きりかかる

 祥顕は香夜に会ったことがない。それは断言出来る。


 花籠と瓜二つなら美少女なのは間違いないし、香夜と知り合いだったら『親しい女の子が一人もいない』などと悲観したりはしていなかったはずだ。


 年の近い女の子の知り合いはクラスメイトだけで、それも大して親しくなかったから初めて会った時から印象に残っていたのだ。


 双子だというのは花籠がそう言っていたからそれを信じていただけである。

 香夜が花籠とそっくりで祥顕と知り合いだったら花籠と始めてあった時すぐに気付くか、香夜と間違えていたはずだ。


 知り合う前から記憶を変えられていたとは考えにくいし、そもそも花籠が双子だと言っていた事や香夜の話をしていた事は覚えている。

 となると花籠の記憶が改竄されている可能性の方が高いだろう。


 もっとも、狐が花籠を見付けたのが祥顕と初めて会った時だったと早太が言っていた。

 双子だと聞いたのは知り合って間もないの頃だ。

 そんなにすぐの頃に花籠の記憶を改竄して双子だと思わせてなんの意味があるのかという問題は残るのだが。


 もしくは生まれた時は双子だったが香夜が死んでしまったと言う可能性は考えられる。

 それなら死亡届も出生証明書も偽造の必要がない。


 香夜の死亡届を出したあと花籠の出生届を時期をずらして出したというだけだ。

 死亡届の名前は〝香夜〟で、出生届が〝花籠〟の説明も付く。

 花籠が双子だと思い込んでいたことの説明は付かないが。


「まぁ俺が会ったことがないからってなかったって証拠にはならないからな」

 祥顕が気休めの言葉を口にした。

 問題は一人っ子だったという証拠があることなのだがそれは黙っていた。


 祥顕の言葉を聞いた花籠は何かを思い出した様子でベッドサイドテーブルの引き出しを開けた。


「これ、昨日話した超音波検査の写真です」

 と、白黒の写真を取り出して祥顕に渡した。

 花籠の母親がわざわざ持ってきてくれたらしい。


 祥顕が受け取って写真に目を落とすと、

「あ、上下逆です」

 と言われたので逆さまにした。


「それを見せられて一人しか写ってないって言われたんですけど……」

 花籠が困ったように言った。


 天地を逆にしてもよく分からない。

 当然一人か二人かも判別が付かない。

 花籠も同じだから困惑しているのだろう。


「これは医療関係者か子供を生んだことがある人じゃないと分からないんじゃないか?」

「そうですけど……」

 花籠が口籠もる。


 この病院の医師が「一人だ」と言ったとしても花籠としては納得出来ないのだろう。

 母親と同じくこの病院に勤めている人達も暗示を掛けられているかもしれないのだ。


 だが花籠と縁もゆかりもない医師の言葉なら信用出来るのではないだろうか。

 それすら信じられないとなると、そもそもこの写真には意味が無いことになる。


「これ、写真撮っていいか?」

「はい。でも、どうするんですか?」

「早太の知り合いの医者なら狐達に騙されてるって事は考えづらいだろ」


 記憶の改竄が狐達の仕業なら、狐達と敵対している早太達は影響を受けていないはずだ。

 早太は花籠は最初から一人だったと言っていたが――。


 この写真を見た医師が双子だと言えば早太も信じるだろう。――本当に双子なら。


「分かりました。お願いします」

 花籠が納得したように頷いた。


 祥顕は病院を出るとガードレールに腰掛けた。

 すぐに早太が現れる。


「超音波検査の写真の見方、知ってるか?」

 祥顕がそう言うと、

「は?」

 早太が面食らった表情を浮かべた。


「花籠のお母さんが妊娠中に撮った超音波検査の写真があるんだ。それに写ってるのが一人なのか二人なのか分かれば……」

 祥顕が最後までいう前に早太が理解したように頷いた。


「写真はどちらですか?」

「これだ」

 祥顕はスマホの画面を見せた。


「データをコピーさせていただいても?」

 早太が訊ねた。

「花籠の了解は取った」

 祥顕がそう言うと早太はすぐに自分のスマホを取り出した。


「そう言えば、夕辺、夢の中でお前からもらった守り袋の匂いがしたがあれはなんだ?」

「それは……もしかして、あの娘に関する夢ですか?」

 早太の質問に祥顕は夢の内容をまんで話した。


「では、昨日守り袋を持っていたのはあの娘なのですか?」

「ああ。渡したらマズかったか?」

「いえ、香をき込めただけのものですから」


「……それ、好きな人に渡したりするものじゃ……」

「香は破魔はまの効果があるのです」


 はま?

 破魔か……。


「昔、西行が失敗したのも材料に香を使ってしまったから完全な人造人間にならなかったからだと言われています」

 早太の言葉に、

「失敗?」

 祥顕は聞き返した。


「話し相手が欲しかったのに声が出る程度で話せなかったから山に捨てたんです」


 ひでぇ……。


 つまり早太は花籠を怪しんでいたから祥顕に魔除けを渡したと言うことらしい。

 そういえば以前、早太が祥顕と一緒にいる花籠を見て驚いていたのは守り袋を貰った後だった。


 あれを持っていたら花籠は近付けないか、正体を現すと思っていたのに平然としていたから驚いたのだろう。


 写真のデータを早太のスマホに転送すると祥顕は図書館に向かった。


 早太に超音波写真を渡して医師に確認してもらったとして、一人だと言われるのと双子だと言われるののどちらがいいのだろうか。

 一人だと言われたら花籠は傷付くだろう。


 だが双子だと言われたら香夜がさらわれた可能性があるのだから助けなければならないし、花籠がまた香夜のために命を投げ出そうとするかもしれない。


 心を守りたいなら双子の方がいいのだが、命を守りたいなら一人っ子の方がいい。

 今度は祥顕が難しい選択を迫られることになってしまった。

 しかし――。


 そもそも敵が襲ってきた時〝かぐや〟と呼んでいたから自分は人違いだと思ったと花籠は言っていた。

 双子ではないにしても瓜二つの〝かぐや〟という少女が花籠の身近に存在しなければそんな風には思わないはずだ。


〝かぐや〟っていうのは誰なんだ?


―― 月清み 今夜こよいぞ見つる 水底の 玉藻にすだく さいの数さへ ――


 午後――


「アイス買ってきたぞ」

 祥顕がアイスを持って花籠の病室に見舞いにきた。

「昨日はうっかりしてたがアイスいっぱい食べたかったって言ってたの、アイスが好きだからだろ」

 そう言いながら祥顕がサイドテーブルの上にアイスの入った袋を置いた。


「はい、えっと……大好きです」

「約束通りアイス買ってきたぞ」

 祥顕が嬉しそうにアイスの入ったレジ袋をかかげる。


〝先輩と〟一緒にって意味だったんだけど……。

 まぁ一緒に食べてもらえるみたいだからいっか……。


「花籠が好きなアイスがどれなのか分からなかったから今日は適当に見繕みつくろってきた。今度は好きなアイス買ってくるからな」

 祥顕の言葉に花籠は内心で苦笑した。

 別におごりが嬉しかったわけではないのだが――。


 チョコレートアイスばっかり……。

 ホントに大好きなんだ、チョコレート……。


「この前、抹茶アイス食べてただろ。抹茶が好きなのかもしれないと思ったから抹茶アイスも買ってきたぞ」


 抹茶アイス……。


「あ、他の良ければ……」

 花籠の視線に気付いた祥顕が言った。

「いえ! 抹茶アイス大好きです! これ、いただきます!」

 花籠は慌てて首を振ると抹茶アイスを手に取った。



「光り輝くかぐや姫」

 アイスを食べながら祥顕が病室の窓から空を見て呟いた。

「先輩! それ……!?」


 ホントは香夜ちゃんのこと覚えてるの……!?


「花籠はあいつらがそう言ったのを聞いてお姉さんと間違えてるんだと思ったんだろ」

「え……ああ、はい」

 そういえば、祥顕に今の言葉を教えたのは花籠だった。


 先輩、私の言ったこと覚えててくれたんだ……。


 自分の言葉を聞き流さないで覚えていてくれた人がいると思うだけで胸の奥から温かい気持ちが湧いてくる。

 それはともかく――。


 襲われた時、『香夜』ではなく『かぐや姫』と言っていた。

 てっきり香夜のことを言っているのだと思い込んでいたが、もしかしたら『かぐや姫』というのは何かのたとえで名前ではないのかもしれない。


 ただ、香夜が存在しなくて花籠も違うなら何故自分が狙われていたのだろうか。

 それに――。


 夢の中の香夜ちゃんの思いは本物だった……。


―― 桜花 咲ける盛りは 梢より ほかに心も 散らずぞ有りける ――


 彼女は主が詠んだ歌を呟いた。


「いつも殿に私の歌を詠んで欲しいとお願いしていたのだけど、結局詠んでいただけなかったわ」

 彼女が寂しそうに言った。


 そう言えば側室になる前は文を贈る時は必ず歌を添えていたが、邸に引き取ってから彼女を詠んだ歌は聞いたことがない。

 桜の歌はよく詠んでいたが――。


―― 年ごとに あはれとぞ思ふ 桜花 見るべき春の 数しうすれば ――

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