「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!
友坂 悠
第1話 バイバイ。
離婚のための書状に自分の分だけサインをし、あたしはあの人の執務室の机に置いた。
黙って出て行くのはこれ以上あの人と言い合いをしたく無かったから。
そもそも浮気をしたのはあちらなのだ。それなのにそれがどうかしたのかとかどうせお前の気のせいだとかそんなことは関係ないお前はちゃんと妻の役割を果たせばいいのだ、とか、都合のいいことばかりしか言わないそんな夫。
浮気。
それに、今度のあれが浮気なのかどうかも疑わしい。
だって、あたしは彼に愛されてなどいなかったのだしそれに、相手はあたしの妹マリアンネだったのだから。
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「旦那様、これはどういうことなのでしょうか?」
「寝室には勝手に入るなといつも言っているだろう? お前はそんなことも守れないのか?」
「そこに寝ているのは妹のマリアンネではありませんか! 昨夜彼女が屋敷を訪ねてきたのは存じておりました。父の名代で書状を携えて参ったとのことでしたけれど。それでもまさか。このようなことを……」
「なに、彼女は昨夜の雷が怖かったそうだ。眠れないからと訪ねてきた彼女を招き入れたまで。まさか深夜に一人で客室まで戻れと追い出すわけにもいくまい?」
寝室で抱き合って眠っている男女。
もう言い訳もできないほどの現場を目撃されたというのに開き直る彼。
「ああ、パトリック様。もう朝ですの? わたくしまだ眠いですわ」
寝ぼけたように目を擦り彼に擦り寄る妹。
はだけたお布団の下に見えたのは可愛らしいピンクの夜着だった。
裸でなかっただけマシだったと思うものの、こんな状況でまだ浮気でないとシラをきる彼に。
「わたくし、今まで一生懸命にパトリック様に尽くしてきたつもりでしたのに……」
思わずそんな弱音がこぼれる。
「何を勘違いしているのか知らないが、お前は今まで通りこの私の妻の役割を果たせば良いのだ。お前には公爵夫人という役割があるのだからな」
あたしの弱音が聞こえたのだろうに、冷たい声でそう言い放つ彼。
「もう、知りません!」
あたしは彼の視線から逃げるように背を向けて、涙が出そうになるのを堪えて寝室の外へと飛び出した。
あたしは……。本当に彼が好きだった。
親同士が決めた許嫁ではあったけれどそれでも、彼に会える日がいつも楽しみで。
去年婚姻披露を執り行った時には感極まって涙した。もう、こんなに幸せでいいのかと、そう感慨に耽ったものだったのに。
それがずれてしまっているように感じたのは最初の夜だった。
「私は君を愛することができない」
初夜のベッドの中でそう吐き捨てるようにして。
「しかし、君はもう私の妻だ。その役割はしっかりと果たして欲しい」
そう続け、あたしに背をむけ寝てしまった彼。
パトリック・フォン・アルシェード公爵は弱冠二十歳で公爵位を継いだ若きプリンスだ。
父が王弟であったがため王位継承権も保持する彼はその容姿もとても素敵で、若い貴族の子女の間では男女問わず人気がある。
そんな彼の婚約者として選ばれたあたしは……。
それはもう色々と頑張った。
妃教育。
王位継承権を持つ公爵パトリック様にふさわしい妻となるために、格式のある宮廷マナーと装い、そして社交のための知識に他の貴族に対する振る舞い方まで厳しく教育をうけ。
もちろんそれだけではなく領地経営のノウハウから経理の数字のいろはまで。学ぶことはほんと多くてその点では優秀な家庭教師をつけてくださったお父様にとても感謝している。
もともと、うちも由緒ある筆頭公爵家、リンデンバーグ家という名家であったから、年齢の釣り合う王太子がいらっしゃったのならそちらに嫁がせられることになっていたんだろうけどあいにくと現在の王太子様は30代。もうすでに
そういう意味でもパトリック様はあたしの方にとっても家格の釣り合う男性の中では最高の家柄のお方で、お父様がまだ幼いあたしを強引に彼の婚約者にと押し込んだのも理解はできた。
でも彼に一目惚れをしていたあたしの方はともかくパトリック様にとっては断ることのできなかった名ばかりの婚約者としてしかこちらを見てくださらなかったんだろうということも、悲しいけど納得はしていたのだ。
だけれど。
心を込めてお支えしていればいつかは穏やかな夫婦として過ごせるようになるのではないか。
そう思ってきたのに。
婚姻を機に、パトリック様は変わってしまった。
それまではそれでも婚約者としてたててくださり優しい言葉をかけていただいたことも多かった。
並いる令嬢方のお誘いにも、自分には婚約者がいるから、と、断ってくださっていた。
だけれど。
先代アルシェード公爵が病の床につき、パトリック様の結婚を急がれてからというもの、彼はこれみよがしに数多な令嬢と浮き名を流すようになった。
あたしが尋ねてもそれがどうかしたのかとかどうせお前の気のせいだとかそんなことは関係ないお前はちゃんと妻の役割を果たせばいいのだ、とか、都合のいいことばかりしか言わないようになった。
それもこれも、ある程度は仕方がないと諦めてはいたけれど。
それでも。
これは、ない。
マリアンネは寝ぼけた真似をしてあたしに気がつかないふりをしていた。
だけど、その目が勝ち誇ったように一瞬だけこちらを見たのを、あたしは見逃さなかった。
マリアンネとあたしは腹違いの姉妹だった。
母が帝国皇女であったあたしと、普通に男爵家令嬢であったマリアンネの母。
早くから妃教育を仕込まれていたあたしと、勉強を嫌い自由奔放に振る舞っていたマリアンネ。
お父様が母より側室であったマリアンネのお母様を好いていたのは知っていた。
だからかな。同じ娘であるのにあたしよりマリアンネの方を甘やかしているようにも見えて。
もしかして。
パトリック様も、お父様と同じだったのだろうか。
あたしよりも、マリアンネを愛しているのだろうか。
マリアンネであればあたしと同じリンデンバーグ公爵家の令嬢であるのだから、家柄にも何にも問題はないもの。
ああ、いやだ。
もう耐えられない。
こんなにも好きなのに。ううん、好きだからこそ、妹マリアンネと愛し合うあの人をこれ以上見たくない。
パトリック様もパトリック様だ。
そんなにあたしとの婚姻がいやなら断ってくださればよかったのに。
いや、今からでも離縁をしてくださってもいいのに。
だいたいマリアンネが相手なら婚約者のすげ替えくらいどうということも無かったでしょう。
彼女が妃教育を受けていないことくらい、あとからどうとでもなること。
王位継承権があるとはいえパトリック様は王太子ではないもの。
順当にいけばまだ7歳ではあるけれど現在の王太子様の御子が次の王太子となるだろう。
であれば妃教育なんてそこまで重要でも無いのだし。
自分の部屋に戻りベッドに倒れ込み泣き伏した。
枕が涙で濡れてしまうのも、もう構っていられなかった。
「どうして……」
そう声が漏れる。
泣いて泣いて泣いて、泣き崩れるまま寝てしまったのだろう。
そのまま、なんだか不思議な夢を見ていたらしい。見たことも聞いたこともない世界の、それもその世界の少女として生きた記憶を——
なんだか腹が立ってきた。なんでこんなことで我慢しなきゃなんないの!?
(え?)
だいたいね、自分の気持ちを内向きに抑えすぎなんだわ! いいじゃない、あんな男。こっちから振ってあげなさいよ!
(だって、そんな)
だってもこうもないわ! だめよ振り向いてくれない男にいつまでもいいようにこき使われて。そんなのぜったいにダメ。お飾りの妻なんてまっぴらごめんよ! もっと自由に生きましょう!
(だけど、貴族の娘は家の為に生きるのが当たり前ですもの。自分の意思で自由に生きるだなんて……)
だったら貴族なんてやめちゃいましょう? いいのよ。あたしの人生はあたしのもの。他の誰のものでもないわ!
(貴族を、やめる?)
そう。貴族なんて面倒なのはもうまっぴら。やめちゃいましょう。
(そう、か。やめちゃえば、いいんだ……)
♢ ♢ ♢
夢の中でそう囁く自分の声。なんだか自分の中にもう一人自分がいるような、そんな不思議な感覚の夢。
全てが夢だったかのような気さえする。
「もう腹が立つなぁ。セリーヌは我慢しすぎなのよ!!」
起き抜けにそう叫んで。ガバッと布団を持ち上げた。
(あれ?)
見覚えのない寝具。ロココ調? 目に映るのは白が基調な美麗なお部屋。
猫足の可愛らしいチェスト。シルクのようにサラサラとして見えるレースのカーテン。
床には毛足の長い上品そうな絨毯が敷き詰められたもうほんとどこのヨーロッパの王宮よ! って思うようなそんな豪奢なお部屋にいた。
(え? え? え? どういうこと!!?)
あたしは、芹那。
だけど……。
長い夢を見ていた気がしてた。
どこかの異世界恋愛の小説に出てくるような異世界貴族の公爵令嬢として生まれて育つ、そんなゆめ。
って。
え?
夢、じゃ、なかった?
ここはあたしの部屋だ。
それも、アルシェード公爵家のお屋敷の、あたしの寝室。
だんだんと記憶が戻ってくる。
夢だと思ってたのは夢じゃなくって現実、だった。
あたし、セリーヌ。セリーヌ・リンデンバーグ公爵令嬢。ううん、今はセリーヌ・アルシェード公爵夫人、だ。
パトリック様が大好きで、彼の奥さんになれて嬉しかった、はずだった、のに。
ブワッと涙が溢れてくる。
これはセリーヌの感情。
ああ。そうか。
あたしったら本当に彼のことが好きだったんだなぁ。
そんなふうに感慨深くって。
でも。
同時に自分が松本芹那だって意識もこの心の中にちゃんとある。
っていうか、これって異世界転生?
あたし、セリーヌとして転生したってこと?
日本の、よくある異世界転生の小説みたいに自分がこんな異世界に転生してただなんてすぐにはちょっと信じられなかったけれど、目に映るこの世界の豪奢な貴族のお部屋を見てしまうとそれが真実そうなのだろうなってどこか諦観してしまうあたし。
そういえば、なんだけど、あたしはちょっと特殊な魔法が使えたんだった。
火風水土の四属性に加え、聖属性の光魔法に闇属性の黒魔法
この世界で知られている魔法はこの6種類。
ああ、ほんとよくある異世界魔法、だよね。
でもあたしの魔法はちょっと特殊で。
何にもないただのお水を小瓶に入れ、自分の中の魔力をそこに注ぐだけでなんといろんな種類のポーションができてしまうという、特技?
普通薬用ポーションを作る場合は薬草などから薬効を抽出しそこに魔力を込めることで完成する。
魔力が多ければ多いほどいいし、その魔力の属性も影響してくるんだったっけ、かな。
結構特殊な技術と色々な知識に鍛錬も必要で、ポーション作成技師は『錬金術師』という職業名で呼ばれたりもする。
それでも、そんな錬金術師たちでさえ素材もなしにただの水に魔力、マナを注ぐだけでポーションを作るなんてことができるだなんて聞いたことが無かった。
貴族の子女はみな五歳の時にその魔力属性を調べられる。
あたしの主属性は水属性。でも実は他の属性も全て持っている全属性だった。魔力量もかなり多くて。
貴族はみなその魔力の属性の多さと魔力量にこだわる。
だから公爵家令嬢ともなればそんな魔力の多さも「あって当たり前」扱いされてたから、そこまで特別視もされてなさそうだった。あたしのその普通とはちょっと違うかもしれない「特技?」は、なんだかしゃべっちゃいけないような気がしてて内緒にしてたけど。
よく考えたらこれってもしかして神様に与えられた転生特典? みたいなもの? だったのだろうか。
不慮の死を遂げた主人公が神様によって異世界に転生させてもらえるお話。
異世界転生のお話には決まって主人公に転生チートのような特典? が、与えられていた。
ああもちろん恋愛ものなんかにはそんなものは無いお話もあったけど、そこはそれ。
魔法がメインになるお話だったら主人公だけが使えるチート能力っていうのはほんと当たり前のように存在していたの。
ずる?
そうだよね。ちょっとずるっぽいそんな能力。
人より優れたそんな能力を使って無双するのが異世界転生のお約束みたいなものだったんだけど。
あたしの場合はこれ、だろうか?
『ポーションを作成できる聖魔法』
それがあたしに与えられた権能だったってことなのかなぁ。
液体に聖魔法、マナを込める。それだけでポーションができるだなんて。
まあでももともと薬草を煮詰めてそこから薬効を抽出しそこにマナをこめることで作成されるポーションというものは、概ねとても不味かった。
砂糖や蜜で味を整えている高級なものもあったはあったけれど、それらは随分と値がはって、貴族ならともかく本当に必要とするものたちには手が届かない値段となっていた。
でも。
あたしのポーションは出来上がりの味まで自由自在に変えることができた。
とってもあまーい味も、とってもからーい味も、自由自在に作れたのだ。
まあでもそれくらいのちょっとしょぼい? そんな権能、持ってたってそこまで利用価値はなさそうに思えるんだけどこれが実はあたしにとってはなくてはならない、そんな能力になっていたの。
子供の頃から、なんとなくお食事に一味足りない気がしてたあたし。一応公爵家令嬢なわけで、食材は豪華だし凝ったお料理はいっぱい出てくる、「ザ・貴族」といったお食事ばかりではあったのだけど、なぜか味が好みじゃなかったというか、薄味で雑な味付けというか、そんなふうに感じちゃってた。
今にして思えば日本人だった時の好みの味を引きずっていたのかもしれないけど。
だから、お食事前のお祈りの時に、こっそり味を足したりしてたのね。
お醤油のような味付け、お砂糖のような甘い味付け、お出汁の素だって再現できた。
スープであれば直接。そうでなければ手元のお水を少しスプーンにとってそれに味付けしてお肉にかけたこともあったっけ。
まあポーションとしての効能なんて、元々聖属性の魔法が使えるあたしには必要のないものだったけど、この副産物としてのいわゆるなんちゃって調味料はこうして前世の記憶が蘇る前からずっと使い倒してたわけで。
結婚してからはお屋敷の料理長アランさんとも仲良くなって、自分で作成した調味料を実家から持ってきたって嘘ついて、いろいろお料理に活かしてもらっていた。
時々は、あたし自身もお料理をさせてもらったりもして。
生まれて初めて触る包丁もなんとなく使い方がわかって上手に扱えたからアランさんにも褒められたっけ。
今にして思えば、それもみんな前世の経験がいかされていたんだなってわかる。
あたしは芹那でありセリーヌなんだな。
そう改めて実感した。
♢ ♢ ♢
貴族でいることにもこうしてお飾りの妻でいることにもうんざりして。
もう何もかもやめちゃおうと思ったら、急に心が晴れて軽くなった。
お父様にちゃんと話をして、とかも考えたけど、お母様が亡くなってからというものまともに話を聞いてもらえたこともない。もし父があたしが考えているようにマリアンネだけを愛しているのであればもうなにを言っても無駄だろう。
貴族としての体裁だけを重んじて、あたしはお飾りだけの家の仕事をこなすだけの妻としてこのままここに縛りつけられるのかと、そんなふうに考えたらもうダメだった。
逃げ出したい。
でも、逃げてどうするの。
いいのよ。何とかなるわ。
そんな、生きていけるの?
大丈夫だって。町娘になって働いて、自分の力で生きていくのよ。
できるのかな……あたしに。
できるよ! 大丈夫。だってあたしには前世の記憶だってあるんだもの!
世間知らずな貴族のお嬢様なんかじゃない。
あたしには前世の記憶もいっぱい読んだおはなしの記憶もあるんだもの!
着替えの中からなるべく地味な部屋着だけを選びトランクに詰め込んだ。
身の回りの装飾品は持ち出すのをやめる。
どこかで売ったらある程度のお金も手に入るしとうざの生活費にはなるだろうけど、絶対に足がつく。盗品の疑いを持たれ調べられても厄介だ。町娘の格好してそんな高価な物を売りにくる小娘なんて、どこぞのメイドが主人の物を盗んできたんじゃないかってそう思われるに違いないし。
それよりも。
そうだよポーションを売ろう。
もちろんずっとポーションを売るわけじゃない。
そんなことして目立って錬金協会に目をつけられてもこまるしね。
手持ちのポーションを売ってお金に変えただけ、であればそこまで目立たない。
そうして少しだけ生活費を手に入れたら、ちょっと離れた街に移動してそこでお仕事を探すの。
うん。そうしよう。
あなたのことはもう忘れることにします。
探さないでください。
離婚のための書状に自分の分だけサインをし、そうメモを残して彼の机の上に置く。
そのままベランダに出ると、身体中に風の魔法を纏い浮遊する。
山際には朝陽が顔を覗かせている。早朝のこんな時刻でも誰にも見つからずに外に出ようと思ったら玄関から出るわけにいかないからしょうがないよね。ちょっとはしたないかとかも思ったけどこっそりお屋敷を出るのはこの方法が一番良さそうだ。
昨日のうちに街でポーションを換金しておいた。朝一番の駅馬車で隣街まで行ってしまおう。
バイバイ。
パトリック様。
あたしはもう貴方のことは忘れます。
どうかマリアンネとお幸せに。
そう心の中で呟くと、あたしは大空に飛び立ったのだった。
気持ちのいい爽やかな風があたしの頬を撫でた気がした。
▪️▪️▪️
「え? お姉様が?」
「ああ。書き置きと離婚届が私の机に置いてあった」
「そんな。家出をしてどこに行くというんでしょう。お姉様ったらバカね」
「君の家の領地ではないのか?」
「パトリック様。誰か手引きをした者がいない限りお姉様お一人で領地まで辿り着けるとは思いませんわ。うちの領地までの距離、ご存じでしょう?」
「まあ、そうだな。屋敷から消えたのはセリーヌだけだ。侍女も侍従も誰一人欠けていなかった。供も連れずに一人でそんな遠くまで行けるとも思えないか」
「それよりも。お姉様ったら身の回りの宝石類は持ち出していらっしゃった? それをお金に変えていらっしゃったらそこから行方を追えますわ」
「そうだな。とにかくそのあたりは警護署に届けておこう。我が屋敷から盗まれた高価な宝飾品を売りに来た不審な人物ということであれば、役所も真剣に捜索するだろうさ」
「でも、どうして。パトリック様はどうしてそんなにお姉様に執着なさるのです? 愛してなどいなかったのでしょう?」
黙り込むパトリックの顔を覗き込むようにして。
「もう、いいのではないですか? お姉様が離婚届を置いていったのなら正式な離縁ができますわ。わたくしが後妻になれば、我が家とアルシェード公爵家との関係も壊れませんし」
とそうにこりと笑みをこぼすマリアンネ。
「いや……。あれにはまだ使い道があるのだよ。わかっておくれマリアンネ。私が愛しているのはあれではなく君なのだから」
「いやだわ。あれ、だなんて。パトリック様。信じていますわ」
パトリックの胸に頬をよせ甘えて見せる。
その瞳の奥にはしかし甘えて見せる姿とは裏腹に、邪な光が映っていた。
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