第2話 そんなの、許せないもの!!
「いらっしゃい!」
「お召し上がりですか? お持ち帰りですか?」
威勢のいい店長さんの掛け声に振り向くと、ショーケースの前に立っているお客さん。
あたしはニコニコと笑顔を振りまき声をかける。
焼きたて揚げたて出来立てのドーナツにマフィン。
ここはそんな美味しいおやつを食べたり持ち帰ったりできるお店、「ミスターマロン」だ。
喫茶スペースでは軽食も出している。なんていうかな、日本だとファストフードのお店って感じ?
お客さんの持ってきてくれたトレイを受け取り紙の箱に詰める。
ガラス張りのショーケースが壊れる前はこんなふうな半分セルフではなかったけど、自分で好きなものを選べるようにした今の形態は概ね好評だ。
っていうかパン屋さんでは割と当たり前な光景だから、お客さんも戸惑ってはいないみたい。よかった。
♢
駅馬車に乗って王都の隣街ガウディにたどり着いたあたし。
もっと遠くまで行くことも考えたけど、この国じゃ田舎に行けば行くほどコミュニティーが狭くなって他所者が受け入れられにくくなってしまう。
領地経営のノウハウで学んだ知識からだから本当のところまではわからないけど、まあよくある話だと思って信じることにしたあたし。
冒険者ギルドに属する正式な冒険者さんでもなければ、そんなふうに知らない土地に行っても苦労するだけだなぁとも考えた。
王都からはそこそこ距離も離れてる。
お貴族様の別邸はあっても基本住んでいるのは平民が多くて。おまけに商売が盛んな街だからいろんなお店に事欠かない。
騎士団の駐屯所とかも近くにあるから、そういう人向けに飲食店も多かったのだ。
あたしが一人紛れ込んでもきっと噂にもならない。働く場所にもきっとそんなに困らない。
甘いかもしれないけどそんな期待を込めてたどり着いたこの街で、あたしは一軒のお店に出会ったのだった。
♢ ♢ ♢
ガウディの街のちょうど中ほど。
駅馬車の駅がある広場に降り立ったあたしは、そこから商店街の様子を見て回った。
王都にいる時から話題になっていたパン屋モックパンさんや綺麗な服飾のお店エリカティーナ。そんな有名どころのお店がいっぱい並んでいた。
王都は割とこういう商店は数が少なくて。
ってお貴族様たちは基本わざわざ街に買い物に繰り出さないものね?
何かを買うなら屋敷に商人を呼ぶのがデフォルト。
だから王都の城下町にあるお店を利用するのも平民の人がほとんどで、あんまり贅沢もしない。
あと、多分こっちが重要で。
商店が立ち並ぶと外国からの客も増え治安も悪くなりかねない。
そういう意味でもあちらではあんまり外国の商人を入れたがらなかった。そのぶん、こちらのガウディの方が商業的には発達してる感じ。
この国はエウロパ大陸の西に位置する帝国を構成する衛星国家の一国家、マグナカルロという小国だ。
周囲には大きな国小さな国といっぱいの国があるけれど、一応帝国という傘の下、皆平和に暮らしている。大昔には戦争だのなんだのがあったらしいけどもうそんなものも歴史のお話。
今の人間社会に敵があるとしたら、それは魔獣や魔物、魔人の脅威だろう。
そういうものに相対するために騎士団は存在するし、冒険者さんたちも頑張って魔物退治に精を出してくれている。
マナと魔素は水と氷のようにほんの少し状態が違っただけのもとは同じエーテルだけど、魔素は魔力は濃いけど命を蝕む毒にもなる。
そんな魔素が生命を蝕んで生まれた存在が魔物。
魔素ばっかりになってしまってガワだけ生物に似ているのが魔獣って呼ばれている。
魔素は強い感情を糧にするから、たいていの魔物や魔獣は凶暴だ。
とても人が共存できる存在じゃぁなかったりするのだった。
一応、こうして家出をするにあたって念のために髪の色と目の色を変えてある。
市販の染色ポーションを買っても良かったけど、たいていのポーションだったら自分で作ることができたので。
もともとの白銀の髪に碧い瞳はちょっと目立ちすぎるから、髪は赤く、瞳は茶色に見えるように染めてみた。
これでどこにでもいる普通の平民の女性に見えるはず? そう確信して。
着てきたのは地味目のクリーム色のワンピース。足元もハイヒールではなくぺたんこなズック靴。
よくこんなのをセリーヌが持ってたなぁとかも思ったけど、雨やなんかで天気の悪い日に領地を視察するときのために、とか考えて揃えてたんだったかな。
ぬかるんだ道を歩くのに必要だからって買ってあったのだったっけ。
そんな格好で街を散策して、気分はもう上々。
偶然目に止まったミスターマロンでちょっとお茶しようかなぁって思い暖簾をくぐったのだった。
「いらっしゃい! 食べてくかね? 持ち帰りかね?」
そんな元気な声に気持ちもより上向いて。
「じゃぁこの葡萄のマフィンとミルクティーを頂こうかしら?」
そう答えたあたし。
「はは。見かけによらず上品なんだなお嬢ちゃん。じゃぁ用意するから好きな席に座って待ってておくれ」
真っ白な服にこれまた真っ白な大きな帽子を被ったおじさん。そんなおじさん店員さんはショーケースからトングで葡萄マフィンを一個とってお皿にのせ、さっと棚から取り出したカップにお湯を注いで一旦捨てる。戸棚? から瓶を取り出してそのカップに半分くらいにミルクを入れ、その後で背後のケトルを手に持って紅茶をトクトクと注ぎ入れた。
「はい、お待ち」
トレイをサッとあたしが座った席のテーブルに置いてくれたおじさん店員さん、
「ありがとうございます」
そうお礼を言って微笑むと、くしゃくしゃっとした笑顔を見せてくれた。
おじさんだけどすごく好感度が上がる。
くしゃくしゃっとした笑顔は思いの外可愛くて、白いお髭もなんだか愛嬌がある。
手際もよくっていいなぁって思ったんだけどそれでもちょっと気になることがある。
ここのお店、店内の飲食スペースも結構席があるしショーケースにはいっぱいな美味しそうなドーナツにマフィンが並んでいる。
ここをおじさん一人で回している?
他に店員さんの姿は見えないし、人手不足なのかな? そんなふうにも思ったけどこの時間どうやらあたし以外にお客さんもいなかったから、もしかしてただ暇な時間帯だから店員さんも少ないのかなぁと思い直しカップに手を伸ばした。
「美味しい!」
ミルクティーはちょうどいい温度。熱すぎずぬるすぎず。お砂糖も何も使っていないけど、香りもすごく良くって美味しいお茶で。ミルクのほんわりとした甘みがすごく好み。
そのままマフィンを少し割って口に入れる。
これも。
すっごくおいしかった。
果物の甘さ? そんな優しい甘みを感じる生地に、葡萄の味が溶けるよう。
ほんのり甘いお酒の染み込んだしっとりとした味わいで。
全体的にきっとそんな自然な甘みが使われているんだろう。王宮のお菓子は高級な砂糖をふんだんに使った甘ったるい砂糖菓子が多かったから、逆にこういうのは新鮮で。
ああ美味しいな。少しお土産に買って夜に宿ででも食べようかな。
そんなふうにニマニマ考えてると。
「オヤジ! いるか!」
と、大声をあげ乱暴にハネ扉を押し開けて、ドカドカって感じで数人の男性がお店に入ってきた。
「はは! いつみてもしけてんな。客なんか一人しかいねーじゃねーか。いいかげんこんな店は閉めちまって、この場所開け渡してくんねんかなぁ?」
いかつい顔のちょっと怖いお兄さん。意地の悪そうな表情を浮かべそうのたまった。
後ろの男たちも剣をちらつかせ威嚇している。
「あんたらが! あんたらがそうやって乗り込んでくるようになったからお客さんも避けるようになっちまったんだろうが! 従業員もみんな怖がって辞めちまうし! どうしてくれんだ!」
「そりゃぁそうだろうよ。そうなるように仕組んでるんだもんなぁ? なあお前たち」
「だからこんな店、さっさと畳んじまえばいいんだよ!」
「そーだそーだ!」
後ろの荒くれたちもそう声を荒げる。
ああ、こんなに美味しいお店なのに。
このおじさんがここの店主さんなんだ。従業員さんもお客もいないのはこいつらのせい?
そう考えるとなんだか腹が立ってきた。
何があったのか知らないけれど悪いのはそこの荒くれたち。それは間違いなさそうだ。理不尽に脅してこの土地を手に入れたいのか。そういえばここは場所的には悪くない。人通りも多い街の中心街にあるし隣近所には同じような飲食店も多い。特に近所のモックパンさんなんかだと多分菓子パンも人気で繁盛してるはずだし。ここだってこんなにお客がいないのがそもそもあり得ない状態なのだろう。
荒くれたちはジリジリ店主さんに近づいて威嚇の圧力を強めている。
負けじと睨み返す店主さんだったけど、多勢に無勢。
あわあわとしながら見守っていると、後ろの男の一人が手に持っていたチェーンをむちのように地面に叩きつけた。
その勢いで床のタイルが弾けて跳ね上がる。
「なんてことを!」
「なあオヤジ、お前の頭もこうなりたいか!?」
ニタニタふざけた顔をしながらもう一度チェーンを持った手を振り上げた!
だめだ!!
店主さんの頭を直接狙ってるわけじゃなさそうだけど、あの角度だとショーケースには間違いなく当たる。
店主さんの目の前のショーケースが粉々になったら、その破片は店主さんにも降りかかって大怪我をするかもしれない。
ううん、あれは絶対に危ないよ!!
あたしは思わず席を立っていた。そのままカウンターの中に飛び込み店主さんを庇うように抱きついて。
あたしの周囲には風の魔法アウラの結界が張り巡らされている。
これがあれば少々のガラスの破片なんか通さないから。
ガッシャン!!
すごい物音を立ててショーケースのガラスが砕け散った。
あたしは店主さんを押し倒し庇うように覆い被さって隅っこに丸まった。
「嬢ちゃん!?」
「ごめんなさい、だけど見てらんなくて」
ショーケースの中に飾ってあったドーナツもマフィンもガラスの破片とともに散らばっている。
ああ、もったいないな。
そんなことを思いながら、ガシャガシャンと散らばって落ちる破片をスローモーションのように感じて。
「どうした! 大丈夫か!!」
騒ぎに気がついたのか外から数人の人が入ってきた。
騎士服を着てる? 騎士様、かなぁ。
薄目を開けてそれだけ確認すると、あたしはそのまま意識が遠のいた。
あまり使ってこななかった魔法を目一杯使っちゃったから反動でもきちゃったか、な、ぁ……。
♢ ♢ ♢
通りまで響くほどの物音に不審に思い店に飛び込むと、そこにはならず者風な男が四人、剣をぬきチェーンを振り回し、店のショーケースを破壊したのだろうかそこにはさっきまで食べ物であっただろう残骸が撒き散らかされていた。
「貴様ら、一体どういう真似だ!」
「これはこれはお貴族の騎士様か。俺らは頼まれてこの店を解体にきただけですがね」
「そんなわけあるか! そこに蹲っているのはこの店の人間ではないのか!? 乱暴な方法で営業を妨害するのは御法度だ!」
「っち! でもねえ兄さん、この店の土地の権利を持っているのはこっちなんでさぁ。居座ってるのはそこのオヤジでね」
「何? しかし乱暴が許されるわけじゃないぞ!」
「まあいいや。ケチもついたし今日のところは引き上げてやる。でもなぁ、おいオヤジ! これで済むと思ってんじゃねーぞ! とっとと店畳んで田舎に引っ込むんだな!」
吐き捨てるようにそういうとズカズカと引き上げていく荒くれたち。
「おい、大丈夫か!」
粉々になったショーケースを覗き込み、声をかける騎士。
「申し訳ねえ。騎士様。面倒に巻き込んじまって」
かかっているガラスのかけらを払うようにして体を起こす店主。胸には気絶した女性を抱えている。
16、7ぐらいだろうか。赤い髪の、しかし顔立ちはとても整った美しい女性だった。
「その、女性は?」
「お客さんなんですがね……、あいつらが暴れた時に俺を庇ってくれて……」
「ふむ。気を失っているだけのようだな。不思議なことに怪我も、なさそうだ」
「守り石か何か持っていたんでしょうか」
「そうだなジーニアス、その可能性が高そうだ。あれだけのガラスの破片、触っただけでも怪我をしただろうに」
「はい。ギディオン隊長。よほど強力な守りの魔法だったのでしょう。この少女は貴族でしょうか?」
「かもしれないな。どちらにしても彼女はうちの騎士団の駐屯所に連れて行こう。このままほうってはおけない。いいかな? 店主」
「ええ、申し訳ねえ。もう今日は店じまいだがこの惨状を片付けなきゃなんねえ。嬢ちゃんには悪いがここには介抱してやるベッドもねえ。お願いします騎士様」
「しかし。奴らの言っていたことは本当なのか? 権利は向こうにあるというのは」
「騙されたんで……。去年の原料高の際、輸入砂糖を融通してもらう時に、『預かるだけだから』って言ってやがったくせに、砂糖の代金を返しに行ったらその10倍払わないと権利書は返せないって言い出しやがって。証文も偽造してやがって、役所に訴え出ても正式な証文だと言われ相手にしてもらえねえんだ……。どうにもこうにも、こうやって居座って抵抗するくらいしかできなくってね……」
「ふむ、で、奴らは?」
「表通りのモックパンに雇われた冒険者くずれのならずもの達ですよ。モックパンのジジイめ。困った時はお互い様だとか甘い言葉で近づいてきて、結局うちが目障りだっただけじゃねえか、ってね……。申し訳ねえ。騎士様たちに愚痴っちまった」
「なるほど」
「ほんと迷惑かけちまって申し訳ねえ。もう少し粘るつもりだったが、ここまでかねえ……」
肩を落とす店主。
気絶した赤毛の女性はジーニアスと呼ばれた騎士が抱き上げる。
「それでは私たちは行くが、そう気を落とすなよ。この件はこちらでも少し調べてみよう」
「ああ、申し訳ねえ。いや、騎士様たちが肩を持ってくださってもあの証文がある以上どうにもならねえのかもしれねえが。ほんとすまねえ……」
少しだけ気を持ち直した店主は、彼らが帰るのをいつまでも見送って。
女性を抱き上げた騎士は、そのまま手慣れた様子で馬に跨り。
騎士達は街の西にある騎士団の駐屯地へと向かって行ったのだった。
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はっと気がつくと。
見知らぬ天井。
救護施設?
簡素なベッドに寝かされているのに気がついたあたし。
「ここは……」
周囲を見渡すとそこは麻のカーテンで仕切られ部屋全体を見ることはできなかった、けれど。
随分と広い場所だな。
そんな感想を持って。
「あ! ミスターマロンのおじさんは!!?」
悪漢が放ったチェーンの鞭によって砕けたショーケース。
その破片から店主さんを守るように庇ったところまでは覚えている。けど。
そのあとがどうもはっきりしない。
意識をうしなったのは間違いない。すーっと血の気が引いたと思ったら、意識が飛んだ。
心のゲートからマナを放出する加減を間違えたのかな。あれっぽっちの魔法に、ちょっと魔力を込めすぎたのだろうか。
どっちにしても急激にマナが減ったせいで意識が飛んでしまったのはまず間違いない。
もうちょっと魔法の使い方も訓練しないとかな。
そんなことも考える。
あたしの主属性は水。
水神バアルの加護があるって、教会で言われたっけ。
実際はほぼほぼ全ての属性が使える全属性ではあるんだけど、特にバアルには好かれているらしい。
っていうか今ここにもバアルはいる。
あたしの目には青い清浄な光の粒に見えるそんなバアル達。
無数のバアルがあたしの周りを飛び回ってるんだけど、どうやら他の人には見えないらしい。
他にも風のアウラや火のアークなんかも飛んでいる。
っていうかこういう魔法属性を司る妖精みたいなのはこの空間にいっぱい有って、普段はどこかに隠れているみたい。
誰かが魔法を使おうとしてマナを熾すとわらわらと寄ってきて、マナが魔法になるのを助けてくれる、そんな存在なのかな。
学園で学んだ魔法学ではそういう存在を「ギア」と言って、彼らの力をより引き出すことができる才能のことを、「魔力特性値」という値で測っていた。別名、マギアスキル、という。
マナをギアに与え魔法を行使すること。これを「マギア」と呼ぶ。
そんなマギアを操るスキルの才能。それがマギアスキル、魔力特性値というものだったのだ。
あたしは自分の体の調子を確認するようにベッドの上で両腕を頭の上に伸ばし、そのまま伸びをした状態のまま左右に傾けてみた。
(うん。大丈夫、そう?)
特に問題がありそうには思えない。痛いところもどこにも無いから怪我だってしていないみたい。
あの騎士の人たちが助けてくれたんだろうか……。
倒れる直前に、騎士服をきた数人がお店の中に入ってきたのは気がついていた。
(どうしよう)
家出をしてきたばっかりのあたし。
見かけだって言葉遣いだってフランクにしてるし貴族だって気が付かれるとは思わないけど、もしバレても厄介だなぁ。
そんなふうにも考えて。
ああ、そりゃあね?
流石のあたしだってお嬢様をしている時は外面には気をつけてたから、ちゃんと「わたくし〜」ってお嬢様言葉を使ってたし今みたいな粗暴に見える歩き方もしてこなかった。
だってね。貴族のお嬢様は重いもの一つ持ったことは無いし、そもそも乱暴な歩き方もしなければ走ったりもしない。静々と移動しまるでお人形のように動く。そんな教育を長年受けてきたんだったしね。
心の中でこんな喋り方をしてたのが今にして思えば少し残っていた前世の意識だったんだろうって思うと感慨深いところはあるけど、こういう仕草をしている限り、まあ良いとこ商人のお嬢くらいにしか思われないだろうな。って変な自信はあったのだ。
(髪の色だって目の色だって変えてるんだもん、大丈夫、大丈夫)
そう心を落ち着かせ改めて部屋を見渡す。
天井も簡素だし、貴族が住む屋敷にも思えない。
ベッドもとっても簡素な物だったしどこか街中の救護施設か何かに運び込まれたのかな? とか考えたけどそれにしても妙に静かだ。
一般の平民の施設ならもっとうるさいだろうに。
とりあえず起き上がりベッドから降りる。床にはあたしのズック靴もちゃんとならべて置いてあった。
カーテンを開けてみると、やっぱりいくつものカーテンで仕切られただたっ広い空間。
天井は高いし、なんだか日本の学校の体育館のような場所をカーテンで仕切っただけのそんな場所のようだった。
「すみません! どなたかいらっしゃいませんか?」
黙って出て行くことも考えたけど、ここが軍か何かの施設だった場合がめんどくさい。
あたしを保護し介抱してくれたのは事実。
であれば黙っていなくなったら逆に不自然に思われ身元を厳しく調べられる可能性もあるし。
(お礼を言って出て行くのが無難かなぁ?)
そんなふうに考えて。
「ああ、気がついたのかい?」
声のした方を振り向くと、金色に輝く美麗な男性が立っていた。
(この人、どこかで……)
昔、どこかで会ったことがあるのかな。そんなふうに思うけれど思い出せない。
豪奢な金色の髪が肩まで伸び、前髪から覗く瞳はやっぱり金色に輝いている。
すっと通った鼻筋。肌なんてお化粧とかしてなさそうなのにその辺の貴族の女性よりも綺麗なんじゃないだろうか?
騎士服はシルバーが基調ではあるけれどそこここにふさふさと金色の肩章。
全体的にはやっぱり髪の色合いの印象が強いかな。
っていうか彼はあの時お店に踏み入ってくれた騎士様なのだろうか?
だとしたら、あたしを助けてここに連れてきてくれたのも?
「あ、申し訳ありません。あなたがあたしをここに?」
「まあね、君みたいな勇敢な女性を放置もできないからさ。ミスターマロンの店主は君のおかげで助かったって言ってたよ」
「あああ。ありがとうございます。マロンの店主さんは無事でしたか。よかった……」
「はは。君は自分のことよりも他人の心配ができる人なんだ。そういうの、俺は好きだな」
ドキ!
あまりにも綺麗なお顔で見つめられて、そんなセリフを吐くもんだから……。
あたしの心臓が少しだけ跳ね上がった。
だめだ。
もう恋なんてしないって、そう思ってたのに。
貴族の立場を捨てて家出をしたあたし。
大好きだったあの人に別れの書き置きを残して。あとは自由に生きるんだ、だなんて。
寂しくなかったかといえば、本当のところは全部強がりだ。
あたしの中にはまだパトリック様が好きだった時の気持ちは残っている。
それでも。
それじゃいけない。一歩踏み出さなきゃあたしの人生は始まらない。そう思ったからこそこうして逃げ出してきたのに。
今は、普通の平民の女性として街に溶け込み自立して生きていかなきゃ。
それしか考えられなかったはず。
ぽわぽわ恋だのなんだのに溺れている余裕なんか、ないはず、で。
頭を振って、邪念退散って呟いた。
「どうしたの? どこか痛い? 大丈夫?」
優しい笑顔でこちらを気遣ってくれる騎士様。
もう、どうしよう。って気分になってる。
「いえ、大丈夫ですすみません……」
「そうか。ならいいんだ。そういえば君は旅行者なの? 大きなスーツケース持ってるけど」
「あ、はい。そうなんです。あ、でも、ちょっとしばらくこの街に落ち着こうかなって」
「ふーん。君ってどこかの貴族の家の子?」
え!?
「いえ、そんなわけないじゃないですかー」
「まだ16歳? 17歳? それくらいの年齢だよね? 家族はどこにいるの? 連絡をとってあげるから」
あわわ。完全に怪しまれてる。
まあ仕方ないか。女の一人旅なんて今の世の中でもそんなにあるわけじゃない。
どうしよう。いやだ、あの家に連れ戻されるのだけは、いや。
黙り込んで俯いてしまったあたしをしばらくそのまま見つめていてくれた彼。
何か事情があるのかと感じ取ってくれたのか、ポンとあたしの頭を撫でた。
「うん。言いたくないなら無理には聞かない。君はあのミスターマロンの店主の恩人だからね。あれは守りの魔法だよね? きっと貴重な守り石を持っているのかな。君は」
「え?」
「ああ、ごめん。無理に聞かないって言ったばっかりなのにね」
あたしの頭をもっとくしゃくしゃっとする騎士様。
世が世なら、これって完全にセクハラ?
でも、なんだか心地いいから許せちゃうけれど。
「もう、頭をくしゃくしゃってするの、いい加減やめてくれますか? あたし、子供じゃありません」
きっと彼にとってはあたしなんて子供にしか見えないんだろう。だからこんなふうに心配もしてくれるし気遣ってもくれる。それはそれでありがたいんだけどこんなに子供扱いされるのは正直避けたい。
「あ、そうだ。騎士様ったらあの乱暴者たちやっつけてくれたんですか?」
ハッと気がついてそう聞いてみる。
「いや、俺たちは諍いを止めただけだ。本来平民同士のああいった諍いを取り締まるのは警護署の役目だからね」
ああそっか。
聞いたことがある。
この街から西に行ったところに広がる星闇の森。
定期的に魔獣が湧くそんな樹海。
だからこの街にはそんな魔獣たちからの防波堤となるべく騎士団が駐屯してるんだって。
「そう、ですね。騎士様たちのお仕事は魔獣から人々を守ることですものね……。平民の諍いなんか……」
「いや、そういうわけじゃない」
「え?」
「俺たちも住民たちが平和に過ごせるようにいつも考えてはいるんだよ。あの時だって理不尽な暴力だったら許さないつもりだった」
「だったら……」
「どうやらね、あの店は借金の抵当に入っているらしい。お金を返せないなら出て行けって言われてるみたいだったんだ」
「そんな……」
ちょっと信じがたい気もする……。だって絶対にあいつらわるものだったもの。あたしの勘は、当たるんだから。
「まあちょっと裏があるらしいけどね。店主も騙されたって言ってた。だからその辺も踏まえて騎士団で調べることにした。警護署はちょっと丸め込まれている風だったからね」
「ええ!!」
「金を貸したのは商店街の
あああああ。
そんなの絶対おかしい!
こんなところで目立つのは避けたい。避けたいけど、でもあの人の良さそうな店主さんが酷い目に遭ってるのは許せない。
あたしに何か、できること……。
「ありがとうございます騎士様。あたし、ちょっとマロンに行ってきます!」
「え!? ちょっと! お嬢さん?」
あたしは荷物を抱えると衝動的にそのまま走って外に飛び出した。
そんなの! 許せないもの!!
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