よどがわに

 花籠はスマホの振動で目を覚ました。


 スマホ……?


 ぼんやりとそんな事を考えてから何があったのか思い出して慌てて上半身を起こす。

 辺りは暗くてよく分からないが、手のひらの感触からして地面ではなく建物の床のようだ。


 早太達はいつもその場で殺そうとしていたから生きたままこんなところに置いていったりしないだろう。

 となると狐に捕まったのだ。

 気絶させられてさらわれてしまうことは想定していなかった。


 どうしよう……。


 自分は偽物だ。

 それがバレたら次は香夜が狙われる。


 その時、再度スマホが振動し始めた。

 家を抜け出したことが親に気付かれたのかと思って画面を見ると祥顕からだった。


 花籠は慌てて通話アイコンをタップした。


「先輩」

 狐が近くにいる可能性を考えて囁き声で返事をした。


「花籠! 無事か!?」

 祥顕の焦ったような声が聞こえてきた。

 だが祥顕も花籠が捕まっている可能性を考慮して声量を抑えている。


「はい、大丈夫です」

「今どこだ」

「真っ暗で周りが見えなくて……」

「地図アプリで現在地が分からないか?」

「あっ!? 見てみます!」


 通話が出来るのだからGPSも使えるはずだ。

 花籠は急いで地図アプリを立ち上げた。

 家からそれほど離れていないビルの中にいるらしい。


 祥顕に場所を告げようとして一瞬迷った。

 狐達が見張っているだろうし、そこへ一人で乗り込んでくるのは危険ではないだろうか。


「あの先輩、私、警察に通報して助けてもらいます」

「通報はした方がいいだろうが、それはそれとして場所を教えろ」

「でも……」

「早く」


 祥顕はそう言ってから、

「早太達も近くにいる。あいつらと一緒に行くから」

 と付け加えた。


 花籠が祥顕の身を案じて躊躇ためらっていることを察したらしい。

 安心させる為の方便で本当は一人で来るつもりかもしれないという不安は拭えないが祥顕は助けるのに無策で乗り込んできたりはしないだろう。


 一人でやってきてやられてしまったら助けに来た意味がないのだ。

 祥顕はその手のバカはやらかさなさそうに思える。


 早太は――仮に後でバレるにしても――祥顕の目の前では花籠を殺したくないようだし、それなら今日のところは助け出すのに協力してくれるかもしれない。

 花籠は心を決めると場所を告げた。


 祥顕は路地から出ると早太を探した。


「おい、早太!」

 祥顕の声に角を曲がろうとしていた早太が足を止めて振り返る。

「一時休戦しないか?」

 祥顕が言った。


「……あの娘の居場所をご存じなのですか?」

「今日は手を出さないと約束するなら場所を教える。断るなら俺一人で行く」

 祥顕の言葉に早太が苦笑する。


「一人で行くと言っても私がいていくと分かった上で仰ってるのでしょう」

 早太の言葉を祥顕は否定せずに口角を上げた。

「いいでしょう。覚醒を阻止するのが先決ですから」

 早太はそう言うと口笛を吹いた。

 散っていた男達が集まってくる。


彼奴あやつの居場所が分かった。これから向かう」

 早太はそう言ってから、

「今日は白浪から彼奴あやつを奪うだけだ。手は出すな」

 祥顕に視線を向けながら男達に命令した。

 その言葉に不服そうな者もいたが異は唱えなかった。


 先輩、大丈夫かな……。


 花籠が胸元でスマホを握り締めた時、光が差し込んできた。


 誰かがドアを開けたのだ。

 顔は見えないがシルエットの体格からして祥顕ではない。


 きっと狐だ。

 花籠は急いでポケットにスマホを仕舞った。

 こちらに近付いてきたのを見てやはり狐だと悟る。


 狐は乱暴に花籠の腕を掴むと部屋から引きずり出した。

 業務用らしい無骨なエレベーターに乗せられて上に向かう。


 連れていかれた部屋は煙が充満していた。


 こんなにけむりいて火災報知器らないのかな……。


 花籠はそんな事を考えながら辺りを見回すと奥に何かが見えた。


 祭壇のように見える。

 その手前に人影が見えたかと思うと後ろから突き飛ばされた。


「きゃっ!?」

 花籠が床に倒れ込む。

 一瞬、気が遠くなった――。



 祥顕は早太達と共に花籠が告げた場所に急いだ。


 危害を加えられることはないと思いたいが、花籠は本当の狙いは双子の姉の香夜の方だと言っていた。

 早太は花籠/香夜が世界を滅ぼすとか言っている。


 覚醒すれば自発的に帰ってくるのなら拉致らちする必要はないし、自然に覚醒してしまうのなら狐達はさらったりしないはずだ。

 待っていれば良いだけである。

 早太達に殺されないように守る必要はあるだろうが。


 何らかの能力があるような口振りだが、そうだとしたら花籠にはその力はないし人違いが露見したとき無事に解放してくれるとは考えづらい。


 気付かれたところで別の少女が狙われるようになるだけなのだから露見しバレたところで誰も得をしないのだ。

 花籠は狙われなくなると言っても代わりに姉を失ってしまうかもしれないのだから。


 花籠の性格からして香夜にもしものことがあったら自分を責めるだろう。

 なんとか花籠ではないという事に気付かれないようにしながら諦めさせる方法はないだろうか。


『花籠が望まなければ……』

 以前、自分が言った言葉が蘇る。


 そうだ……。


 花籠ではないのなら彼女が覚醒することはありえないし、破滅を望んだところで何も起きない。

 勘違いさせたまま花籠は覚醒しなかったと早太達に思わせられないだろうか。


「なぁ」

 祥顕は花籠の元に向かいながら早太に話し掛けた。

「なんでしょう」

「わざわざさらおうとしてたって事は儀式みたいなことでもするのか?」

 祥顕は自分の仮説が正しいのか確認の為に訊ねてみた。


「ええ」

「なら、花籠が儀式で覚醒しないか、しても破滅を願わなければいいって事だな」

「以前申し上げたようにそうはなりませんでした」

 早太が言った。


「なったら? 儀式をしても花籠が変わってなければ大丈夫って事だよな」

「奴らは人をはかることが得意なのです。害のなさそうな顔で災厄を起こします」

 早太が険しい顔で答えた。

 どうやら花籠に覚醒しなかった振りをさせてもダメらしい。


 だが……。

 ダメ元で花籠にやらせてみるか……。


 早太は道理は分かるようだし祥顕に花籠を殺すところを見られたくないらしい。

 どうせ狙われるのは同じなら試してみる価値はあるはずだ。


 花籠が目を開けると床に黒い部分があるので良く見てみると字のようなものが書いてあった。


 身体を起こすと誰かの爪先が目に入った。

 花籠が視線を上げるとフードに隠れた瞳と目が合った。


「どういうことだ!」

 フードが狐を怒鳴り付ける。

「この娘は違う!」

 その言葉にハッとした。


 どうしよう……!

 勘違いだってバレちゃった……!

 夢では間違えていたのに……。


 まさか何もしないうちから気付かれてしまうとは思わなかった。


「申し訳ありません!」

 男が謝罪する声が聞こえた。

 花籠をこの部屋に連れてきた狐とは別の男だ。

 薄暗いから気付かなかったが他にも人がいたのだ。


「では、この娘は……」

此奴こやつ供物くもつとして本物の居場所を占い直せ」

 フードがそう言うと花籠をここに連れてきた狐が腕を引っ張った。

 乱暴に立たされると部屋から引きずり出される。


 花籠は引っ張られるようにして狐に連れられて廊下を進み外に出ると花籠は自家用車の後部座席に乗せられた。


 どうしよう……。


 このままでは香夜が本物だとバレてしまう。

 もしそうなったら香夜が狙われるし、きっと祥顕にもるいが及ぶだろう。

 今まで無事だったからと言って次も祥顕が切り抜けられるとは限らない。


 もっと早く早太さんに殺されてれば……。

 私がぐずぐずしていたせいで……。


 供物というものにされなければ香夜のことがバレずにすむだろうか。


 ダメ元で逃げてみよう……。


 花籠が機会を窺う為に車の窓から外を見ていると祥顕が目に映った。


 祥顕と車に乗せられている花籠がすれ違った瞬間、二人の目が合った。


「花籠!」

 祥顕は慌てて足を止めると振り返った。

 車はどんどん遠ざかっていく。


 目の前に現れた弓を掴んだものの運転手を射貫いてしまったらコントロールを失った車が暴走する。


 歩道、建物、走行中の車。

 どこに突っ込んでも事故が起きる。

 当然乗っている花籠もただではすまない。


「車を! 急げ!」

 早太が仲間に指示を出した。


 すぐに車が来る。

 祥顕と早太が乗り込むと花籠の乗っている車を追い始めた。


 猛スピードでカーブを曲がった時にドアにぶつかりそうになった祥顕は慌ててシートベルトを締めた。


 なんとか追い付いて前方に花籠の乗っている車のテールランプが見えたがいつまでも追いかけているわけにもいかないだろう。


 一瞬、弓が現れた。

 和弓は長すぎて車内からはみ出してしまうので実体化はしなかったが。

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