つまはいづくと ――

「え、夕辺また意識不明になった?」

 祥顕が聞き返した。


 花籠の母がお茶を入れてくれたので三人で祥顕が持ってきたチョコレートを食べながらお喋りをしていたのだ。

 そして話の流れで前夜、花籠の意識がまた一時的になくなっていたと聞かされた。


「お母さん、先輩に心配掛けるようなこと言わないで」

 花籠が慌てたように母親をたしなめた。


 しばらく雑談をした後、母親が所用で病室を出て行ったところで、

「お姉さんは?」

 と祥顕が訊ねると花籠は黙って首を振った。


 それから、

「先輩、すみません。私……」

 と切り出した後、花籠は言い淀んだ。


 夕辺の夢の話をしたら祥顕に軽蔑されてしまうかもしれない。

 夢の中とは言え香夜を見捨ててしまったのだ。

 祥顕が好きなのは香夜の方だと知っているのに、よりによってその祥顕を言い訳にして香夜を見捨てて自分が助かる選択をしてしまった。


 でも、隠し事してたら死ぬとき後悔するって言うし……。


「夕辺、香夜ちゃんのこと、助けようとしたんです。夢の中で。でも、私、行けなくて……」

 花籠は言葉を濁した。

 祥顕に止められたから、などと言ったら責任転嫁して責めていると受け取られてしまうかもしれないからだ。


「夢?」

 祥顕が聞き返した。

 香夜を見捨てたことを軽蔑されて嫌われるか、「夢の話だろ」と一蹴されるかのどちらかだと思っていた。

 だが――。


「もしかして……俺が引き止めたんじゃないか?」

 祥顕が花籠に訊ねた。

「どうして知ってるんですか!?」

 花籠は思わず声を上げた。


「なんでって俺もその夢見たから」

 祥顕は夢の話をした。

 花籠は山の中の部分は見ていないが、祥顕と会ってからのやりとりは全く一緒だった。


 じゃあ、先輩の矢が何かを壊したから会えたんだ……。


 あの音は祥顕の放った矢と、それが壊した何かだったのだろう。


「先輩は香夜ちゃんじゃなくてホントにいいんですか?」

いも悪いも知ってる子より知らない子を選ぶとかないだろ」

「え……」

 花籠は一瞬、言葉を失った。


 先輩も香夜ちゃんを覚えてないの……?

 香夜ちゃんと仲良かったのに……。


 じゃあ、香夜ちゃんのこと調べてくれてるのは私のため……。


 花籠はつい喜んでしまいそうになる気持ちを慌てて押さえた。

 香夜がいなかったことになっているのだ。

 無事を確かめるまで喜ぶわけにはいかない。


「俺、まだ花籠から紹介してもらってないから会ったこともないぞ」


 ホントに忘れちゃってる……。

 メッセージのやりとりしてたのに……。


「え、えっと香夜ちゃんは私とそっくりだけど明るくて可愛くて……」

 花籠は香夜のことを説明した。

 記憶が戻ればきっと香夜の方が好みだったことも思い出すはずだ。


 そうなったらきっと……。


「花籠が明るくないとか可愛くないとは思わないが、そういう子がいいなら最初からそういう子を選ぶだろ」

「でも、見た目が好みで性格が好きじゃないとか」


「見た目はこっちがいいけど、中身は別の方がいいなんてないだろ。見た目なんて変わるもんなんだし。年取ったりケガしたり。そうなった時どうするんだ」

「それは……」

 花籠は言葉に詰まった。


「整形手術でも受けさせるのか? 別の子に乗り換えるのか? 見た目をでたいだけならアイドルで良いだろ」

「……けど、私、いつ死んでもおかしくないって……」

「そういえば、それ知ってたってことは早太との話聞いてたんだな」

 祥顕は顔をしかめた。


 出来れば花籠には教えたくなかったのだが……。


「すみません」

 花籠は恐縮して謝った。

 盗み聞きしてたのを自分からバラしてしまった。


「それは別に構わないが……なら俺のクラスメイトの親も死んだって言うのも聞いただろ」

「あ、そこは聞いてませんでした」

 花籠が立ち去った後の話らしい。


「夢でも言ったがいつ死ぬか分からないのは誰でも同じだ。生きてる限りいつかは死ぬ。早いか遅いかの違いだ」

 花籠の場合、心配しなければいけないのはむしろ死なないことではないかと思うのだが――。


 早太は、西行は作った者を〝捨てた〟と言っていた。〝死んだ〟とは言っていない。

 捨てたのは死ななかったからだろう。

 それに――。


 花籠は入院しているのだし、二度も意識不明になったのだから当然病院で色々検査をしているはずだ。

 人間でなければとっくに判明しているだろう。


 普通の人間とは違うところがあれば当たり前のように入院させて治療したりはしていないはずである。

 早太は書類の記録は調べたが、狐達が花籠の身体を作るところは見ていないのだ。


 だから作ったというのは早太の思い込みで実際は普通の人間なのかもしれない。

 花籠が人造人間かもしれないことを気にしているようなので祥顕は自分の推測を話した。


「でも、私の死亡届が出てるって……」

「教団から逃げるための方便だろ」

 祥顕が言った。


 カルトはしつこく追い掛けてくると訊いている。

 家も知人名義で借りているくらいなら逃げる前に子供を死んだことにしておけば捜索するとき十五歳の娘がいる夫婦は対象から外すと考えたのかもしれない。


 二人目の子供が生まれるのは早くても十ヶ月後だし、不妊治療を受けていたくらいだから一年足らずで次の子供が生まれるはずがない。


 実際、花籠に香夜以外の弟妹はいない。

 双子で金が掛かるから三人目を作らなかったという可能性もなくはないが、おそらくは出来なかったのだろう。

 自然に授かることが出来るなら高額な不妊治療などしていないはずだ。


 仮に子供が生きていることに気付いても連れて逃げた子供とは一学年だけとは言え違っていれば少しは誤魔化せるかもしれないし、別の子供という事にすれば名前も変えられる。

 そう考えて死亡したことにした可能性があると祥顕は言った。


「先輩、ホントに香夜ちゃんのこと忘れちゃったんですか? 先輩は香夜ちゃんのこと覚えてるから私の話、信じてくれたのかと……」


「花籠が双子のお姉さんと間違われてるって言ってたのはちゃんと覚えてるぞ。それに、間違いだと思ったのは『香夜』って呼ばれたからだって言ってたのも」


「でも、香夜ちゃんとは私よりも前からの知り合いでしたよ。香夜ちゃんにメッセージ送ってきたりしてましたし」

「俺が連絡先を知ってる女性は母さんを除けば花籠だけだぞ。クラスメイトですら学年グループだけなんだからな」


 祥顕はスマホを取り出して連絡先一覧を開き、花籠に渡した。

 花籠がそれを受け取って目を通す。


 確かに「都紀島」は花籠だけで香夜はない。

 そして見事に男の名前しかなかった。

 この様子だと男女の判別がつきにくい名前はどれも男子なのだろう。

 祥顕があっさり狐に操られたりスマホを盗られたりして消されたとも考えづらい。


「メッセージを送った履歴も残ってないだろ」

 祥顕に指摘されて見てみると確かにどこまでさかのぼっても香夜とのやりとりは残っていない。


「花籠は俺が送ったって言うメッセージを見たのか?」

「え、いえ、見てません」

 香夜から話を聞いただけで画面は見せられていない。


 そういえば、祥顕に双子だと告げた時「お姉さんと似てるのか?」と聞かれた。

 たとえ二人の区別が付くとしても、似てるかどうかくらいは分かるはずだ。


 それに連絡先を交換していたなら香夜の名字を知らなかったとは考えにくい。

〝月島〟ならともかく〝都紀島〟は珍しいから顔が似てると思っていなかったとしても名字が同じ事には気付くだろう。


 全く違って見えてたんじゃなくてホントに香夜ちゃんと会ったことがなくて知らなかったってこと……?


 言われてみれば、祥顕はいつも『お姉さん』と言っていて『香夜』という名前を口にしたことがない。

 祥顕は見ず知らずの女の子の名前を気軽に『ちゃん』付けや『さん』付けで呼んだりしないからだろう。

 となると本当に面識がないのかもしれない。


 じゃあ、おかしいのは私の方なの……?

 でも、襲ってきたとき私のこと『香夜』って言ったのに……。


 香夜ちゃんがホントはなかったなら狐の人達が私を〝かぐや〟って呼んだのはなんでかな……?

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