番外編~ダフネス男爵家の崩壊~

第52話ダフネス男爵side

 幸せが訪れた時、何時もエリカの花が咲いていた。


 最愛の妻、リンスレットと初めて話をした時もそうが。

 彼女と恋人同士になった時もそうだ。

 彼女と駆け落ち同然で結婚した時にもエリカの花が咲いていた。


 娘が生まれた時もだ。


 だから娘の名前を『エリカ』にした。


 幸せだった。



 その幸せが壊れたのは妻が死んだ時だ。

 貧しい男爵家。

 妻の治療には莫大な金がかかる。

 その事を妻は誰よりも知っていた。だから倒れるまで病気を隠し続けた。


 倒れてから死ぬまでの時間は短かった。

 倒れた時にはもう手遅れだと医者に言われた。


「何故もっと早く病院に連れてこなかった!」


 医者の言う通りだ。


「気付かなかった!?胸を押さえていた事は無かったのか?手足の震えに気付かなかったのか!?」


 医者の怒鳴り声は今も忘れられない。

 眠るように亡くなった妻。

 その亡骸すらも美しかった。


 元々、手の届かない高嶺の花だった。


 着飾った妻は誰よりも美しくて。

 可憐だった。


 貧乏貴族に妻を着飾らせる余裕などない。

 質素なドレス姿であっても妻の美しさは誰も彼も魅了した。



 妻が死んでから酒の量が増えた。

 酒に逃げないとやってられない。

 金はどんどんなくなった。

 借金をしても金が足りない。


 そんな時だ。

 高利貸しの男から「娘と結婚しないか」と打診があった。


「娘と結婚すれば借金は返さなくて良い」と。


 借金を返す当てなどない。

 私はその話に飛びついた。

 幸いにも、高利貸しの娘はそこそこ美人だった。


 リンスレットと比べると足元にも及ばないが。


 性格もリンスレットと違って、勝気で気が強かった。

 私の苦手なタイプだった。


 結婚生活はまぁまぁだ。

 気が強い後妻は意外にも男を立てる事ができる女で、 私も妻の前だと多少は偉そうに振る舞えた。


 暫くすると息子と娘が生まれた。

 二人とも私と後妻、どちらにも似ていた。


 生まれた時は「猿か?」と思ったし、声に出していた。

 後妻は地獄耳だ。私を睨んできたのが印象的だった。看護師が「生まれたての赤ちゃんは皆、猿みたいなものですよ」と笑ってとりなしてくれたが、そうだろうか?娘のエリカは生まれた時からそれは綺麗な赤ちゃんだった。それを知っている身としては同意できなかった。


 子供の成長は早い。


 あっという間に大きくなっていく。


 そういえば最近、エリカの姿を見ていない。

 ある日を境に食事を部屋で取るようになった。


 後妻は「思春期の女の子なんてそんなもんよ」と言っていた。

 そんなものかと納得したが、食事の時間に姿を現さないのは何だか気になっていた。“なれ”とは怖いものだ。それが当たり前になる。


 エリカは部屋からあまり出てこなくなった。


 王立学園に入学するために王都へ行く、その日まで――――


 


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