも行き過ぎた恐怖政治により民の反感を買い、最終的には自分の甥に暗殺されている。後継者にするべく妹の子オクトバスを養子にしたカエサル。まさかその甥に倒されるとは皮肉な話だ。そのオクトバスが次の皇帝であり現在の皇帝はその血筋なのだと。


 ここで実は諸説あるのが、カエサルは暗殺されたのではなく封印されたのだという説。

 そしてその封印された時に残されたもの。それが魔王石という存在だった。


 以来魔王はおよそ500年の周期で復活し、そして封印されてきた歴史がある。

 長い歴史の中でそんな魔王の封印を担ってきたのがベルクマール大公家だったのだということだ。


 帝国暦2156年、当時のガイウス帝の治世に復活した魔王に立ち向かい、そしてそれを打ち負かし再度封印する事に成功した勇者オクタヴィアヌス。

 そして帝の妹君であった大予言者カッサンドラがその勇者に降嫁し、当時のベルクマール大公国を興したのだという。

 オクタビアヌスは大公となり、その後一度もその血を途絶えさす事もなく続いていると。


 また、この大公家には必ず帝の血筋のものが公主として祭祀に携わっている。

 祭司として、大予言者、大聖女としての能力を持つ帝の血筋の女性が必ず。

 時としてそれは大公家との縁組であったりもするが、必ずしもそうではなく。ま、血筋を濃くし過ぎない為でもあったのだろうけれど。


 必要なのは、勇者である大公と大予言者である公主がどの時代も必ずこの地に存在する、という事であり。

 それがオクタヴィアヌスとカッサンドラから連綿と続くベルクマールの伝統なのだった。

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