第8話 君は完璧で究極の救世主(後編)

「やめろぉぉ!!!!!!」


人気のない路地に響くその叫び声、全てを諦めた私は最初タチの悪い幻覚だと思ってた。


だって普通思わないじゃん。


アニメや少女漫画でもない現実、こんなピンチで助けを求めている時、こんな人気のない裏路地に助けてくれる人がちょうど良く来るわけなんてない。


だからこそ彼は本当にヒーローのような、白馬の王子様のように見えたんだ。


ヒーローのような、いや、この状況ならば間違いなくヒーローのかれのさけびこえが響くと同時に、犯行を諦めた男は私を突き飛ばして逃げて行った。


「大丈夫?」


ヒーローの男の子がすぐに倒れた私のところまで駆け寄ってきて、声をかけてくれる。


見上げるとそこにいたのはクラスメイトの神森玲君だった。


彼はうちのクラスの有名人でもあり、私も少し興味があって観察していたことがあるので、そんな彼がここにいることにまずは驚いていた。


入学してからカッコいいと女子の間では話題であり、多くの女の子が話しかけていた。


しかし素っ気なさすぎる対応、話しかけるなというオーラのようなものを纏っている、ということで徐々にからに話しかける人はいなくなった。


そのため、神森くんは他人に興味がないという風に広まって行ったのを覚えている。


しかし、私はそうは思っていなかった。


だって、彼はクラスメイトの山田慎二くんや羽田由依さんとはまるで普段とは別人のように、可愛い笑顔を浮かべ、楽しそうに話していたから。


だから気になって私も話しかけてみた。


そこでは上手く会話は続かなかったが、彼の表情は決して他人に興味がない人が浮かべるものでは無かった。


話したいけど上手く話すことができない、会話を続けられなくて申し訳ないとでも言いたそうな苦しそうな表情だった。


だからこそなんとかして彼が友人2人に向ける笑顔を引き出してみたいと思った。


しかし、その機会は訪れなかった。


彼が私から距離を置こうとしているのを感じたから。


私は別に神森くんに嫌がらせをしたいわけではないのだ。


そこから私たちの間では何も無かった。


「神森くん……?」


「うん……遅くなってごめん……」


何の因果か、再び会話することになったのはこんな状況下である。


助けに来てくれたのに、私に謝る彼。


遅くなってごめん?


私がやめてください!と叫んでからほんとに僅かな時間しか経っていない。


これ以上早く来ることはおそらく無理だというほど早く助けに来てくれたのに、何でそんな申し訳なさそうな顔をしてるの?


そして神森くんは私に手を差し伸べてくれる。


まずは起きあがらないと、と思ったもののうまく起き上がることができない。


「ごめん……。腰が抜けちゃったみたいで……」


先程までの恐怖、それに耐えきれないほどメンタルは蝕まれ、そんな時に彼が助けに来てくれた安心感から腰が抜けてしまったようだ。


それを聞いた彼は少し考える素振りをした後、


「姫乃さん……えっと……近くに俺の伯母さんがやってるカフェがあるんだけど……。とりあえずそこまで連れて行こうと思うんだけど、どう……かな……?」


「……神森くんも一緒に居てくれる……?」


予想外の提案に驚いてしまったものの、私の口から出たのはそんな言葉だった。


完全に無意識のうちに口から出た言葉であり、それに気づくと恥ずかしさがジワジワと広がってくる。


しかし、言ってしまったもののもう引き返すことなんてできない。


ヤケクソだよ、ほんとに。


「……姫乃さんがその方が良いなら……」


「じゃあ行く……。けど、私いま歩ける状況じゃなくて……」


「嫌だったら言ってね」


神森くんは私のの両膝の裏と、背中とに手を回し、力を入れて持ち上げる。


「ひゃっ!!」


予想外の運び方であったこと、急に持ち上げられて驚いたことで変な声が出てしまった。


「ご、ごめん……、おんぶでも良かったんだけど……その、胸とか当たったりするから嫌だと思って……」


「べ、別に嫌ってわけじゃなくって……ただ、今は私の顔は見ないで……」


「わ、わかった」


確認するまでもなく、これはお姫様抱っこってやつだよね!?


なんで!?


しかし、不快感などはなく、恥ずかしいという感情しか私の中には無かった。


自分の頬が熱い。


絶対真っ赤になっていることだろう。


こんなみっともない姿、彼に見せたくない……。


私に出来るのは必死に顔を隠すことだけだった。


その後のことは正直よく覚えていない。


彼の伯母さん?の経営するカフェに着いたこと。


伯母さんと話して、そのあとは警察と話した気がする。


そしてママが店まで迎えに来てくれて、たくさんお礼をして、タクシーに乗って帰った。


その日は久しぶりにママと2人で寝た。


あんな怖い思いをしたはずなのに、私がふと思い出してしまうのはヒーローだった彼のことだった。


彼は教室で私を避けていた。


しかし、もうあんな恥ずかしい姿を見せてしまったのだ。


遠慮もクソももうないんだよ!!


明日は彼に改めてお礼をしたいし、もっと彼のことを知りたい。


だからこそ明日がとても楽しみで仕方がなかった。


やがて眠気に誘われるままに私は微睡につく。


その日私がみた夢は、決して怖い夢などではなかった。

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