第25話元義兄の駆け落ち3

 可もなく不可もない、何処にでもいる男爵家。

 頭脳明晰でもなければ、 武芸に秀でているわけでもない。

 これといった実績もない。

 そんなダフネス男爵の亡くなった先妻が上位クラスのフィールド伯爵令嬢だというのはかなり異質と言えました。

 地方貴族のダフネス男爵を王立学園で見初めたのがフィールド伯爵令嬢。


 学園卒業と同時に結婚した二人でしたが、どうも結婚した経緯が人の口に出来ないものだったようです。

 当時、フィールド伯爵令嬢には婚約者が居ました。

 外務大臣を務める宮廷貴族。伯爵家の次男です。

 当時、三人とも学生だったので、ダフネス男爵とも面識があったのでは?とにもかくにも、フィールド伯爵令嬢は婚約者を裏切り不貞を働いただけに留まらず、懐妊。それを知った令嬢はダフネス男爵と手に手を取って駆け落ち――――といってもダフネス男爵領に逃げ込んだだけですが。


 当然、伯爵子息とは婚約破棄。実家のフィールド伯爵家は莫大な慰謝料を払ったそうです。

 この事からフィールド伯爵は御息女を絶縁。辛うじて籍は抜かれなかったようですが、将来を閉ざすには充分な理由です。


 ダフネス男爵とフィールド伯爵令嬢の結婚は誰にも知られないまま行われたそうです。

 駆け落ちですから呼べる客もいなかったですしね。

 道理で、ダフネス男爵の先妻が名前だけになっているわけです。実家から絶縁された後での結婚のため伯爵家の姓を名乗れなかったのでしょう。


 結婚を機にダフネス男爵家は困窮しています。

 きっと相手側に慰謝料を払ったからでしょうね。

 そうでなければ此処まで困窮はしていなかったでしょう。



 貧乏暮らしに慣れているエリカ嬢は兎も角、果たしてラシードお義兄様はどうでしょうか?


 侯爵家の将来の婿として身に付けた教養、生活水準で市井に紛れるのは難しいでしょう。

 ロザリンドの話しでは、お義兄様は実家から宝石や貴金属類を持ち逃げしたということですが、それを生活費に充てたとしてもいずれは尽きてしまいます。


 お義兄様は気付いていらっしゃるのかしら?


 御自分の立場が一介の伯爵子息に見合ないものであったことを。

 高い水準で学ばされた領地経営の数々は、侯爵家の持つ広大な領地や優秀な人材が始めから存在するからこそ生かせるものであったことを。


 お義兄様が子爵令嬢と結婚して婿に入ってもきっと上手くいかなかったでしょう。


 交易が盛んな小さな領では、お義兄様の知識はまったく役に立たなかった筈です。

 一見、思慮深く見えますが、ラシードお義兄様の本質は楽観的です。

 恐らく、ラシードお義兄様本人も自覚は無いのでしょう。私はそんなところも含めて愛しく想っていましたけど。侯爵家を背負って立つ身としては彼のそういったところが好ましかった。落ち込んでいても前に向こうという気にさせてくれる。

 

 ただ、それは私のような立場の者だからこそ思えるもの。

 他の人にとっては逆に不安と不満に繫がるでしょうね。


 だって、ラシードお義兄様は他力本願


「折角ですからラシードお義兄様にお手紙を書きましょう」


 好きな紅茶を横に、便箋にペンを走らせたのでした。



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