1-3:交渉のテーブルに立つには、まず…

「ガキだからって揶揄からかってんのか?」


 敵対組織、ベルトーニファミリーのアジトにて――。

 ボスから『遺物レリック』の回収を頼まれ、それを無事に受け取らなければならないのだが、幸先が悪い……。

 ロイは顎でリングを指し示した。


「俺は『拳闘士』のギフト持ちだぜ?」

「なんだ、ウチと一死合(ひとしあい)やりたいってか?」



 ハイネはロイとマフィアの間に割って入った。


「ま、まぁまぁ! アタシたち「サルバトーレ」さんと話がしたいのよ。ウチのボスとあなたたちのドンの間で……ひぃっ」


 マリオは息が掛かるほどハイネの顔を覗き込む。そしてリストカットの傷跡を見て……。


「ほお、嬢ちゃんなかなか可愛いじゃねえか。ウチにこねぇか?」


 べろりと舌なめずり。


「おい!」


 ロイが駆け寄りマリオの肩を掴んで引き剥がす。

 部下たちが武器を抜き近寄るが、マリオは手で制した。


「ったく、冗談だっての。ガキはせっかちでイケねぇ」

「ふざけんなよ!」

「おいおい、最近のガキは交渉のテーブルにもつけないのか? ええ?」

「ガキじゃねぇ!」


 肩を怒らせ拳を握り、今にもマリオを殴りそうだ。

 ルソーはロイの肩を軽く叩く。


「ロイ、緊張するのは分かるが、ドシっと構えとけ。頼りにしてるんだぜ?」

「…………おう」


 少し表情が和らいだのを見て、座るよう促す。


「待たせたな、まだ若いんだ。大目に見てくれよ」

「へへっ、ハナからそのつもりだぜ」


 マリオはカウチより少し高い椅子に座る。そしてキセルに火を点け思い切り吸い込んだ。

 無言で待つ三人。

 ロイは額に汗がびっしり張り付いていた。そして目を見開く。

 おぞましい恍惚とした表情。ロイは初見のようだ。顔が引き攣っている。


「フゥゥぉぉぉぉぉぉ」


 煙を吐くと同時に両耳、鼻の穴からスチームが勢いよく噴射された。穴に煙管が詰まっているのかと思うと滑稽すぎて、場所が場所なら笑ってしまう。


「くぅぅぅ、キクぜ……。へへっ、お前らも一発どうだ?」


 差し出されたのは魔薬だ。


「あのボイラーのマジモンの純正品だぜ? 混ざり物は一切入ってねぇ」


『オイラはボイラー』のキャッチコピーで有名なカリスマ魔薬製造者の品。ルソーが運営するサロンでも売れ筋の商品だ。だが魔薬は売っても手を付けない、が鉄則。


「俺はパス。妹に止められてるんだ」


 マリオは順に差し出していくが、全員遠慮しておいた。ハイネだけは物欲しげにしていたが、間接キスが嫌なのだろう。


「ったく、もったいねぇ。お子ちゃまにはこの価値がわからんか」


 マフィアの一人が奥から荷物を持ってくる。


「さぁて、取引といこうか」

「………ん?」

「アレが例のレリックだ」


 ガシャガシャと揺れる荷物。鳥籠なのだろうが、布が被されていて中身が見えないが……。


「うわぁああああ、やめろぉぉぉ、離せよぉぉぉぉ!」


 女の子の声だ。カシャンカシャン、と鉄格子が動く音。中で暴れているようだ。


「この通り、活きがいい……。オレ様達テイマーがいなけりゃ地上で今頃殺戮ショーだぜ?」

「…………」


 ローテーブルの上に勢いよく置かれる。


「ヒイイッ、急に落とすなよぉ……」


 ぐすんぐすん、と泣く声。

 ルソーたち三人は顔を見合わせた。全員目が言っている。『本当にコレか?』と。


「出してくれたもぉぉ……オレ生理中なんだよぉぉ、不安定なんだよー!」


 なおも鳥籠の中で暴れまくるソレ。部下の一人が重い布を取り払った。

 現れたのは手のひらサイズの白いフクロウ。だが猛禽類の威厳は何処やら、暴力的なほど可愛らしいフォルムをしていた。

 百八十度以上曲がる首。それを見て、ルソーの目が子供のようにキラキラと輝き出した。モンスター図鑑にも載っていない新種であり、それ以前にフクロウ自体を見るのも初めてだ。


「これが……フクロウ?」


 パチクリ、とルソーと目が合う。すると――


「な、なんてこった」


 パクパクする嘴。

 ふかふかそうな白銀の羽根がギュッと縮こまり、細長にフォルムチェンジする。


「おおっ、すげぇ」


 思わず微笑むルソー。触りたい欲求に手が疼く。


「こんなところにマレビトが居るなんて……!」

「ん?」

「ぎゃああ、食わないでくれぇ!」

「はは、美味そーだな」


 羽根に触ろうと格子の隙間から指を突っ込むと、嘴でつつかれ甘噛みされる。


「いてっ、いててててて」


 すぐに引っ込める手。指から滴る血。


「あ、あちょぉぉ! どこからでもかかって……こいっ!」


 バサリと羽を広げ、変なポーズで威嚇してくる。

 プルプルと震えるフクロウ。


「「「………………」」」


 しんと静まり返る一同。

 ルソーは訝しげにマリオを見る。


「おい、本当にテイムして調教したんだろうな? 牙を向いてきたぞ?」

「ちょっと反抗期らしい」

「反抗期じゃない! 叛・逆・期だ! カルト狂信者め!」

「おいおい」と失笑。


 フクロウは他にも何やら聞きなれない単語で吠えているが、やがてルソーをじっと見つめたまま黙り込む。かごに布を被せられると完全に沈黙した。


「けどよ、口が悪すぎねぇか? 貴族を侮辱したり怪我させたらヤベェんだぞ?」


 ロイがそう言ってマリオに睨みを効かせる。


「じゃあやめとくか? イーストサイド(トーヨコ)の萬屋に売っぱらってもいいんだぜ?」


 確かに少し小生意気だが、この愛くるしさなら貴族や物好きな資産家、商人ギルドたちも買うだろう。


「いや、でも……からくりの機巧って話じゃなかったか? 生物型モンスターじゃないか」

「…………」


 マリオは目を逸らした。ロイは追い打ちをかける。


「こっちはテイマー協会にバレないように売る必要がある」

「こっちだってリスク背負ってテイムしたんだ。新世界の『不可能ダンジョン』産だぞ。新型の魔機(ゴーレム)が跋扈して神力が効かないエリアだってある」


「むぅ……」


 黙り込み、チラリとルソーを見るロイ。


「ロイ、俺たちの仕事は『受け取り』だ。捌く仕事は上が考える」


 マリオがニヤリと笑う。


「それで?」

「ああ、確かに受領した」

「毎度あり〜」


 鳥籠を持って行こうとすると、マリオも反対側から鳥籠を掴む。

 万力で挟まれたかのように、びくとも動かない。

 嫌な予感。


「……サインでもした方がいいか?」

「お前ら、初めてのおつかいか? 代金を忘れてるぜ?」

「(やっぱりこうなったか……)」


 脇下に隠し持ったリボルバーに手を伸ばしたくなるが、一呼吸置いて別のものを取り出す。


「ボスが支払い済みだ。ほら」


 ブラスから貰った領収書を机に載せた。


「なんだこの紙切れ? ケツでも拭くのか?」


 空気が一変した。

 スーツの男全員が武器を抜く。


「グルルルルルルルッ……」



 二メートルほどの体躯を誇るウルフ型モンスターが奥から現れた。


「…………クソが」


 ロイは動こうとするが、魔導銃を向けられ動きを止める。火薬の弾丸とは違い、神力のオーラも貫通するほどの威力だ。

「で? パパから金は貰ってきたのか?」


 オーラの威圧プレッシャーに、向けられる銃口。

 さっきから借りて来た猫のように静かなハイネ。

 神力がないルソーにはかなり堪えるが、平然を装う。


「あー、あるにはあるんだが……」

「早く出せ」

「テメェら、俺たちからがめようとしてんのか⁉︎ ぐっ――――……」


 ロイが先走って殴られる。


「グルァッ……!」


 モンスターの顔が威嚇するようにルソーに近づく。

 少し湿った鼻に、生臭い吐息。牙には血と人間の皮膚や体毛がついたままだ。

 モンスターからのニオイと威圧プレッシャーにルソーは吐きそうになる。


「能無しのお前でも、この状況分かるよな?」

「まぁな…………でもひとつ、先に伝えることがある」


 ルソーは人差し指で手招きする。

 こうなることを見越して用意した保険。そのカードを切る時だ。


「なんだぁ?」


 不機嫌そうな顔でマリオは顔を近づけた。ルソーは耳打ちする。


「ルイージを殺したな?」

「――――っ⁉︎」


 ピタリ、とマリオは動かなくなった。


「(こいつ、なんで知ってるんだ⁉︎ もしかしてオレ様の計画も――)」


 ルソーはその反応を見て冷静に笑った。


「魔薬の密売、帝国への高跳び……エトセトラ、エトセトラ」


 マリオは目を見開いた。背中に嫌な汗が流れ、額にじわじわと脂汗が浮かび出す。


「マリオさん?」


 訝しんだ手下が近づこうとするが、マリオは手で止める。


「ここで俺たちを殺してもいいし、金を巻き取ってもいい。でもそうすれば明日、ハニーポットからサルバトーレに内部告発の密書が届くことになる。この意味、マヌケの赤鼻でも分かるよな?」


 ハニーポットの名前を聞いて、マリオは悔しそうに魔銃を床に叩きつける。

 ハニーポット――金さえ積めばどんな情報でも入手してくれるという、半ば都市伝説みたいな魔都の情報屋だ。


「……は、ハッタリだ!」


 どかりと椅子に座り直すマリオ。腕を組み貧乏ゆすりを始める。


「そう思うか? じゃあいいもの見せてやる」


 そう言ってルソーは指をパチンと鳴らした。

 それを合図に、一人の人物が奥からやって来る。

 仕立ての良いスーツにシャツ。そして魔獣の革靴がコツコツと響く。

 マフィアの全員が驚きを隠せない。


「わ、若⁉︎」

「3代目⁉︎」


 歩いて来たのは、ベルトーニファミリーの次期ドンだ。

 ルソーは不敵に笑って手を振る。


「よお、未来の3代目。さっきぶりだな」

「お、お呼びですかな、ルソーさん?」

「えっ……?」


 全員が絶句した。マリオは口を開けたまま固まった。


「おしぼり。あと、喉が渇いた」

「はっ、はい! お前ら、おしぼりとお飲み物をご用意しろ!」


 驚きのあまり動こうとしないマフィアに、3代目は再度怒鳴りつける。


「聞こえなかったのか? さっさと動け! この裏切り者どもが!」

「あ、俺はエスプレッソで。お前らは?」


 ロイとハイネに訊くが、理解が出来ずに目を丸くさせたままだ。

 まず、おしぼりが届いた。生地のきめ細やかなタオルで、アロマと蒸気で温められたものだ。


「拭け」


 指で指し示したのは、モンスターの唾液で汚れた靴。


「あれ? お前さっき俺の目玉を抉ろうとした爪男じゃん」

「なっ⁉︎」


 アジトに連行されて来た時、麻布の目隠しを破いてきたマフィアだ。


「俺の度胸、高くついただろ?」


 ニヤリと笑ってやる。

 持ってきた男は3代目を見るが、


「こっ、こいつを連れ出せ!」


 と怒鳴られ、ウルフに尻を噛まれながら追いやられる始末。

 靴は3代目が自ら拭いて綺麗にしてくれた。その間ずっとビクビクと小刻みに震えていたが。


「いやぁ、悪いね。もう仕事に戻っていいよ」

「あ、ありがどうござびばす!」


 3代目は少し嬉しそうな顔をする。やっと解放されるのだ。無理もない。

 だが……。

「(ちょっと揶揄ってやるか)」


 ルソーは悪戯っ子のように目を細めた。


「それとも俺らの話、聞いてく?」


 そう聞かれたら、許された答えはひとつ。


「そっ、そうさせて頂きます!」


 残念そうな顔。堪えきれず「ふふっ」と笑いが漏れた。


「そう? じゃあこっち座れよ」


 少し詰めて隣を勧めるが……


「いえっ、立ったままで問題ありません!」


 軍隊のように綺麗な直立。

 程なくしてエスプレッソが届けられた。胸に広がる香り。ひと口、ゆっくりと口に含んだ。


「おぉ、良い豆使ってんなぁ。スラムのガキでも分かるぜ」

「き、恐縮ですっ!」


 ルソーの視線はマリオに移った。

 下を向いて黙りこくっている。自分がこれからどうなるのかを考えているのかもしれない。

 ルソーはカップを置いて口を開いた。

 静かに、神妙に、怒っている雰囲気を醸し出す。


「なぁ3代目、このマリオって奴いるだろ? さっき俺たちに吹っかけて来やがってさ――」

「いえいえ……っ!」


 マリオがサッと顔を上げた。そしてカゴを差し出してくる。


「こちら、持って行ってください!」

「え、いいのか?」


 わざとらしく驚き、3代目の方を見て確認する。


「もっ、もちろんです!」

「後からやっぱり返せとか、金払えとか言わない?」


 コクコク、と首を振る二人。


「本当にぃ?」


 コクコクコク……。

 ルソーは満面の笑みで答えた。


「あ、そう? じゃ遠慮なく」


 ポカンとしているロイとハイネ。

 ルソーは立ち上がって部屋を出る。


「じゃあ行くぞ」


     ×    ×    ×   


 続く――。(毎朝8時更新)

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