第9話 星闇の森。


 キュイ 

 キュイ


 あれは、怪鳥ラクラスの鳴き声だろうか。

 魔物の一種ではあるけど、こうした森によく生息している鳥とトカゲの合いの子みたいな生き物だ。

 まあそこまで脅威じゃない。

 ただ、森に入る人を見つけるとああして声で周囲に知らせるたちの悪いトカゲだ。


 騎士団は30数名ほど。馬ではこの森に入れないことから、皆重装備のまま歩いて進軍している。

 あたしはそんな彼らの少し後ろを空中に浮かびながらついていく。

 一応、アウラの結界で空気の壁を作り纏っていることで、周囲にはあたしの気配は漏れていないはず。

 このまま騎士団が何事もなく魔獣を退治すればよし、危険になるのであれば手助けしたいと思って。

 あたしの聖魔法はきっと彼らの役に立ってくれるはず。

 ギディオン様のいう通り、あたしは実戦で攻撃魔法なんて使ったことはない。

 多分、練習すればちゃんとできるようにはなるかもしれない。だけど、今は、時間がないもの。


 アウラの壁、結界だって、上手く使えば彼らを守ることくらいできるはず。

 アランさんを助けた時のような、あんな失敗はもうしない。

 あれから夜な夜な少しずつだけどマナを放出する練習はしてきたんだから。

 ギディオン様に連れられ空を飛んだ時だって、上手くできたもの。

 だから、きっと。

 大丈夫。



 前方に大量の魔獣の気配。

 一箇所に集まってくれているのは幸いだ。

 はぐれ個体がいくつか騎士団と遭遇したけど、それは難なく退治できたみたい。

 デッドボア。

 ホーンドウルフ。

 あ、オーガもいる。

 小型の魔獣は少ないな。っていうか、あれだけの魔獣がひしめき合っていたら、体の小さな個体は大きい個体に喰われ魔力の足しになってしまうのかも。

 必然的に残った個体は大型魔獣ばかりになっていく。そんな感じなのか。



 魔素が充満している魔溜りは、もう少し奥にあるみたい。

 だけど。

 そろそろと。騎士団の目の前は魔獣の壁のようなもので塞がれ。


 奥に、やっぱりとんでもないほどの魔力の塊があるのを感じる。

 あれは……魔王?

 ううん、違う。

 もっと違う何か。


 吹き荒ぶ魔素の嵐。

 せめて、と、あたしは前方の風に干渉する。

 騎士団の面々が直接魔素の嵐にあてられないように、上空に魔素を逃して。


 戦端が開かれた。

 ギディオン様がさっと先頭に立つ。

 左腕を魔獣にむけ、興したマナを放った。


「ドラゴン・ノバ!!」


 そう叫ぶ声が聞こえ、ギディオン様の前方が真っ赤な炎の嵐に包まれた。



 その炎が戦闘開始の合図となった。

 まずギディオン様の魔法で先頭の魔獣を薙ぎ払い、その後各個撃破に移る。

 それが騎士団の作戦だったのだろう。

 大きな魔法を使える魔道士部隊のようなものはどうやらいない。

 魔法攻撃はもっぱらギディオン様の役目?


「ファイヤバレット!」


 弾丸のように炎の塊を飛ばすギディオン様。

 そして弱った敵を切り裂く騎士のヤイバ。


 先制したことで最初のうちは騎士団有利にことを運んでいるようにも見えていた。

 でも。

 数に勝る魔獣の圧が、だんだんと大きくなっていく。

 明らかに、押され始めているのがあたしにもわかってきた。


 どうしよう。

 あたしにも何かできること……。



 陽はすでに落ちて、辺りは濃い赤紫に染まっている。

 魔獣の姿も見え辛くなって戦いにくくなっていく。

 それに。

 魔獣は倒されても倒されてもその屍を乗り越え騎士団に向かってくる。

 体力的にもきついはず。

 魔獣の攻撃を避けきれず怪我をする人も増えてきた。

 そういった人はすぐ他の人に庇われ後方に移動して回復ポーションを飲んで、そしてまた戦線に復帰する。

 そんな流れの中、まだ致命的な脱落者は出ていない様子だけど……。それも時間の問題だろう。


 うん。もう、ばれちゃってもかまうもんか。

 見てるだけなんてできるわけなかったよ!


「キュア、おねがい! 体力回復! 身体強化! そこにいる騎士様全員に!」


 魔法の名前なんか覚えてない。でも、うん、できるはず! そう確信する。

 ポーション作る時と一緒だもの。だから。


 金色の粒子が放たれ舞う。

 無数のギア・キュアたちが騎士団の団員たちに降りかかり、その身体に吸い込まれるように入っていく。


「お願い、キュア。頑張って、みなさま」


 そう呟くと次は。


 あたしは空に浮きながら位置を九十度変える。

 魔獣の群れと騎士団の相対する線上の真横まで移動したところで。


「ウオーターバレット!!」


 空中に無数の水流の槍を生み出し、それを一斉に放つ。

 荒れ狂う風に巻かれドリルのように回転する水流は、弾丸のように飛び出し魔獣たちの体を貫いていく。


 ギャオー!!

 そう断末魔をあげ倒れていく魔獣達に、騎士団の人たちも流石にこちらに気がついたのか、驚愕の表情を浮かべていた。

 うん、でも。

 魔獣の意識を逸らす事には成功した。


 圧が減ったのか、騎士団の攻撃が効いている。

 魔獣はどんどん後退していく。

 うん。これなら。


 もう一度攻撃しよう。

 今度は反対側からだ!


 あたしは漆黒の丘のようになった魔獣の群れを飛び越えて向こう側に渡ろうと、空を蹴った。



 なるべく高く、魔獣の攻撃が当たらない高さへ。

 魔獣の中には熱流のブレスを吐くものもいる。

 だからそれに狙われないような高さを飛んだつもりだった。


 え!?


 いきなり強く感じる魔素の気配。

 魔獣の中心に真っ赤な魔力が興る!

 そして。


 ドドドドドドッツ!!!


 ギディオン様のドラゴン・ノバのような、そんな竜のブレスが一直線にあたしに向かって。


 避けられない!


 空中の、ちょうど頂点に上がったところを狙い撃たれるように放たれたそんなブレス。


 ああ、だめ。

 アウラ、お願い!


 あたしはその体にアウラの結界を強化し纏う。

 そのまま体を丸くして衝撃に備えた。




 ドドドドとした衝撃があたしの体をゆすっていった。

 丸くなってアウラの結界に閉じこもり、じっと我慢していたおかげか熱線はなんとか防げたみたいだけれど、そのままもっと上空に打ち上げられた、らしい。

 と、いうのも、身体を襲った衝撃はやはりかなりのもので、半分意識を失いかけたあたしは自分がどうやらかなりの上空に吹き飛ばされていたことに気がついたのだった。


 結界はすでに剥がれて無くなっていた。

 衝撃が収まり落下を始めたあたしはその体に当たる風の勢いに負け、どうにかなってしまいそうで。


 ジェットコースターで落下している時のようなものすごい荷重をその身に感じて身動きがとれない。


 ああ。あたしはこのままあの漆黒の魔獣の塊の中に落ちていってしまうのだろうか。

 意識がかろうじて残っているのに、身体との接続が切れてしまったかのようにいうことをきかない。魔法で、風の魔法で、と思ってるのに集中して念じることも、自分の魂のゲートからマナを放出する程度のこともできない。コントロールができない!!?


 焦れば焦るほど何もできない自分が情けなくなって。

 もうダメ。と、そう諦めかけた時だった。


 ドン


 衝撃があたしを襲う。

 ああ、もう、おしまいなの?

 一瞬そう思ったけどどうやら様子が違ってて。


「このバカ! どうして大人しく街に帰っててくれなかったんだ!」


 そう怒鳴る声が聞こえる。

 あたしの身体がぎゅっと何かに抱きしめられている?


 びっくりして、やっと意識と身体が繋がったみたい。あたしはゆっくりと目を開けると、目の前にはギディオン様のお顔。

 暗くてよく見えないけど、そのお顔は怒っているような、安堵しているような。でも、あたしのことを心配してくれたのがわかる、そんな表情に見えて。


「ごめんなさい。でも、黙って待ってるだけなんてできなくて……」


 あたしをぎゅっと抱きしめる力が強くなる。ギディオン様がなんだか泣き出しそうなお顔になって。


「無事で、よかった……。ほんとうに、よかった……。君まで失ったらと思うと生きた心地がしなかった……」


 そう、声を絞り出すように、おっしゃって。


「君の魔法のおかげで騎士団はなんとか踏みとどまれている。それは感謝している。だけど、無茶はダメだ」


 背中に竜の翼を生やし、頭にもなんだか竜のツノみたいのが生えているギディオン様。

 っていうかここは空中?

 空中でキャッチされ、魔獣の塊の奥まで飛んできたのか。


「ごめんなさい。ありがとうございますギディオンさま。あたし……」


「うん。君に黙って待ってろだなんて言ったのがそもそも間違いだったのかもね。ミスターマロンで最初に見たのはアランを庇った君だったもの。後先考えず飛び出してしまうのが君、なんだよね」


「そんな、あたし、そんなに考えなしじゃありません!」


「ふふ。ごめんね。でも、そんな正義感のかたまりみたいな君を私は好ましく思ったんだったよ。忘れてた。それと、君は気がついているかどうかわからないけど、今自分のこと「あたし」って言ってるよ。てっきり町娘を演じるためにそう言ってるのかと思ってたけど、それが君の地なの?」


 あああああ。

 顔がほてって熱くなる。

 そっかあたし、ちゃんと「わたくし」って取り繕うのも忘れてた。


「ごめんなさい……、そうです……」


「はは。いいよ落ち込まなくて。ほんと君の感情の色はコロコロ変わって見てて飽きないね。そういうところもかわいいよ」


 ギディオン様、そんなふうにあたしを揶揄っていたお顔が急に真剣なものに変わる。


「どうやらここが時空の亀裂。魔素が溢れる魔溜りか。魔獣を産み出している根源だ」


 眼下に広がる漆黒の水面。

 いつのまにか頭の上にあった月の明かりが、その漆黒の湖を照らし出して。


 あれが、魔溜り? ものすごく深く魔素が溜まっているのを感じる。

 あんなもの、どうやってなんとかするっていうの!?


「ふむ。予想以上にでかいな。これではやはり手持ちの聖水では焼石に水か」


 え? ギディオン様?


「応援を待つしかないか……」


 はうううう。

 魔溜りからは今でもどんどんと魔獣が溢れ出てきている。

 いくら前線で食い止め撃退したとしても、これだけ次から次に湧いてくるのではいつか限界がきそうだ。

 やっぱり元を断たなきゃダメ、なんだろうけれど……。


「応援って、来るのです?」


「ああ。帝都に救援要請を出してある。緊急用の魔具で連絡しているはずだから、早ければ一日、遅くとも数日のうちには……」


 あああ。

 そんなにも……。


 ちょっとだけ絶望感に襲われて。

 ううん、ダメ。しっかりしなきゃ。

 あたし、少しでも助けになりたいってそう決めたはず。

 みな、頑張ってるんだもの。そんなみんなに回復魔法と身体強化バフをかけ続けるくらいの気持ちでいなきゃ。


「ギディオン様。あたし……」


 そう決意を言いかけたところで、天空から響き渡る声が聞こえた。


「清浄なる碧よ。聖なる金色よ。御身の力をここに。権能解放! キュア・ピュリフィケーション!!」


 金色の嵐が舞う。


 錦糸のような金色の髪に、真っ白なキトンからはすらっとした手足が覗く。

 背中には四枚の白銀の羽根がふうわりと羽ばたいて。

 そんな美しい天使が月明かりに照らされて。


 幻想的な景色。まるで夢のようなそんな光景が広がっていた。


 掛け声と共に漆黒の魔に降り注いだ金色の光は、しかしその魔を全て消し去るまでは至らなかった。

 まだ、半分以上残ってる、そんな感じ。


「ニーア。来てくれたのか」


「ええ、ギディオン。帝国聖女庁聖女宮筆頭聖女ニーア・カッサンドラ。要請を受け参上いたしましたわ!!」


 聖女様!?

 天使のような姿のこの人が……。


「それにしても早すぎないか? どう考えても大急ぎでも丸一日はかかると思ってたんだが」


「そうね。部隊はまだ道中よ。わたくしはあなたの魔力を感じて跳んできたんだもの!」


 ああ。空間転移。

 SF小説なんかでよくある超能力。空間と空間を繋ぎ文字通りその間を跳んでしまう、そんなワザ。できる人、いたんだ。っていうか、できるんだ。そんな真似。


 この、天使のような翼をはやした人が聖女様なのかな。

 それも、ギディオン様とずいぶんと親しげだ。


「ねえ、その少女は誰?」


「ああ、この子はセリーヌだよ。セラフィーア様の」


「ん? だって、そんな赤い髪に茶色い瞳で? セラ様の娘なら、きっと白銀の髪を受け継いでいらっしゃると思っていたのに」


「はは。訳あって変装してるんだ。でも、この子は白銀の髪で間違いないよ」


「ふーん」


 聖女様、ふわんとあたしたちのそばまで飛んできて、あたしの顔を覗き込んだ。


「素質はありそうね。貴女からは膨大なマナを感じるわ。それに貴女、これが見えるんでしょう?」


 聖女様が人差し指を立てるとそこに集まってくる金色の光の粒達。

 ふわふわと舞うように指の先で踊っている。


「キュア……」


「そう。ギア・キュア。このこたちはわたくしたち聖女にとっては大事なお友達なのよ。ギア・キュアとの親密度が高ければ高いほど、わたくしたちは高度な聖魔法が使えるの」


 聖女様、一段と顔を近づけ、そして離れる。


「貴女ならできそうね。時間がないわ。ねえ、貴女、キュアを呼んでみて」


「え、あ、はい。キュア、お願い!」


 あたしはギディオン様の腕の中から抜け出し、自分で風を呼んで空中に浮かぶと、そのまま両手を前で合わせてキュアに願った。


 ふわふわとあたしの周りに集まるギア・キュア。

 金色のその粒子はあたしにまとわりつくように円形に広がる。


 優しい気で周囲が満ちてきた。


「うん。合格。それだけキュアに好かれていれば十分ね。マギアスキルもかなり高そうよ。じゃぁ、貴女、わたくしに力を貸してくれない?」


 え?


「聖女、さま?」


「わたくしのことは、そうね、お姉様って呼んでくれればいいわ。お願い、セラ様の娘ならできるはずよ」


 そう可愛らしく微笑む彼女。


「わたくしの力ではもう一回さっきの聖魔法を放つのが限界だけれど、それではこの漆黒を消し去ることはできないの。だから貴女の力も必要なのよ」


 そう言ってあたしの手を握る彼女。


「わたくしと一緒に唱えてね。『清浄なる碧よ。聖なる金色よ。御身の力をここに。権能解放! キュア・ピュリフィケーション!!』 よ。いいわね。心の奥底からあの漆黒を消し去るよう祈るのよ!」


 手を繋いだまま眼下に見える魔溜りを見据える。


「じゃぁいくわよ!」

「はい、お姉様!」


「「清浄なる碧よ。聖なる金色よ。御身の力をここに。権能解放! キュア・ピュリフィケーション!!」」






 光が溢れ漆黒の液面に降り注ぐ。


 繋いだ手からお姉様の力があたしの中にも流れ込み、ぐるぐると体の中を巡りまた流れ出ていく。

 多分、お姉様にもあたしから出た魔力が流れ込んでいるのだろう。

 光の循環が熾り、そしてそれはどんどんと増幅していく。

 ぐるぐると巡るマナからあぶれた力が、月の光に溶け漆黒に降り注いで。


 心のゲート、っていうものがある。

 心の、魂の奥底にずっと潜っていくと、ふっと底に穴があるのがわかる。

 それがゲート。


 魂の中に蓄えられたマナを体の外に出すのもここ。

 魔法を使うときにもこのゲートからちゃんとマナを出すことができなければ、せっかくギアたちが近くにいても力を発揮することもできない。

 あたしの場合、きっとこのゲートが不安定だったんだなって、そう自覚した。


 っていうか、こんなふうにお姉様とゲートを繋いでいるとよくわかる。

 いかにお姉様のゲートが大きく安定しているのかってこと。


 不安定なあたしを導くように流れるお姉様の力。

 ああ。心地いい。

 お姉様のマナも、ギディオン様と一緒だった。

 心地よくて優しくて。

 あたしはそんなお姉様のマナに溶けてしまいそうになっていく……。




「もういいわ。魔溜りは消え去ったから」


 ハッと気がつくとお姉様がこちらをじっと見ていた。優しいそのお顔。なんだか少しお母様みたいな表情にも見える。っていうか、お姉様ってお母様と似ている?


「あたし……」


「まだちょっとマナ酔いしてる? ごめんね。でもありがとう。貴女のおかげで次元の裂け目までもが消え去ったわ」


 お姉様、そう言うとギディオン様に向き直った。


「さあ、あとは貴方の出番よギディオン。あんな魔獣たちなんか薙ぎ払ってしまって」


「ああ。任せておけニーア。ジーニアス! 騎士団撤退だ! 距離をとれ!!」


 ギディオン様、左手をまっすぐ魔獣の方向に伸ばす。

 片手盾のサイズの竜の鱗が四枚出現し、彼の左手を覆うように被さった。

 まるで、左手に大砲が繋がったかのような、そんな光景の、その中心にマナが落ちる。


 キュルキュル、キュルキュルと音を立てマナの粒子が加速していく。

 これって!!


黒褐色の嵐ブラックストリーム!!」


 漆黒の粒子が嵐となって魔獣たちに襲いかかる。

 その激しさと裏腹に、さらさらとまるで砂の彫像が崩れるかのように、崩壊していく魔獣たち。


「魔獣たちが……」


 粒子となって消え去っていく魔獣たちを見つめながら思わず声が出ていた。

 それでも。

 踏みとどまっているものがいる。

 中心にいた、ひときわ大きな個体。

 あたしをブレスで吹き飛ばした、あの。


「ああ、アースドラゴンか」


 ギディオン様がそう魔獣の名を呼んだ。




 伝説の竜種、七色竜は神の如く強大な力を持つ。

 それはギディオン様が使ったギア・ブラドの権能を持つ、黒竜ブラドのように。

 災厄竜とも言われるブラドはその計り知れない力ゆえに、ひとたび暴れれば人の世界など簡単に崩壊してしまうと言われるほどだ。

 黒褐色の嵐ブラックストリームも黒竜ブラドのブレスの一つ。

 それを擬似的にではあるけれど、ギディオン様はその権能を行使することが可能なのだろう。


 そんな伝説の竜種と見かけは似ているけれど、アースドラゴンは魔獣の一種。

 竜種と比較にはなるわけはなかったけれど、その力はかなり強大だった。


「ドラゴニア!!」


 掛け声と共にギディオン様の体が黒褐色の粒子によって覆われていく。


 ギディオン様、その体を巨大なドラゴンの姿に変え、アースドラゴンに襲いかかった。





 怖い。そんな印象のドラゴンの姿なのに、なぜか親しみを感じるギディオン様の変化した黒竜。

 あんなにも黒く漆黒に染まった状態でも、やっぱりギディオン様だってわかるの。

 なんだか不思議で。


 空中の黒竜に対峙する地上の地竜、アースドラゴン。

 亀のような甲羅に長い首を持つアースドラゴンは、その口をガバッと開いたかと思うと勢いよくブレスを吐き出した。


 あれはあたしが吹き飛ばされたあのブレス。


 ゴゴゴゴゴと激しく空気が震え、一直線に空中の黒竜に向かっていった。


 それに応じるように黒竜の口元にも大量のマナが熾る!


 そのまま黒い嵐を巻き起こし、地竜のブレスを抑え込む。



 一瞬の均衡も、すぐに崩れる。

 黒竜に軍配が上がったのだ。

 ギディオン様のブレスの方が勝り、地竜の肉体を黒褐色の嵐が蹂躙する。


 これで、終わり?


 そう思った。もう他の魔獣もいない。最後の一匹だったもの。


 でも。


 嵐が晴れた時、そこには大きな亀のような甲羅がそのまま残っていた。


「まずい!」


 黒竜のギディオン様がそう叫ぶと同時に、甲羅のあちらこちらから蛇の頭のようなものが大量に飛び出しあたしとお姉様に向けて飛んできて!!


「危ない!!」


 お姉様があたしに被さるように抱きつく。


 そこからはもうスローモーションのように見えていた。



 無数の蛇頭はお姉様に噛みつき破裂していく。

 血だらけになったお姉様。

 ギディオン様の黒竜は、もう一度地竜に向かってブレスを吐く。

 今度こそ、地竜は跡形もなく消えてなくなった、けれど。


「いや、いや、いやーー!! お姉様、お姉様、おねえさま!!」


 多分さっきの聖魔法でお姉様はほとんどの魔力を使い果たしていた。

 自力で回復魔法が使えない、ほどに。


「貴女が無事で、よかった、わ……」


 それだけをなんとか呟き、ボロボロになったお姉様が地面に向け落ちていく。

 真っ白だった羽根も、真っ赤に染まっている。


「ダメだよ、だめ、こんなのだめ!!」


 あたしは落ちていくお姉様の向こう側に特大の水の塊を生み出し。

 バアルとキュアに祈った。


 お願い。お姉様を治して。お願い。お姉様の魔力を回復させて。


 特大のポーションの泉となったそこに、お姉様が落ちていく。

 落下のショックを軽減できていることを、お姉様の体が回復していることを、そして、お姉様の魔力が急スピードで回復することを。


 あたしはそのポーションに祈って。





 そのまま意識を失ったのだった。





 ---♢---♢---♢---





「セリーヌ! セリーヌ! 目を開けてセリーヌ!!」


 気がついたら見知らぬ天井、じゃ、なくって。

 すごく近くに見えるお姉様のお顔。


 ああ。やっぱり綺麗だな。それに、どことなくお母様に似ていらっしゃる気もする……。

 っていうかあたしのお顔もお母様と似ているってよく言われるから、お姉様と並ぶと本当の姉妹のように見えるかな。だったらうれしいな。そんなふうに夢の中みたいな感覚で考えていたら、はっと目が覚めた。


「気がついたようだね。良かった」


 ギディオン様のお声もする。


 っていうか、あたしお姉様に抱きしめられてる?


「あああ。ごめんなさいお姉様。わたくし気を失ってしまってたんですね……」


 気を失う前のこと、もうどこまでが本当のことでどれが夢だったのかもわからない。

 お姉様、どこもお怪我をしていない?

 ああ、良かった。

 あれは夢だったのか……。


「ありがとうねセリーヌ。貴女が産み出した命の水のおかげで助かったわ」


 へ?


「身体の怪我だけじゃなくってマナまで完全に回復するなんて。普通魔法じゃマナを回復させることなんてできないから、ほんとうに奇跡の水、命の水と言っていい、そんな泉になってるわよ、ほらそこ」


 身体を起こしてよく見ると、たぶんちょうど魔溜りのあった辺りの窪みが清浄な水面に変わっていた。

 月の光が降るように照らし出したその泉。キラキラと溢れたキュアが降ってくる光と一緒になって踊っているようで。綺麗、だった。


「じゃぁあれって夢じゃ……」


「夢じゃ、ないわ。わたくしはセリーヌのおかげで救われたのよ。ほんと、ありがとうね」


 優しい笑みをこちらに向け、お姉様、あたしの手をぎゅっと握ってそうおっしゃって。


 胸の奥がジーンときて。

 嬉しかった。

 お姉様を守れたことが。

 お姉様の役に立てたことが。

 自分の力が感謝される。それが本当に嬉しくて。

「わたくし、お姉様のお役に立てたのですね……」


 泣き出しそうな声でそれだけ何とか呟くと。


「ええ。ほんとう。貴女はすごいわ。大好きよ」


 今日初めて会ったばかりなのに、もう何年も一緒に過ごしてきたかのように。

 ニーアお姉様がそうあたしに抱きついて。


 そばで優しく見守ってくださっているギディオン様。

 そして、その近くにいらっしゃる騎士団の皆様も、みな笑みを浮かべてくれていた。


 幸せだなって。そう心の奥から温かいものが込み上げてきていた。




 ♢ ♢ ♢



 駐屯地に帰り着く頃にはもう明け方になっていた。

 なんとか平和は守れたし、これで安心して帰れる。


 って、帰る、んだよね。

 あたしの帰り着く先は、ミスターマロン。

 アランさんとマロンさんのいるあのお店。


 そう思えることが嬉しかった。


 王都のジャン・ロックのお店の状況も説明しなきゃだし、あたしが考えた起死回生の作戦も相談したい。


 ギディオン様とニーアお姉様はまだちょっと後処理のお仕事があるらしい。

 あのできてしまったポーションの泉もどうするか検討しなきゃらしいし。


 ちょっと眠いけどこのまま街に帰ることにしたあたし。

 あとで行くからねって言うギディオン様とニーアお姉様に別れを告げ、眩しい朝陽を浴びながら街に向かったのだった。

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