第6話 昼食そして友達に

結局1限が始まるギリギリまでトイレでスマホを弄りながら時間を潰し、始業のチャイムと同時に教室に滑り込む。


周りからの視線が痛かったが、そこは気づかないふりをして席に着こうとする。


しかし姫乃さんがこっちを向いて、それもとびっきりの笑顔を携え、萌え袖になったブレザーの袖の部分をひらひらと振ってくる。


それを見たクラスメイトの視線が一層強くなる。


うっ……、俺はコミュ障だから話しかけられなくても既にかなりキツイっていうのに……。


姫乃さんの可愛さに癒されるところはあれど、それ以上に心労の方が大きかった。


その後針の筵のようなヒリついた空気の中でなんとか生き延びたものの、昼休みの時間についに逃げきれなくなってしまった。


クラスの誰もが今すぐにも問い詰めてやるというような視線を向けてきているが、このクラスで俺がまともな会話をできるのは慎二と由依、ギリギリ姫乃さんくらいしかいない。


クラスメイト達もそれを理解しているのか、出方を伺っているのか、他の誰かに聞けと促しているのか、謎の空気に教室が包まれていた。


思わず原因である姫乃さんを見ると、目線が合ったら彼女は嬉しそうにニコニコと満面の笑みを浮かべると、お弁当を持って俺の席までやってくる。


「神森くん!お昼ごはん一緒に食べよー!!」


「えっと……、うーん……」


正直彼女と話したい気持ちも無くはないのだが、今はそれ以上に命の危険を感じているためそう簡単にオッケーなんて言うことができない。


困ってしまい、助けを求めて目の前の慎二の方を見るとコイツはニコッと嫌な笑顔を浮かべたと思うと


「こいつ恥ずかしがり屋で人見知りだからさ、友達も少ないし一緒に飯食って仲良くなってともだちになってやってくれよ」


「友達!!私に任せてよっ!!神森くんと私ならマブダチになれるしもはやもう親友まであるよ!!」


「よく分かんないけど良かったな、玲!それじゃあ姫乃さん、こいつのことは任せたぜ!」


「うん!!神森くんは私に任せてっ!!じゃあ神森くん、行くよ!」


「ほぇ?」


慎二の悪ノリと元気で純粋な姫乃さんのよく分からないシナジーにより話はトントンと進んでいき、気がつくと俺は手を引っ張られるがままに教室から2人で飛び出る形になった。


あまりに突然の予想外すぎる展開に脳が追いついていないのがわかる。


「神森くんって確かいつも購買で買ったパン食べてたよね!よし、じゃあ購買にレッツゴー!!」


姫乃さんはそういうと俺のブレザーを掴んでいた手を一度離し、今度は俺の手をしっかり掴みなおしてからグイグイと購買まで引っ張っていく。


アイドルのような姫乃さんとコミュ障で誰とも会話しない俺という異色すぎる組み合わせのせいか、すれ違う人全員が俺たちを振り返り、そして繋いだ手の部分に注視しているのがわかる。


俺たちを見てヒソヒソと話している声も微かに聞こえるのだが、それに気恥ずかしさを感じる余裕もなくあっという間に購買につき、買い物を終えると中庭まで引っ張られていった。


「よしっ!神森くん、ごはんだよ!!」


「う、うん……」


ベンチに2人並び、人1人分くらいのスペースを空けて腰掛ける。


俺は購買で買ったサンドイッチを、姫乃さんは可愛らしい弁当箱に入ったお弁当を食べる。


周囲から幾つかの視線は感じるものの、気にしてたら胃が痛くなるだけなので気づかないふりをする。


ふと隣を見ると姫乃さんは小さい口にたくさんご飯を詰め込むので、頬がまるでリスのように膨らんでいた。


それが可愛くて、そして面白くて、ついクスッと笑ってしまった。


「やっと神森くん、笑ったね」


「……そうだっけ?」


「そうだよ!ほんとは迷惑だったんじゃ無いかなって私思ってて……」


「……そんなことないよ。まぁ、びっくりはしたけどね」


俺はそういうとまた、笑みが溢れてしまった。


確かに朝から散々な目にあったのは間違いない。


しかし、俺はそんなことよりただただ単純に嬉しかったのだ。


寂しがりで甘えたがりで、もっと人と話したい、人と遊びたい、下らないことで笑い合いたい。


そんな誰もが行う当たり前のこと、それが性格のせいで享受することができていなかった。


そんな暗いところにいた俺を無理矢理引っ張りあげ、まだ少しだが今まで知らなかった景色を見せてくれた姫乃さんの積極性に俺は今の時点で無意識に、しかし間違いなく惹かれ始めていたのだ。


俺の返事を聞き、顔を見た姫乃さんは少し頬を紅く染めると再び口を開く。


「私、今日は改めて昨日のお礼を言いたかったんだ。そして神森くんと友達になりたかったの」


「そっか……、めんどくさくて寂しがりで、そのくせコミュ障な俺だけどさ……こんな俺でよかったら俺も姫乃さんに友達になって欲しいかな……」


「ふふっ!それじゃあ私たちはもう友達だね!!」


「そうだね。改めてよろしくね、姫乃さん」


「こちらこそだよ、神森くん。私を助けてくれてありがとう……、私と友達になってくれてありがとう……。そして、これからよろしくね!」


そう言って微笑んだ彼女の笑顔は、純粋に美しいと、そして守りたいと、そう強く思った。

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