#2【裏】(4)

あの日以降、新九郎様は約束通り野菜の配分に立ち会うようになった。

新九郎様が目を光らせているおかげで、わたしはちゃんと分け前をもらえている。

そのことには深く感謝している。

けれど、肝心なことを聞けないでいる。

わたしを「美人」と言ったあの言葉の真意は何か……。

聞きたい、でもブスなわたしが美人なわけないし、でももしかしたら……。

そんなふうに悶々とした日々を過ごしたある日のこと。

この日、広場にやってきた新九郎様はいつもと様子が違っていた。

特徴あるその目が赤く腫れていたのだ。


「昨晩、遅くのことだ。お爺……犬山家当主が息を引き取った」


領主様が亡くなられた?

この場のみんなが動揺してざわつく。

それが収まるのを待ってから新九郎様が言葉を続ける。


「そういうわけで皆の前で宣言しておく。今日この日より、俺、犬山新九郎が犬山家の当主となり、犬山荘を差配することになる。異存はないな」


あるわけない。

そもそも身分違いで異存なんて言えない。

それに、この日がくるのを多くの人が待ち望んでいただろう。

他の男の人とは違う雰囲気があり、意志のこもった強い目を持つこの御方ならば、逼迫した村の状況に変化をもたらしてくれるのではないか、と。

そしてそれは現実となる。


「葬儀はこれから執り行うこととなるが、まずは貢ぎ物を済ませておこう。だが、俺は貢ぎ物の負担を引き下げたいと思う。具体的には、朝廷に対しては領内の実りの5分を。そして幕府に対しては貢ぎ物をしないと決めた」


突然のことにみんなが驚いていると、新九郎様が強い口調で言う。


「犬山荘は二条の都より離れている。そのため今、都で何が起きているかは分からない。だが、幕府にはもう頼れないと思っている。確かに将軍様は優れた陰陽師なのだろう、その力量を認めはするが、お爺のように幕府にすがったりはしない。現に、あれだけ貢ぎ物をしたにもかかわらず返ってきたのは護符一枚ではないか」


「朝廷にも頼ることはやめる。帝の加護による土地の恵みや村の結界は、昔は有り難かったが、今ではもうあってないようなものだ。ただ朝廷の貢ぎ物をなくすことはしない。帝の加護の中に「妖魔に殺されない」というのがある。これは朝廷へ貢ぎ物をするならば、その加護を与えてくださることを帝、御自らのお言葉で約束されている。ゆえに朝廷への貢ぎ物は実りの5分とする」


「以上。意見はないか?」


一人がおずおずと手をあげる。


「結界がなくなれば、妖魔が村に入ってきませんか?」

「無論、来るだろうな。妖魔は逢魔が時から翌朝にかけて出没する。そこで夜の見回りを皆に課すことになる。ここには女衆しかいないが、男衆にはまた後で俺の方から言っておく。夜番を課すことについては、貢ぎ物が少なくなって余った分、そなたらの取り分を多くするので、それで納得してくれ」

「あたしらが妖魔と戦うんですか……」

「ああ、不安にさせてしまったか。そなたらの役目はあくまで見回りだ。もし妖魔を見かけたらすぐ逃げよ。そして俺に知らせろ。俺が妖魔と戦う」


「そんな、若様が!」「おやめください、若様!」と悲鳴が上がる。

「もう若様ではない。領主様だ」と新九郎様がお笑いになる。

どうしてそんなふうに笑えるのだろう、妖魔と戦うのが怖くないのだろうか。


「だが、俺のみで妖魔と相対するのは心許ないのは確かである。よって、犬山家で新たに家臣を登用することにした。希望者は後日、屋敷に来るように」


わたしはそれを聞いてぎゅっと拳を握りしめる。

いくら帝の加護により妖魔に殺される心配はないとはいえ、怖いものは怖い。

けれど、わたしは新九郎様に対してご恩がある。

何より「美人」というあの言葉の真意を知りたかった。

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