第3話 意地とプライドと重ねた手

3分ほど姫乃さんをお姫様抱っこしたまま歩くと、伯母さんの経営するカフェ、percheの前まで来た。


普段であれば裏口から入るのだが、今日はイレギュラーのため、面のお客さんが利用する出入り口から店内に入る。


「いらっしゃいませ〜」


店の奥から落ち着いた女性の声が響く。


伯母さんはたしか今年で50になる淑女であり、落ち着きがあり、そして優しい人である。


こんなコミュ障の俺を雇ってくれるだけでなく、俺のさまざまな相談にも乗ってくれる。


そのため、あまり両親に話しづらい内容なども、伯母さんにならと話してしまうこともある。


「伯母さん、ちょっとトラブルで!」


しかし、今はそんな余裕はない。


焦りを孕んだ俺の声を聞いて、急いでカウンターに伯母さんが出てきた。


「あら玲くん、いらっしゃい。トラブルっていうのはその子に関することかしら?とりあえず一旦お店を閉めておくからその子を先に座らせてあげなさい」


「分かった」


パッと見た状況から即座にこういった気遣いまでも出来る頼れる大人である。


俺は伯母さんの指示通り、席に姫乃さんを座らせ、人数分の水をグラスに注いで机まで運んでから、彼女の隣に座った。


そして対面の席に、店の外にcloseの看板をかけてきたであろう伯母さんが腰掛ける。


「それでどうしたのかしら?駆け落ちってわけでもないでしょう?」


頬に手を当て、首を傾げながら俺たちを見ながらそんなことを言う伯母さんに、俺は思わず飲んでいた水を吹き出してしまった。


「そんなわけないだろ!」


予想外の発言に思わず大声が出てしまったのも仕方がないことだろう。


その後、先程までの出来事を簡潔に説明する。


「分かったわ。私は警察に連絡を入れるわ。姫乃さん、あなたはすぐに親御さんに連絡すること。そして玲くん、あんたは今は姫乃さんの隣にいてあげなさい」


「分かった」


伯母さんはそういうと電話するために店の奥へと向かう。


姫乃さんも携帯電話で電話をかけている。


「……うん。えっとさっき男の人に突然捕まって……うん、今は大丈夫。クラスの男の子が助けてくれて……。うん、うん……、今その子の親戚がやってるカフェに連れてきてもらって警察を呼んでもらってて……。」


自分が襲われていた時、それを思い出して恐怖が襲ってきたのか、姫乃さんは俺のブレザーの袖を軽く摘んでいた。


身体も少し震えている。


俺は少し迷った後、摘まれている方とは反対の手を彼女の手に重ねる。


驚いたのか姫乃さんは驚いたのか俺の方を見る。


俺はその視線から逃げずに見つめ返した。


俺の今できること、しなければならないことはオドオドせず、恥ずかしさを隠し、落ち着いてる姿を見せることで彼女を少しでも安心させることである。


そんなことしか出来ない自分を歯痒く思うも、それくらいはやってやるという意思、コミュ障だからこそ本当は内心これっぽっちも落ち着いてなどいない。


心臓はバクバクと落ち着くことを知らず、鼓動が聞こえているのではないかと思うほどである。


しかし、それを意地と可愛い女の子の前でカッコつけたいプライドで隠し通す。


やがて伯母さんも姫乃さんも電話が終わったようだ。


伯母さんは温かいコーヒーでも入れてくるわとカウンターの方へ向かった。


少しするとコーヒーの独特な香りが店内へと仄かに広がってくる。


その間、俺と姫乃さんとの間に会話はなかった。


耳には店内で静かに流れているジャズ、コーヒーを入れるためのカップや機材などをいじる音、そして微かな隣の少女の呼吸の音だけが入ってくる。


落ち着いた雰囲気。


その中で俺と姫乃さんの手だけは重なったままであり、彼女の体の震えはいつの間にか止まっていた。


警察が到着するまでのおよそ10分、されど10分。


その時間は俺にとっても、そして恐らく彼女にとっても、記憶に残る10分となったと思う。

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