1-2:ギャングの仕事とは?
翌日、ピンクパンサーアジト本部にルソーは呼び出された。仕事だ。
幼馴染のロイとハイネを後ろに従え、ボスの部屋をノックする。
「来たか、入れ」
ギィ、と重い扉を開くと。葉巻の煙で充満した部屋。逃げるように白煙がこぼれ出る。
背もたれに深く座る痩せ型の強面。彼がボスのブラスだ。両脇手前には敵対ファミリーからインスパイアを受けたのか、マフィア風の大男二人が立って控えている。ただし、全身がピンクのスーツで、だ。さすがは地下街を支配する暴力団の一角。ピンクパンサーの名は伊達ではない。
「(相変わらず悪趣味だな)『おつかい』だって聞きましたが」
「…………ああ」
焦らすように葉巻をふかしてから返事をする。
ゲホゲホとハイネが咳をする。真新しいリストカットの傷痕。
「ボス、座ってもいーい? 下の方が空気シンセンー」
許可が来る前にペタリと床に女の子座り。短めのスカートから太ももが露わになる。
ピンクのエクステに、同じく桃色と黒を基調としたスタイルのハイネ。この二年間で完全にピンクパンサー色に染まっているが、煙には慣れていないみたいだ。
「ちっ」
護衛は気に入らなさそうにハイネを睨みつけるが、彼女はどこ吹く風なご様子。
ブラスが護衛の男に何か合図をする。
ずんずんと近づいてくる巨体。『レスラー』のギフトを持ち、加護レベルも星4クラスだという。正面からやり合えば、戦闘要員のロイでも簡単に捻り潰されてしまうはずだ。
「ベルトーニファミリーの拠点に行って『
護衛から手渡されたのは請求書と地下街の地図だった。
「こっちは前金で全額支払ったのに難癖付けてきやがる……。もう買い手の貴族も見つかってるんだ」
「へぇ……どんなブツなんですか?」
「空島産の喋るフクロウだ。なんでもモンスターじゃなく、機巧らしい。しかも珍しい白銀の羽で、もふもふでっ……」
イカつい顔から可愛らしい単語が発せられる。さすがはピンクパンサーのボスだ。
「ねぇロイー、アタシもその鳥欲しいー」
「高ぇんだろ、無理無理」
小声でヒソヒソ話しているつもりだろうが、静かな部屋だから筒抜けだ。
ブラスは顔に出さないが、内心悪態をつく。
だがこんなことは一度や二度ではない。加入当初はオドオドしていたロイとハイネだったが、ルソーが一緒だと大ごとにはならないので気が抜けてきたのだ。
いつからか付き合っているらしい二人は放っておいて、ルソーは続ける。
「……なるほど、ベルトーニは後から高く売れると気付いたんですね?」
「だから渋ってるんだろうな。必ず回収しろ」
「もちろんです。……ただ一つ、お願いがあります」
「……言ってみろ」
部屋全員の視線を一斉に浴びた。
鞄から書類を取り出す。
そして机の上にそっと置いた。それをペラペラとブラスがめくる。
「今月で俺が仕事で稼いだ利益は千億アクシオムを超えました。店舗を前任から引き継いでから、売り上げも2倍とまだまだ右肩上がりです」
「……それで?」
「そろそろ『剣王』のゴッドジェムを上から取り寄せて、俺にください。見合う働きはしたつもりですし、ギフトを得ればもっと貢献できます」
「あれは値段が付けられるものじゃない。〈ネビュラ〉の後継者に渡されるものだ。それにお前は戦闘より頭を使うのに向いている」
「二年前、はじめに約束しましたよね?」
『千億稼いだら考えてやる』、この部屋でそう笑ったのは目の前のブラスだ。
到底無理だと思われた金額が、意外にもたった2年で達成された。
「……四、……五千億だ。五千億これから稼いだら――」
「ベルトーニの下っ端と同じことをするんですか? ピンクパンサーのボスが?」
二人の視線が交錯した。ここで先に目を逸らせば、この話は当分できなくなる。
ジリジリと葉巻がゆっくり燃える音。
全員の呼吸音が聞こえそうなほどの静寂。
たっぷり数十秒が経って、先に口を開いたのはブラスだった。
「いいだろう。だがまずは仕事を遂行しろ」
その言葉を受け、ルソー達三人は早々に部屋を後にした。
× × ×
アジトの外に出た途端、
「すっごいじゃん、ルソー!」
と、ハイネがルソーの背中をバシバシ叩く。そのままルソーの腕を抱き抱えて、身を乗り出す。
「アタシの『豪運』のおかげじゃない⁉︎」
見た目は変わったが、中身は基本的に二年前のままだ。
「ばーか」
なんて澄ましてみるが、ニヤケ面が思わず外に出る。
「(これで俺も……)」
グイ、と二人の間に割って入るロイ。ルソーの肩を持つ手がつい力んでしまう。
「遂にお前もギフト持ちかぁ……」
「えー、なになに? ヤキモチ? モチをヤキヤキしちゃってんのー?」
「ちげぇよ!」
一瞬ロイに影が差す。
「って、仕事だけど、どうすんだよ? 今から行くのか?」
「そうそう〜、いつもみたいにさっさと終わらせちゃう?」
「あのなぁ……」
そんな簡単に終わるわけがない。今までの仕事も二人はサクサク終わらせていると勘違いしているが、全てルソーが徹底した下準備に保険を掛けているから問題が起きていないだけだ。現に二人はともかく他の構成員は失敗だらけで、勢力図が書き換えられるかもしれないくらい人手不足なのだ。
だから多少ポンコツでもレアギフト『豪運』と『拳闘士』の二人は重宝されている。
ルソーの苦労と心配をよそに舞い上がる二人。
「よしっ、今から行こう!」
「そっこーよ、そっこー!」
「いや、明日だ」
ルソーは先を歩き出す。
「明日十四時、時計塔の前で集合だ。俺は”用”を足してから向かう」
「用って、なんだよ?」
ロイが訝しむように訊いてくる。
「すぐにゴッドジェムが欲しくないのー?」
「準備があるんだよ」
「荷物を取りに行くだけなのにか?」
「(……やけに食い下がるな)」
ルソーは目を細めた。
ハイネはともかく、ロイから感じる違和感。
だが自嘲するように笑って答える。
「俺はギフトがないからな、慎重なんだよ。いつも通り、終わったら教えてやる」
「あっ、じゃあご飯食べ行こ?」
たたっ、と駆けて来てルソーの腕を取る。
今はちょうどお昼時。地下街には肉の煙が充満し、昼間から飲んでいるダイバーで溢れている。
ぐぅぅ……となるハイネのお腹。いやでも男の注目を集める胸。
地下街の通称は『魔都』。昼も夜も誘惑でいっぱいなのだ。
「いや、俺はパス」
金は貯めるし、遊んでいるヒマなんてない。
ルソーはハイネの腕を振り払い一人歩いて行った。
「ほーん、あいつ最近付き合い悪りぃよな」
「……うん。変わっちゃったね」
ハイネはルソーの背中を目で追っていたが、すぐ人ごみに紛れて消えてしまった。
× × ×
――ベルトーニファミリーのアジト入り口
工場地帯にアジトはあった。この周辺は公害で有名だ。
錆びた鉄の匂いと体に悪そうなスチームが地下空間に立ち込めている。
目的は、こちらが買った商品を引き取るだけ。堂々と正面から入って、正面から出てこればいい。すんなりいけば、だが……。
「んー、見張は……」
0人だ。不用心だが、マフィアの溜まり場にカチ込もうとするバカはほぼ居ない。
チキチキチキ……と血の付いたカッターを出すハイネ。
「襲撃できそうね」
おっと、ここに一人バカが……。
「コラコラ、物騒なもんしまえ。マジで殺されるぞ」
「あはは〜、ホントにやると思ったー?」
無視を決め込む。いつもの事ながら不安になってきた。
「でもルソーだって持ってきてんだろ? 火薬の銃」
「そりゃな」
ジャケットの内側に潜ませるリボルバー。
「それで? 他に秘密兵器は用意したのかよ?」
「あ? 秘密兵器?」
ロイの探るような目つき。
「昨日! 何の『用』だったんだよ?」
「(しつこいな……)お前、いつからそんなビビリになったんだよ」
「……はぁ?」
ロイは昔からキレさせればボロを出す。仕事前に不安材料は取り除いておくことにした。
「昔は俺の後ろをチョロチョロ付いてきて可愛かったのになぁ? ギフトに溺れて小心者になったのか?」
「なんだと⁉︎」
ロイは胸ぐらを掴みにかかる。ルソーは不敵に笑った。
「おうおう、拳闘士は手が早いこった。頭三歳児か? 文句があるなら口で言ってみろよ」
「俺に隠れてハイネと会ってるの、知ってんだぞ!」
「ぐっ……おま、何言ってんだ?」
ロイは勢いよくルソーを地面へ押し倒す。馬乗りになるロイ。完全に激昂している。
「うるせぇ! お前は昔からそうだ!」
「勘違いだ」
「嘘つけ! じゃあこのキスマークはなんだよ⁉︎」
ルソーのジャケットの襟をめくり、証拠を露わにする。
「……これは、違う。別の女だ」
「ウソつけ!」
どうやら「用」を済ませてきたのが仇になったらしい。
「モネちゃんも、ハイネも……今度はギフトだって」
「ちょっと二人とも」
割って入るハイネにロイは唾を飛ばす勢いで捲し立てる。
「やっぱり庇うんだな! お前、昨日ルソーと一緒にいたんだろ⁉︎」
こんな時だけ真面目振るハイネ。声が切羽詰まっていた。
「違うって! 前!」
指さす先には……ベルトーニのマフィア達が武器を手にこちらへ歩いてくる。
何やら物騒な脅し文句も叫んでいる。
「はぁ……お前がはしゃぐから。俺のファンが集まってきただろ」
「ふん、掘られないよう、せいぜいケツを絞めとくんだな」
「お前がな」
「うっ――⁉︎」
ルソーはロイの金的を思い切り膝蹴りし、巨体を横へずらす。そして立ち上がって手を上げた。降参のポーズだ。
三人は囲まれ、アジトへ連行されていった。
× × ×
麻布の袋を頭から被せられ、手も縛られている状態で歩かされるルソー達。
『何か』を作っている機械工場を進んでいくと、突然強いライトが三人を照らす。
麻布越しでも眩しいくらいの光。
「きゃっ、なに⁉︎」
「なんだ⁉︎」
「…………」
「おら、早く歩け!」
横二人が止まっただけなのに、歩き続けていたルソーは尻を蹴られた。
「ちっ」
「おい誰だ、今舌打ちした奴!」
「怒鳴るなよ、貧血気味なんだ」
男はルソーの膝の裏を蹴り、跪かせる。そして喉仏を狙って首を絞めた。拷問にも通ずる技術に『慣れ』を感じさせる男だ。
「おいガキ、あんま調子乗んなよ? ここはベルトーニファミリーのシマだぞ?」
ゲホゲホとむせるルソー。
「る、ルソー⁉︎ 大丈夫⁉︎」
ヒステリックを起こしかけるハイネ。
依然として絞められた首。ルソーは縛られた手で退かそうと試みる。
「だから、言ってんだろ。ウチのボスからのお使いだって。いちいちアンタらのドンに直接話を通す必要があるのか?」
「しらんな」
「じゃあ走って訊いてこいよ、三下」
「……その舌、斬り落としても良いんだぞ?」
男の爪が伸びた。まるで鋭利な金属のナイフのようで、麻布に触れただけで切れ目を入れる。
切れ目が入ったのは目の部分。
伸びた爪が眼球に迫るが、ルソーは嘲笑する。
「あんた、目と舌の区別ついてるか? 拷問し過ぎて頭イカれたんじゃね?」
「その度胸だけは買ってやるが……」
「(あ、やべ、言い過ぎた……)」
シャキン、と効果音がなったような気がした。
目玉をくり抜こうとしたその瞬間、「待て待て」とストップがかかる。
「ハッ……(やっぱり見て楽しんでやがったか、悪趣味な奴め)」
やって来たのは赤鼻の男。ゴーグルを付け、手にキセルを持った薄汚い格好をしている。一言で言えばマフィアらしくないのだ。しかし、ある程度の地位を持っていることもまた事実。
「オレ様が案内する。目隠しも魔錠も解いてやれ」
爪男は不満そうな顔を向けるが、ゴーグルの男はニタリと笑う。
前歯は無くなり、残った歯も黄ばんで汚らしかった。
「そいつらはカモだ。ネギを持ってのこのこやって来た鴨ネギだ」
目隠しを取られたルソーは声の方を見る。そして内心ほくそ笑んだ。
特徴的な外見。間違いない。今回の仕事の原因となった男だ。
「(カモはお前だ、赤鼻)」
ゴーグルの男と目が合った。
「早く来い。オレ様はマリオだ。メカモグル・レッジェロのマリオだ」
ルソーは微笑みで応えた。
× × ×
マリオは三人をアジトの一室へ案内した。
ボンベやら電球の破片やら金属ギアなどが床に散らばっていて油ぎっている。
そして部屋の中央には――
「メカロボクスか」
血が染み付いたリングがあった。神聖結界を兼ね備えた本格なものだ。
「座れ。そこのカウチだ」
「うわ……」
ハイネが顔を顰めて立ち止まる。
人かモンスターか、何かの皮が継ぎはぎされてできたカウチソファ。
「特注品だ。滑らかな肌触りってな! はっはっは……いいカウチだろう?」
ルソーの腕を掴んで耳打ちする。少し肩が震えていた。
「ね、ねぇ、大丈夫なの……?」
「今更だろ。ほら」
「やんっ、えっち」
「黙れ」
ルソーはハイネの背中をグイと押して促すが、ロイは入り口で突っ立ったままだ。
それにマリオが気づく。
「おいデカいの。早く入れ」
「……断る」
「あぁ?」
マリオの手下二人が無言で一歩前に出た。
ロイは胸を張り腕を組む。なかなか様になっているが……。
「レリックだ。空島の喋るフクロウを受け取りに来た。ここで渡せばいいだろう」
くくっ、とマリオは笑う。が、ゴーグル越しの目は笑っていない。
「いんや、しらねぇなぁ。お前らも知ってるか?」
黒スーツ姿の部下達は首を振る。
「ガキだからって揶揄ってんのか?」
ロイは顎でリングを指し示した。
「俺は『拳闘士』のギフト持ちだぜ?」
「なんだ、
× × ×
続く――。(毎朝8時更新)
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