宝石の村の子どもたち。

K.night

第1話 宝石の村の子どもたち。

「昔々、この村はとても貧しい村でした。何を植えてもうまく育ちません。いつもお腹が減っていた村人は、毎日神様に祈りました。どうか私たちを助けてくださいと。神様は私たちの声を聞き届けてくれました。ある日、大きな一つの星を落としてくださったんです。その星は宝石でした。村人たちは大喜び。そしてこの村は色とりどりの宝石に囲まれた、美しい村になったのです。」


いつもの物語をお母さんが語ります。とん、とんと優しく布団を叩きながら。私はコホッと小さく咳をしました。布団が粉っぽくなってきたようです。洗濯は私たち子どものお仕事です。明日晴れたら、布団を洗いましょう。そうして私は眠りました。


ガチャ、ガチャガチャ。


いい匂いがしてきます。お母さんが朝ご飯を作ってくれているようです。私が布団から起き上がるとリーンときれいな鈴の音が鳴りました。窓から見上げると透き通るような青空。今日は洗濯日和の様です。


「おはよう、ヘレン。」

「おはよう、お母さん!」


私は起き上がって、お母さんが作ったご飯をテーブルに運びます。お父さんは先に座って何か飲んでました。


「お父さん、何飲んでるの?」

「ん?ミルクだよ。」


私はコップを覗きます。


「まだ飲む?」

「ああ。」

「じゃあ私、注いできてあげる。」

「お前は本当にいい子だなあ!ありがとう!」


へへへ、と笑って、私はコップを持って洗い場へ行きます。ついでに顔も洗ってこよう。洗い場に行くと、ジャンが卵をタライいっぱいに入れて歩いていました。


「おはよう、ジャン。」

「おはよう!今日は新鮮な卵を朝一届けたから、朝ご飯は特別においしいぞ!」

「ありがとう!」


私はお父さんのコップも洗って、ミルクを注ぎ直してテーブルに急ぎました。


「はい、お父さん。あれ、もう食べ終わったの?」

「ありがとう。今日は特に働かなきゃだからな。これを飲んだらすぐ行くよ。」

「気を付けてね。」

「ああ、ありがとう。」


お父さんは私の頭をなでてくれました。


さて、ご飯を食べたら私もお父さんとお母さんのお手伝いをしましょう。


じゃぶじゃぶ。じゃぶじゃぶ。


大きなタライに水を張って布団を洗います。


「オハヨウ!クリシュダヨ!クリシュダヨ!」


隣のクリシュの家の軒先で飼っているインコが挨拶してくれます。私たちの村は宝石の村。色鮮やかな宝石みたいなインコがこの村の人たちは大好きです。クリシュのインコとおしゃべりしながら布団を小さな足で洗っていると、ジャンが空っぽになったタライを持ってまた通りかかりました。


「ヘレン、何やってるんだよ。今日は王様の騎士たちが宝石を取りに来る日だぞ。早く迎えの準備をしなくちゃ。」

「嘘!今日だったの!」


だからお父さんいつもより早くお仕事に行ったんだ。少しでも宝石をとるために。あーあ。布団、今日洗っても意味がなかったかもな。


ゴーン、ゴーン、ゴーン。


ひと際大きな鐘の音が鳴ります。宝石が取れる穴から大人たちが宝石をとってきた音です。3回鳴ったので、3人取りに行く人がいるという事です。


サリバンが走ってきました。この村で一番のお兄さんです。


「まずいぞ。もう男の子たちは迎えの準備に行かせてしまったから、取りに行ける人が足りない!ヘレン!お前も手伝ってくれ!」

「そんな!私じゃ無理だよ!」

「いないよりましだ!ほら、早く!」


私はしぶしぶサリバンについて村の果てにある宝石の採掘所へ向かいます。


採掘所にたどり着くと、採掘所の穴の中、手押し車を持った大人たちが3人も連なっていました。


「何してんだよ!」


サリバンが慌てて先頭の手押し車をひきます。


「サリバンか?そんなに慌てることないぞ。この穴のことは俺たちがよくわかってる。このくらいなんともないさ。」


「いいから!ほら、ヘレン!とりあえずこれを向こうに持っていけ!」

「う、うん。」


宝石をたくさん積んで重い手押し車をとにかく穴から遠くへ押しました。


「ヘレン!もうそこでいい!これも早く!」

「わ、わかった!」


穴は大きくて深くて真っ暗で、とにかく怖くて仕方ありません。


「お!その声はヘレンか?」


一番後ろで手押し車を曳いていたのはお父さんでした。お父さんはあろうことか、私の声を聴いて、大きく手を振ったのです。


ぐらり。


お父さんは大きく傾きました。


「お父さん!!!」


サリバンがお父さんに大きく手を伸ばしました。私はサリバンを掴みました。


危機一髪。どうにかお父さんの手をサリバンが掴んでくれました。


「いやあ、やっちまったな。」

「お父さん!いいから!早く登ってきて!」

「下にも道があるんだから。そんなに心配するなよ。」


落ちていった手押し車は暗闇に消えていったのに、お父さんは笑いながら穴から這い上がってきました。


「ああ、サリバン、ありがとう。」


しがみついたサリバンの体は震えています。私はサリバンと抱き合って泣き出しそうな気持ちを抑えました。


一番上のサリバンが15歳くらいと言っていたので、その星がこの村に落ちてきたのは15年前のことでしょう。その大きな星はこの村に大きな穴と大きな光を落としました。


村人が全員、目が見えなくなるくらいの。


この村に空いた大きな穴には黒い宝石がいっぱいありました。それはとてもよく燃える宝石だそうです。王様たちはその宝石を取ろうとしましたが、穴は深く深く、入ることがためらわれました。ところがこの村の男たちは違いました。穴に入って宝石をとることが怖くありませんでした。なにせ目が見えませんので。穴に板を張り巡らせて大人の男たちは穴の中へ入っていきます。鈴の音を頼りに。男たちはこの穴の深さを知りません。


この村は煤だらけの灰色の村です。それも大人たちは知りません。真っ黒になったミルクを、真っ黒になっている布団も知りません。この村で鳴り響く鈴やインコの声のように、宝石のような美しい村だと思っているのでしょう。


サリバンは私を抱きしめて、「大丈夫、大丈夫だよ。」そう言いましたが、黒い頬に一筋の線がついています。私もサリバンの煤だらけの服を濡らします。


それでも、大人たちには私たち子どもの涙は見えません。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宝石の村の子どもたち。 K.night @hayashi-satoru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ