いく度まよはん ――
登校した祥顕は誰かに呼ばれたような気がした。
胸騒ぎがする。
花籠……!?
祥顕が教室から飛び出すのと同時にチャイムが鳴った。
生徒達が足早に教室に入っていく。
それに構わず花籠の教室へ向かった。
花籠の姿はない。
玄関に行こうとして上の方から呼ばれているような気がした。
一瞬迷ったが一気に七階上の屋上まで駆け上がる。
屋上は周りを高いフェンスで囲まれている。
花籠は――と言うか始業中だから誰もいない。
周囲を見回して階段室に目を
階段室の上に立って地上を見渡す。
この近くにはいないようだが……。
地上十階くらいの高さだから下から見るよりは遠くまで見渡せるが人間の肉眼では顔を見分けるのには限界がある。
しかし望遠鏡や双眼鏡の類も持っていない。
そもそも見付けたとしてここから向かって間に合うのか?
やはり最初から玄関に向かうべきだったか……。
だが花籠の場所が分からない。
どこにもそれらしき姿がない。
困惑していると、不意に脳裏に歌が浮かんだ。
「
無意識のうちに歌が口を
次の瞬間、脳裏にあの鳥の声が響く。
そちらに目を向けると視野の隅を何かがよぎった。
目をこらして見るとビルとビルの間の僅かな隙間を黒い点が通り過ぎる。
ビルの向こうに黒い鳥がいるのだ。
以前、花籠を
一羽ではない。
隙間を斜めによぎっているという事は下降したり上昇したりしているようだ。
花籠を
となると戦っている可能性が高い。
恐らく早太達と狐が戦っているのだろう。
何羽もの鳥まで動員しているのなら大規模な戦闘なのかもしれない。
祥顕は目の前の弓を無言で掴むと矢をつがえた。
ビルとビルの向こうに見える鳥は点にしか見えない。
あの鳥を射貫くのは針の穴を通すような正確さを要求される。
脳裏にいつもの声が響いた。
〝
「……私はビルの
ふっと笑って矢を放った。
花籠に斬り掛かろうとした早太がハッとしたように彼女の背後の空に目を向ける。
視線の方を振り仰ぐと空に黒い影が見えた。
花籠に向かって黒い翼が急降下してくる。
すごい速さだ。
どんどん大きくなる黒い影を見て足が
よけられない!
そのとき鳥が何かに押されるように少し右にずれたかと思うと羽ばたきが止まり、そのまま花籠の真横を滑空していったかと思うと地面に落ちてアスファルトの上を滑っていく。
動きが速くて目で追い切れないが黒い影は四つ足の動物のように思えた。
だがその事に疑問を覚える前に黒い影が消え、路上に矢が残った。
矢……!?
まさか……先輩!?
辺りを見回したが近くに祥顕の姿は見当たらない。
そう思ったとき再び日差しが陰った。
見上げると他にも黒い影が空を飛んでいる。何羽も。
青空にいくつもの黒いシミのような影が舞っていた。
こんなに沢山……。
その時、別の影がバランスを崩したかと思うと落下した。
更にまた一羽。
どこかから飛んでくる矢が影を次々に撃ち落としていく。
射手の姿は見えないが下から狙撃しているような感じではない。
見る間に影が落ちていき空を舞うシミは消えて路面に矢だけが残った。
地上に目を戻すと早太達が狐達と戦っている。
突然花籠に狐が掴み掛かってきた。
「あっ……!」
矢に気を取られていて油断した。
狐の人達に捕まったらいけないのに……。
その狐を阻むように早太が斬る。
狐は声もなく消えた。
「うわぁ!」
声がしたかと思うと離れたところで狐と戦っていた男の一人が倒れた。
アスファルトに血が広がっていく。
見ると他にも男達が倒れている。
狐や鳥は塵になって消えるが男達は生身でケガをしたり、最悪死んだりするようだ。
早太達と狐達は敵対しているらしいが今はどちらも花籠が目当てのはずだ。
花籠が死ねば自分を巡る争いは終わるだろう。
本物が香夜だということに気付かない限り――。
祥顕は知っているが香夜を守ろうとしているのだから教えたりはしないだろう。
早太に「先に自分を」と言おうとしたが戦っていてそれどころではなさそうだ。
狐の人達に捕まったらダメなんだよね……。
花籠は辺りを見回してビルの間の路地に入った。
奥は行き止まりだし、この狭さなら空からも襲ってこられないだろう。
祥顕は近くにいないようだから早太達が狐達を倒すまで隠れていよう。
狐が勝ってしまったらどうしたらいいかは考えないようにした。
ビルの向こうの影が見えなくなると矢が
弓が消え、祥顕は我に返った。
再度自分が矢を射掛けていた方に目を向ける。
あのビルの向こう側と言ったら一キロ近い。
本当に射貫けていたのか疑問だが行けば分かるだろう。
祥顕は階段室から降りると黒い影がいた方に駆け出した。
早太が最後の狐を倒した。
どうしよう……。
もう一度頼んでみたら教えてくれるかな……。
逃げたり抵抗したりしないと言えば教えてもらえるだろうか。
だがぐずぐずしていたらまた狐が来るかもしれない。
道端には何人も倒れている。
既に多くの犠牲者が出ているのだ。
のんびりしていたら祥顕があのうちの一人になってしまうかもしれないのである。
話を聞き出そうなどと悠長なことはしていられない。
出来れば対策が講じられないか知りたかったが――。
こうなったら花籠が死んだ後、香夜が狙われないことを祈るしかない。
狐がいなくなったのを確認した花籠は路地から足を踏み出した。
早太が自分から姿を現した花籠を見て意外そうな表情を浮かべる。
「私がし、死んだら、先輩は危険な目に
「お前が原因の災いにはな」
早太が答えた。
病気や事故からは守られなくても花籠――というか香夜が原因の危険には
花籠/香夜はなんらかの災厄の原因の一つでしかないから全ての悪いことから守られるというわけにはいかないのだろう。
それでも花籠/香夜が原因の危険に祥顕が
大丈夫、香夜ちゃんは強いから破滅なんか望まない……。
「分かりました」
「どういう意味だ」
「今朝、家を出るときから覚悟は決めてました」
「何を企んでいる」
「先輩を守れるんですよね。だから……」
花籠の言葉に早太が探るような視線を向けてきた。
「ただ、一つだけお願いしたいことが……」
「聞けるかどうか分からんぞ」
早太が素っ気なく答える。
花籠は握っていたスマホを早太に差し出した。
「私が死んだらこの写真を削除して欲しいんです」
花籠の言葉に早太はスマホを受け取って画面に目を落とした。
写真の隅に小さく祥顕が写っている。
「……何故?」
「な、なんでって、内緒で写真持ってたこと知られたくないから……あ、だから、削除だけじゃなくてこのことも先輩には内緒に……」
花籠が恥ずかしそうにそう言うと早太は再度スマホの写真に目を向けた。
黙り込んでしまった早太に花籠が困ったような表情を浮かべた時、
「花籠!」
祥顕の声に顔を上げると、こちらに走ってくるところだった。
やっぱり、さっきの矢は先輩だったんだ……。
そう思ってからハッとする。
もし祥顕に隠し撮りの写真を見られてしまったら――。
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