☆第六夜「探偵の葛藤」

 いかんいかん、どうやら張り込みの最中に寝てしまったようだ。

 俺もまだまだ修行が足りないな。


 えーと、ターゲットの様子は・・・

 ありゃ、ここはどこだ? さっきまで車の中にいたはずなのに。

 

 どうやらここは、どこかの住宅街のようだ。ここには一度来たような気もする。

 目の前にY字路があって、真ん中に立っている標識の矢印が、それぞれの道を指している。


「警部の恩に報いる」

「信念の道をいく」


 なんか、小難しいことが書いてあるが・・・そうか。これは俺の悩みだ。

 俺は、警部の依頼で、あるヤマを追っている。警部は、俺が探偵稼業を始めたころから取り立ててくれて、多くのヤマを回してくれた。おかげでこの商売で飯が食えるようになった。

 だが、今回のヤマは、ちとヤバい。警部は、逮捕した被疑者をホシだと確信しているが、今いち決定的な証拠が上がらない。それどころか確かなアリバイも出てきちまった。

 それでだ。

 警部にアリバイについて報告すると、公けにするなと俺に頼む。

俺には、さんざん警部に可愛がってもらった恩義ってものがある。


 どうしたもんかと・・・おや、俺の目の前に子豚がいる。標識を眺めてやがる。怪しいヤツだ。

「おい、子豚。いったいここはどこだ? それにお前さんは、何者だ?」


「こんばんは。ここは探偵さんの夢の中だよ。ボクは、えらぶー。迷っている人とお話するのが、ぼくの役目」


「どうして豚のくせに、俺の夢にしゃしゃり出てきやがるんだ?」

「ぼくは、人々夢の中を旅して大切な人を探しているんだ」


「なんだかわからんが、迷っている俺にいった何をしてくれるんだ?」


「うん、ただお話するだけ」

「けっ、役に立たねえなあ。・・・まあ俺の捜査の邪魔だけはしないでくれ」


 いや待てよ。まあ、ダメ元で話して見るのも悪くはあるまい。


「なあ、お前さんは俺の悩みを知っているのか?」

「うん、知っているよ」

「参考までに聞くが、お前さんはどう思う?」

「ぼくはよくわからないけど、探偵さんは、もう答えを持っているんじゃないかな」

「いや、この難問は、頭脳明晰な俺様でも、ほとほと手を焼いている」

「そうかな、じゃあ、目を閉じてみて」


「なんだって? えー、こうか?」

「うん、いいね。で、頭の中に何か浮かんだ?」


 俺の頭に浮かんだのは、被疑者が連行される時に泣きじゃくっていた娘さんの姿だ。


「じゃあ、決まったね」

「おい、いったいどういうことだ?」

「マイウェイだよ。おやすみ」

「なんで俺のカラオケの十八番を知ってやがる? だいたい今は、張り込みの最中で寝るわけにはいかねえんだよ。・・・まあ、寝てたけどよお」 

 いかん、ブタのせいで、まブタが重くなってきちまった・・・


 うーん、ここはどこだ? なんとなく懐かしい景色だ。

 ・・・そうだ、俺はあのヤマで被疑者のアリバイを公表し、スッパリと探偵稼業から足を洗ったんだったな。

 今は、こうやって実家の枝豆農家を継いでいる。俺の隣では、一人の女が畑仕事を手伝ってくれている。女の顔をよく見ると、あの時泣きじゃくっていた、娘さんじゃねえか。

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