第63話二十年後1

 血は争えない。


 結婚して二十年。


 最初の十年は怒涛の日々だった。

 けれど、それが過ぎれば穏やかな日も訪れる。


 直ぐに長女が生まれ二年後に次女が生まれた。

 この前後が人生の中で一番忙しかった。それと同時に人生の転換期であったことは間違いない。


 王太子殿下が不慮の事故で亡くなり、元第二王子が王籍復帰して国王に即位した。

 どんでん返しもいいところ。

 あの時、心底王家に例の条件を飲ませておいて良かったと思った。念には念を入れて魔法契約にしておいたのは正しい判断だったと御前会議で口にしたほど。我ながらいい仕事したと思ったものだわ。


 本人の目の前で言ったけれど、気にしない。


 こちらは迷惑を掛けられた側。

 謝罪したので受け取ったまで。

 手を繋いで仲良くはできません。


 なんとか近衛騎士団長の令嬢を側妃にして後宮に押し込める事には成功したものの、問題というのは後から後から湧いて出てくるものなのだと実感した数年間だった。


 第一王女(唯一の王妃腹)に対する暴行事件。

 6歳の幼児に、護衛騎士が手をあげた前代未聞の事件だった。

 王族に無礼を働くとどうなるのか。

 身をもって知ったのだろうけれど、許されるわけがない。

 幼いながら既に王者の風格を身に付けていた第一王女殿下は、これを機に離宮の改革を行った。本人的には後宮改革も執り行いたかったようだけれど、側妃の住まいという時点で後宮改革を断念なさった。その分、側妃は6歳の王女にも劣る不出来さを社交界に知らしめる結果となった。


 王妃派と側妃派の亀裂は決定的に広がったといえる。

 これが十年前のこと。


 近衛騎士団長が責任を取る形で退団した事により、側妃派は一気に力を落とした。

 それでも依然として近衛騎士団は側妃派。

 敬愛する騎士団長の一人娘は自分達の『お姫様』。守るべき『お姫様』。愛すべき『お姫様』なのだ。

 故に騎士団長は愛娘のために近衛騎士団を辞める道を選んだ。

 それは騎士として正しい選択だったとは思うけれど、残念だわ。娘と部下達はアレだけど本人は真っ当で、王家への忠義は人一倍ある。カリスマ性故か、それとも教育者としては不適切だったのか。

 今でも退団した近衛騎士団長を心から尊敬する騎士達であふれている。


 その忠義は騎士団長ではなく王家に向けて貰いたいものだわ。


 彼らは近衛なのだから。

 近衛の仕事は王族を守る事。

 近衛の忠義は王家に。


 これが常識なのだけれど、今の近衛騎士団は残念ながらそうではない。


 騎士団全体に再教育を施される事になったのだけれど、果たしてどこまで効果があるのか。


 騎士団の副長が再教育の要にいるとはいえ、彼もまた団長を酷く慕っていたし、長年染みついた考え方を変えさせるのは容易ではない。




 第一王女殿下は「洗脳教育でも施さない限り無理でしょうね」と仰ったけれど、洗脳は人道に外れた行為だからあり得ない。

 そのことは殿下も分かっていたようで「まぁ、言ってみただけです。それに、洗脳教育を施したところで彼らの騎士団長への忠義が覆ることもないでしょうしね」と仰った。


 近衛騎士団を野放しにする事はできない。

 けれど、こちらも戦力不足なのは否めない。


 第一王女殿下は近衛を全く信じていない。

 自分と王妃殿下を害する敵だと認識してしまっている。無理もないけれど。


 王妃殿下の実家、五大侯爵家の一つ、モルデュール侯爵家と連携を取り、自分達を守るために「軍人を護衛に推薦する」と言い出したのは予想外だった。

 そして何よりも、軍が第一王女殿下に忠誠を誓ったのが想定外。

 そしてそれは第一王女殿下も同様だったようで、「驚きました」と仰っていた。ただし含みのある言い方だったので、もしかすると軍と何らかの取引をしたのかもしれない。僅か6歳の王女がソレを成した。


 末恐ろしいのと同時に頼もしいとも感じた。


 軍との取引が何かは分からないけれど、こちら側についてくれるのならば心強い。


 けれどこれで近衛騎士団と軍の関係は最悪となった。




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