#2【裏】(3)
新九郎様がいなくなった後、周囲からはため息が漏れた。
わたしも同じように息をつく。
「若様はいつ見てもかっこいいねえ」
「うちの亭主とは全然違うよ。何が違うんだろうね」
「そりゃあ、頭のてっぺんからつま先まで違うんじゃないかい」
「それを言ったらおしまいだ。でも、そうさね、1番は目だろうさ」
「ああ、それは分かるよ。若様のあの目に見つめられると、あたしの女の部分が熱くなっちまうよ」
周りの女の人たちはそれに同意して、内股をこすり合わせる仕草をした。
外で朝から盛らないでほしい……。
と言いたいところだが、自分でもすごく分かってしまう。
村に住む男の人と新九郎様では同じ人間なの?というくらい違うのだ。
領主様も含め男の人は誰も彼も覇気がなく、主体性に乏しく、それに影が薄い。
新九郎様はというと、まるっきり反対だ。
特に目。少し長い前髪からのぞき見えるその目は意志がこもった強い目をしていらっしゃる。
そのことを思い出していると、知らず内股をこすっていた。
……気づかれてないだろうか。
わたしが辺りをうかがっていると、話を切り替えるように、一人がパンパンと手を叩いた。
「さて、今日の分を分けていくからね、並んだ並んだ」
みんなが祭壇の方へ列をなしていく。
わたしはひっそりと最後尾に並んだ。
人が順々にはけていき、わたしの番となった。
けれど、2つの祭壇の上にはもう何も残されていなかった。
もしかして今日もだろうか……。
わたしは嫌な予感を抱きながら、近くでわたしのことをニヤニヤと「綺麗なたらこ唇」を歪ませている彼女へと声をかける。
この人は村の衆のまとめ役でみんなに食べ物を配っている。
「すみません、わたしの分は……」
「あんたみたいなブスにやるもんはないよ」
「でも、わたし、お腹がすいていて……」
「ならこれでも食べてな。ブスのあんたにはお似合いだよ」
そう言って野菜クズを投げつけられる。
地面に落ちたそれを拾って、わたしは逃げ帰った。
自分のすみかにたどり着く。
その場で膝をつき、野菜クズを握りしめる。
「うっ……」
悔しくて悲しくて、涙がとまらなかった。
わたし、花咲早希は生まれながらのブスだ。
髪はさらさらとしていて、額にも頬にもしわ一つなく、目も大きい。他にも唇が薄かったり、手足がすらりと長かったり、美人の要素が皆無だった。
わたしの母も村で有名なブスで、男の人に見向きもされなかったので、よその男を貸してもらってわたしを産んだという。
常々、母は惨めな思いをしたと嘆いていた。
そんな母は一昨年、病にかかって死んでしまった。
それから一人で頑張ってきたけど……。
こんな思いをするくらいなら、もういっそのこと……。
「邪魔をする」
聞き覚えのある声に振り返る。
玄関口を仕切るボロ布をくぐって現れたのは新九郎様だった。
「ど、ど、どうして、若様がわたしの家にっ」
新九郎様はその問いに答えることなく、わたしの側までくると、わたしの頬に指を伸ばす。涙をぬぐってくださっているのだと分かった。
「もう少し早く気づいてやればよかった。ここ最近、そなたの顔色が特に悪いように見えたのでな、気になって今日は隠れて見ておった。不当な扱いを受けていたとは知らなかった。今日のところはこれで腹を満たせ」
そう言って新九郎様はわたしの前に野菜の入ったかごを差し出す。
「これは……?」
「元は俺の分だが、まあ気にすることはない。それより、明日の配分からは俺も立ち会おう。俺がいるとやり辛いと思って最初に抜けていたが、こうなってはな」
「あのっ」
「うん?どうした?」
「なぜブスのわたしなんかにこんなに良くしてくださるんですか?」
「ブス?」
新九郎様の強い目がわたしの顔を射貫く。
頬が熱くなるのを感じる。
恥ずかしさでわたしが目をそらすより先に、新九郎様が小首を傾げた。
「そなたがブスとは何の冗談だ?俺にはとびっきりの美人に見えるぞ」
「……えっ」
「それじゃあ、邪魔をした」
戸惑うわたしをよそに、新九郎様は帰ってしまった。
あの御方はさっき何と言った?
わたしが美人?
とびっきりの?
せっかく新九郎様のご厚意をいただいたのに、「美人」という言葉が気になりすぎて、食事の味なんて分からなかった。
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