第8話祖父の願い3

「お父様、一つお聞きしても宜しいですか?」


「なんだ」


「お爺様達は本当に只の友情だったのでしょうか?」


「ゴフッ……ゴホゴホ……な、何を藪から棒に……」


 丁度、カップを口につけていたタイミングでの問い掛けだったので、むせて咳き込んでいます。申し訳ありません、お父様。


「いえ、お爺様達は生涯の友と公言して憚らなかったですが、伯爵夫人の様子からして本当に友情だったのかと疑問に思いまして」


「……お婆様の様子を見てもそう思うのか?」


お爺様たちが仲良くされているのを大変喜んでます。それは口に出して仰っていますし、態度でも解ります。ですが、それが逆におかしいのではないかと思いまして」


「なるほど。確かに父上と母上は世間一般の夫婦とは言い難かった。しかし誰よりも互いを理解し合い尊重し合っていた。例え、父上達が妻と子供を放り出して二人っきりで旅行に出かけようとも、例えその旅行先のホテルが一室のダブルベットだったとしても、父上達は友情だと言うし、母上は受け入れていた。例え父上達の距離感が恐ろしく近かったとしても、例えエスコートしている妻をそっちのけでパーティー会場で話し合っていても、母上は大らかな心でソレを受け入れていた」


 …………なんでしょう。話が段々怪しくなってきました。それって逆に肯定しているのでは?ラブラブの恋人同士なのでは?口では「友達だ」と言ってもやっている事は「友情」とは思えません。


「お父様もお二人の関係を疑っているのでは?」


「ハッハッハ。マサカソンナコトハ」


 片言になってますよ、お父様。

 珍しく動揺なさっています。

 きっと私と同じような疑問を長年抱えて来ていたのでしょう。

 そして正確な事は何も解っていない――――と。


 孫の私から見てもお爺様とお婆様は仲の良い夫婦でした。

 お爺様達の噂話を笑い飛ばせるくらいに。


 庭を散策する時、二人は手を繋いで笑い合っていました。

 植物の好きなお婆様のために、お爺様が珍しい植物を持ってきては庭の一角で二人で植えたりしていました。

 好奇心旺盛なお婆様のために、お爺様は面白い魔道具や魔法を持ってきてはお婆様に見せていました。


 そんな二人の様子に、屋敷の使用人たちは「素敵な御夫婦よね。憧れるわ」と言っていました。

 私も子供心にそう思っていました。

 ですが、傍目から見ているだけでは解らない事も多々あるのも事実です。



「母上はだからな」


「お婆様が多趣味なのは皆知っている事です」


「だからこそ、父上も母上の趣味に寛容だった」


「はぁ……」


 困った。

 お父様の仰りたいことが全く分からない。


「多趣味な母上はサロンを開くことが多かった。それと同時に自分だけの時間を使う事を殊の外大事にされていた。芸術に造詣も深い母上は、自身で絵や作曲をすることだってあった」


「お婆様、絵も作曲も出来たのですか?」


「ああ。多趣味な母上は何でも出来たぞ。今は昔ほど作品作りに没頭していないがな。母上の作品にインスピレーションを受けた画家や音楽家は多い」


 それは最早才能の塊では?


「つまり、多趣味なお婆様にとって、夫との時間を割くのは難しい、という事でしょうか?」


「端的に言えばそうだ。父上との時間を大切にされてはいたが、如何せん、母上の体は一つしかない。多忙な母上に出来ない事を、伯爵とされる。母上は父上の理解者であったが、それは逆にも当てはまる。父上は母上の理解者でもあったのだろう。私が結婚する時に母上は仰った『結婚生活を長く円満にする秘訣は、夫婦は互いに一緒にいすぎないこと』だとな」


 祖父母は互いに好きな事趣味に時間を使いたかったと。

 信頼し合っていたからこそ成り立つ関係だったと。


 お婆様はそれでいいのかもしれませんが、伯爵夫人の方は全然大丈夫ではなさそうでした。


 濃い友情か、それ以上のナニカだったのか全く分かりませんでした。

 ただ、この後、お婆様がお爺様の自伝を自費出版し、それがバカ売れしました。その印税で随分と懐を潤したらしいですが何故か『18歳未満は見てはいけない本』という変な制限が設けられていましたね。一体何を書いたんですか?お婆様?


 お父様達に聞いても「知らない方が良い」「お前にはまだ早い」「知る必要のない代物だ」と言われました。


 相当アレな内容だったのでしょう。


 ただし、一部の御婦人方には異様に人気で、「新しい扉が開いた」と言い令嬢達の間でも話題になっているようです。

 お婆様宛のファンレターが大量に届き、お父様は頻繁に胃を押さえている姿が印象的でした。そんなお父様に、そっと胃薬と水を差しだすお母様のナイスフォロー。何も言わないその気配りと心配りが光っていましたわ。こういう時に、ただ傍にいて寄り添ってくれるのは言葉に出すよりもずっと心に染み入るものです。勉強になりました。


 食後にはいつもコーヒーのお父様でしたが、最近ではハーブティーを飲まれるようになりました。

 お父様が飲まれるハーブティーは全てお母様が調合なさっています。

 

 これが夫婦の信頼というものですね。



 本の出版後に、バルティール前伯爵夫人は精神病棟に入院したと聞きました。


 よほどショックな内容だったのでしょう。

 お爺様も罪な人です。

 あら?この場合、罪な人はお婆様かしら?


 お婆様は、バルティール前伯爵夫人の入院の話を

 


「これで安心して隠居ができるわ」


 そう仰っていましたが、何が安心なのかサッパリです。


 有言実行のお婆様。


 今では侯爵領で悠々自適にお過ごしです。

 

 時折、バルティール前伯爵夫人に季節のお便りを贈っているそうですが、それ以外は何処から送られてくるのか一切不明な謎の贈り物にバルティール前伯爵夫人が発狂しそうになったと小耳に挟みました。


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