#2【裏】(5)
前領主様の葬儀はつつがなく終わった。
その後、時を置かずして、犬山家への登用希望者は集まるよう呼びかけられた。
場所は新九郎様のお屋敷だ。
広間に恐る恐る足を踏み入れると、先にいた九人の目が一斉にわたしへ向けられた。
せせら笑いと一緒に声が投げかけられる。
「あんたも来たんだね。ま、来るだけ無駄だろうけどね」
「自分がどれだけブスな顔してるのか見たことないのかい?」
「その気色悪い薄い唇を引っ張ってきなよ。そしたら、あたしらみたいな綺麗なたらこ唇になるかもしれないよ」
「無理さ、こいつは天性のブスなのさ」
心ない悪口に唇を噛みしめる。
わたしは何も言い返せないまま隅の方に座った。
ここに来ているのは村でも美人な人ばかりだった。
たらこ唇、額や頬のしわ、どれをとっても羨ましい。
その上、髪は整えられていてちぢれている。
わたしも髪くらいどうにかしようと、指で巻いてみたけれど、恨めしいほどさらさらした髪は少しもちぢれてくれなかった。
美人に囲まれ弱気になっていたところ、新九郎様が現れた。
これから別室で一人一人面談をするそう。
最初の一人が呼ばれる。
ちぢれた髪をなびかせて自信たっぷりな様子だ
5分くらいして彼女が戻ってきた。
肩を落としている、ダメだったのだろう、胸がすっとする思いがした。
9人連続で不採用。
新九郎様は本当に家臣を登用する気があるのだろうか。
そしてわたしの番がまわってくる。
部屋には新九郎様が待っていて、わたしは慌てて座った。
「花咲早希、ですっ。よろしく、お願いしますっ」
緊張で声がうわずってしまった。
新九郎様はというと、一言もおっしゃられず、じっとこちらを見つめてくるのみ。
強い目にさらされ、わたしの全てを見透かされている気分だ。
あと、こんな時にもかかわらず、内股をこすり合わせてしまう。
少しして新九郎様は一つ頷くと、表情を緩めた。
「早希、そなたを登用する。これより犬山家の家臣として励んでくれ」
登用された?わたしが?そんな、まさか。
「こんなブスなわたしでいいんですかっ!?!?」
「別に顔の美醜で選んでいるわけではない。そなたは槍が得意であるようだな。これから俺は妖魔と戦わねばならん。そなたの武芸には期待している」
……槍なんて生まれて一度も持ったことがないのだけれど。
「それに、先日も言ったと思うが、そなたがブスとは何の冗談だ?そなたはとびっきりの美人なのだから誇るがよい」
新九郎様はやっぱりわたしの顔を美人だと思っている。
その目には嘘偽りの色はない。
嬉しく思う反面、戸惑いや疑念も大きい。
わたしがブスなことはわたしがよく知っている。
いくら新九郎様の言葉とはいえ、すんなりとは信じられなかった。
「わたしは本当に美人なのでしょうか?証拠はありますか?」
「証拠と言われてもなあ……。ああ、ならば、こうしよう。早希、そなたは俺と一緒にこの家に住むといい」
「ふえっ!?」
「お爺が死んでしまって寂しく思っていたところだ。住み込みで家事の手伝いをしてくれないか。どうだ?ブスと思っている者に一緒に住めとは言わないだろう。これでそなたが美人だという証拠になるか?」
「うぇっ……あうぅ……」
わたしは口をぱくぱくさせるばかりで二の句を継げない。
早く何か言わなければ。
ぐるぐると考えたすえ、三つ指をついて頭を下げた。
「……末永く、よろしくお願いします……」
「ははは、それではそなたが俺の妻になるみたいではないか」
顔がかぁっと熱くなる。
頭を上げることができず、しばらくの間そのままでいた。
部屋には新九郎様の笑い声だけが響いた。
――#2【裏】――終――
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