第9話初恋と婚約1

 祖父の死から五年。

 私は13歳に、ラシードお義兄様は16歳になっていました。


 婚約者として初めての顔会わせ。

 その時、私は一瞬で恋に落ちたのです。


 サラサラの緑の髪に青い目。

 優し気な容貌に、気さくな性格。

 ラシードお義兄様は、ウォーカー侯爵家に相応しくあるように努力し、励んでくださいました。

 礼儀作法、語学、歴史、経済、政治だけでなく音楽にダンス、果ては武芸に至るまで学び、教養を高めていったのです。


 その甲斐あってか、王立学園での勉強やスポーツなどは頭一つ分抜け出ているような感じでした。

 私もラシードお義兄様を支えたいと思い、全身全霊で自分自身を磨いていきました。


 他の令嬢よりも一足早く社交界にデビューを果たし、社交界の噂話も積極的に収集するようにしました。


 13歳になって社交界デビューしてからは、ラシードお義兄様と一緒にパーティやお茶会に出ました。

 我が家で開かれるパーティーには、ホストとして来客を歓待し、ラシードお義兄様のサポート役に徹しました。勿論、ラシードお義兄様に気付かれないようにさり気なく会話の誘導をしたり、休憩のタイミングを見計らったり、飲み物を差し入れたりと細やかな気配りも欠かしません。

 お茶会では、お菓子やお茶のお代わりを勧めつつ会話のきっかけを作ったり、それとなく席を外したりしてラシードお義兄様に話しかける機会を増やしていきました。


 もっとも、経験値の浅い小娘のする行動です。社交界の先導なさる方々にはお見通しだったようですが、それが却って好印象を与えてくださったようで、お茶やお菓子に誘われる回数が増えました。



「男性は大いにして鈍感な方が多いもの。けれど、女性は機微に聡いものですわ」


「ミネルヴァ嬢の献身はわたくし達がよく知っています。その御年で立派ですわ」


「ウォーカー侯爵家は安泰ですわね」


「ラシード殿はお幸せな方ですわ」


 年配の方々からこのような言葉をかけていただきました。

 嬉しかった。

 私のたゆまぬ努力は無駄ではなかったのだと、自信を持つことができたのです。



「ミネルヴァ、疲れていないかい?」


「大丈夫ですわ」


「ならいいが、何かあれば僕に言うんだよ」


「勿論ですわ」



 何かと労ってくださるラシードお義兄様。

 自然と頬が緩んでしまいます。



「今日のミネルヴァは機嫌が良いね」


「そうでしょうか?」


「そうだよ。だって、ずっと笑ってるじゃないかい」


「まぁ、お義兄様ったら」


「はははは、ゴメンよ。可愛い妹を笑ったわけじゃないんだ。ただ、ミネルヴァが笑ってくれると僕も嬉しくなるからね」


「ありがとうございます。私もお義兄様が笑っていてくださると幸せな気持ちでいっぱいになりますわ」



 私が笑えばラシードお義兄様も一緒に笑ってくださる。

 この瞬間が私は一番好きでした。


 ただ、一つになる事が。

 お義兄様の眼差しが、他者に対する時と私とで全く同じだという事には直ぐに気が付きました。

 何時まで経っても柔らかな眼差しに熱情を感じられない。

 それでも、私は幸せでした。

 私達の間に情熱は無くても、家族の絆は確かなもの。結婚して夫婦となれば、自然と愛し合うようになれる。私はそう信じていたのです。


 それが打ち砕かれたのは、一年後のこと。


 とある王子の恋から発生したもの。

 王家が頭を抱えた恋の騒動に巻き込まれる事になろうとは……。



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