そら数ふ
「あ、あの、それ先輩には見せないで……」
花籠が慌てて言うと早太がスマホを返してきた。
「え……」
「お前の命を貰い受けた時に消してやる」
早太は花籠が返事をする前に姿を消した。
「花籠! 無事か!? ここにいたの、早太だろ」
「早太?」
「あの男だ」
「あ、はい」
「ケガは!?」
祥顕が辺りに目を向けながら訊ねた。
路上に矢が散らばっている。
「当たってないよな?」
「はい。矢は全部鳥に……ありがとうございました」
花籠が頭を下げる。
祥顕は矢に視線を走らせた。
矢を散らかしたままにしておいたら迷惑だよな……?
だが矢も裸で持ち歩いてはいけなかったような気がする。
しかし手ぶらで出てきてしまったから隠せるようなものは持っていないし、花籠も持っているようには見えない。
回収した後どうしたらいいのか考えていると矢が消えた。
それを見た祥顕は花籠に「送る」と言おうとしたがまだ午前中だ。
「親は学校に行ったと思ってるんだよな?」
祥顕の問いに花籠が頷く。
「なら学校に行こう」
祥顕はそう言って学校に向かって歩き始めた。
花籠はこのまま登校してもいいのか迷ったが早太は祥顕がいるところでは殺したくないようだし、どちらにしろ祥顕は死ぬなどと言ったら止めるだろう。
この時間に帰宅するわけにもいかないから帰るとも言えない。
そもそも帰ると言ったら「送る」と言われてしまうだろう。
それでは意味がない。
とりあえず学校に行ったとして、どうしたらいいんだろう……。
自殺する勇気はない。
となると早太が殺しに来るのを待つしかない。
でも狐の人達に捕まらないようにしてないといけないんだよね……。
花籠はどうしたらいいのか分からないまま祥顕と共に学校へ向かった。
早太は物陰から祥顕と花籠の姿を見送った。
あの娘……。
早太の脳裏に昔の記憶が蘇る。
――
それを見届けてから女性に目を向けると紙を見ていた。
邸を出て以来よくその紙を見ている。
折れ目からして昔から度々見ていたようだ。
女性が邸から出る時、唯一持ってきたのがその紙である。
「……伺ってもよろしいでしょうか?」
そう訊ねると女性が顔を上げた。
「それは文ですか?」
そう言って女性の持っている紙に視線を向けた。
幼子を二人も連れて追っ手に見付からないように逃げなければならないのだから大荷物は困るので紙切れ一枚だけなのは有難いが――。
どう考えても主が贈った文とは思えない。
女性にはいつも上等な紙で文を贈っていた。勿論、彼女にも。
主が持ち歩いて走り書きをしていた紙とよく似ているから手習いに使った物のように思えるが、そんなものを持ち歩くとも思えないから上等な紙を買えない男が贈ってきた文かもしれない。
もし他の男の書いた文を後生大事に持っているのだとしたら彼女を守ることを選んだ主が報われない。
問われた女性は紙を見せてくれた。
歌が書いてある。
女性の
なんとなく聞き覚えがある。
「これは?」
と訊ねると、
「昔、殿が女性に贈られた歌よ」
女性が答えた。
そう言われてみれば主が若かった頃に詠んだもののような気がする。
確か側室と出会うずっと前だ。
贈られたのは他の女性だから主が書いたものは持っていないので自分で紙に書いたのだという。
「こんな風に女性を想う歌を詠まれる方はどんな方なのかしらってずっと思ってたの」
彼女は初めて主から貰った文に書いてある歌を見てすぐにあの歌を詠んだ人だと気付いたという。
会う前に文のやりとりで気持ちを伝え合うものだったから他人宛だったとしても歌を読んで想いが芽生えることもあるのだろう。
どうやら彼女は出会う前から主に恋をしていたらしい。
そして側室になって何十年も
こっそり逢っていたのがバレて仕方なく側室として迎える羽目になったのかと思っていたのだが、互いに本気で想い合っていたのだ。
何十年も連れ添っても
主が誰よりも愛した女性も、主より先に主のことを想っていた。
そしてその想いは側室となり、何十年も一緒に暮らしてなお薄らぐことはなかった。
「散る花の 岩で
叶うなら、次の
早太の脳裏に主の言葉が響く。
彼女が……そうなのか?
主が生まれ変わっても逢いたいと願った最愛の
だとしたら運命は残酷だ。
彼女がよりにもよって主が戦うことを選んだ
主はまた彼女と別れることになる。
だが出逢ったばかりなら傷は浅いはずだ……。
今ならまだ……。
早太は拳を握り締めた。
放課後――
チャイムが鳴ると祥顕は鞄を持って花籠の教室に向かった。
「先輩、どうしたんですか?」
祥顕が顔を見せると花籠が驚いた様子でやってきた。
「いや、まだ狙われてるみたいだから、やっぱり送り迎えした方がいいかと思って」
祥顕が言った。
また先輩と一緒に帰れる……。
花籠は
〝かごめ、かごめ〟
薄暗い部屋の中に
誰かが来たのだ。
「自分から
報告を聞いて幼い声が言った。
「自己犠牲とはご立派なことだ」
「
膝を
「自ら
その言葉に部下は頷くと出ていった。
〝光り輝くかぐや姫〟
――暮れぬまは 花にたぐへて 散らしつる 心あつむる 春の夜の月――
朝の登校前――
祥顕は学校へ行く支度をしながら花籠を迎えに行くべきか迷っていた。
家がどこかは知らないから迎えに行くなら曲がり角のところで待っているしかない。
しかし、ただの知り合いでしかない男が待ち伏せしていたら気持ち悪いのではないだろうか。
危険がある間だけ利用しようと考えるような利己的な性格には見えないし……。
だが昨日は登校前に襲われたのだ。
それを考えると朝だからといって安心は出来ない。
祥顕は自宅を出るといつも花籠と別れる曲がり角に足を向けた。
花籠が家を出ると早太が立っていた。
「一緒に来てもらおうか」
早太が言った。
殺したいのではないかと思ったが、夜と違って今は出勤や登校の時間だから人通りがある。
こんなところで人殺しなどしたら大騒ぎになるだろう。
話を聞いた感じでは早太達の目的は滅亡を防ぐことで、花籠/香夜はそれを引き起こす原因らしいが殺せばそれで終わりではないようだ。
花籠を
花籠は早太に
写真の中の祥顕に向かって、
「さようなら」
と呟くと、声を聞いた早太が振り返った。
「なんのつもりだ!」
花籠の手を見た早太はスマホを叩き落とす。
「な、何って約束……」
「あの男とか!?」
「え……」
花籠が戸惑う。
写真、削除してくれるって言ってたのに……。
約束を
というか相手が祥顕だと思ったのなら約束の事を知らないということだ。
それに早太は祥顕を『あの方』と呼んでいた。
『あの男』などと言うわけがない。
この人、早太さんじゃないの……?
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