しらぬ間に

「花籠は……」

 祥顕は花籠に双子の姉がいることを早太に教えていいか一瞬迷って言葉を切った。


 早太は香夜の存在を知らず、狐達が狙っていた花籠を〝魂の器〟だと信じているようだし、折角花籠は間違いだと判明したのだ。


 早太も狐も香夜の存在を知らないなら彼らは〝魂の器〟を探し続けるだろうし、誰なのか知らない状態で捜索している間は祥顕達は巻き込まれずにすむ。

 しかし早太に狐達が探している〝魂の器〟が香夜だと思っていると教えてしまったら、また彼らとの闘争になる。


 出来ればそれはけたい……。


 だが探すなら早くしないと本当に痕跡を消されてしまうかもしれない。

 香夜が狐の首魁の〝魂の器〟かどうかはともかく、まずは発見して助けるのが先だ。


「……双子だって言ってたぞ。花籠を双子の姉の香夜と間違えてるって。花籠のことを香夜って呼んだとも言ってた」

 祥顕は思い切ってそう言った。


「香夜はあの娘の最初の名前です」

 早太はそう答えた。

「え……?」

 祥顕が面食らう。


「死亡届の名前は都紀島つきしま香夜かぐやで出生届が都紀島花籠かごめです」

「間違いないか?」

 と訊ねたものの、死亡届や出生届を見たようだから本当だろう。


 それに花籠の母も最初は『香夜』と言う名前にしようと思っていたと言っていた。

 何より戸籍や住民票を見たなら家族構成は知っているはずだ。当然、香夜のことも。


「彼女の両親が影の者の教団に入信したのも子供が欲しかったからです」

 早太はそう言って以前、祥顕にした話の詳細を説明し始めた。


 最初は不妊治療だけだったがいつまでも出来なくて焦っている時に教団に入れば子供が授かると言って勧誘されて入信した。

 しかし中々子宝に恵まれず、教団への献金と不妊治療の費用で出費がかさんで怪しげな金貸しから借金をするところまで追い詰められた時にようやく身籠みごもったのだ。


 だが子供は生まれた直後に死んでしまった。

 そこで花籠の両親は教団に更に大金を払って蘇生を依頼した。


 そして〝魂の器〟として作られた香夜を生き返った花籠だと思い込んで連れ去ったようだ、というのが早太の話だった。


「双子だったら一人生きていればもう一人は諦めるでしょう。そうでなくても借金しなければならないところだったんですから」

 早太が言った。


 双子は何をするにも二倍の費用が掛かる。

 金が無くて困っていたのだし、双子を望んでいたわけでもないのだから片方が生きているのにもう片方を生き返らせてくれとは言わないだろう。

 生き返らせたかったのは一人しか授からなかったからだ。


 早太にそう理詰めで説明されると確かに納得はいくのだが――。

 そうなると花籠が狙われていたにも関わらず、いざ捕まったら違うと言われた理由の説明が付かない。

 証拠が無いと――。


 そういえば……。


「確か、出生届がどうのって言ってたよな? 自分の目で見たのか?」

 祥顕は早太に訊ねた。

「はい。出生証明書も出生届も戸籍も見ました」

 早太が頷く。


「コピーか何か取らなかったか?」


 書類にはちゃんと双子と書いてあるのに記憶を改竄かいざんされていて一人だと錯覚しているのかもしれない。

 前に出生届の話を聞いた時、早太は双子かどうかということには言及しなかった。


 祥顕の質問に早太は胸ポケットからスマホを取り出すと祥顕に差し出した。


 祥顕はそれを受け取ると画面に目を落とした。

 確かに写っている戸籍や住民票では花籠に兄弟はいない。

 写真を撮った日付も見てみたがしばらく前だ。


 デジタルデータは書き換え可能とは言え、早太がうかうかと狐達に改変させられてしまうとは思えないし、早太が連中と話を合わせるためにデータの日付を変えたとも思えない。

 おそらく写真は早太が以前撮ったデータのままだと考えていいだろう。


 花籠の母親の言葉と考え合わせると生まれた時に『香夜』と名付け、教団にそれを知られていたから死亡届はその名前で出し、出生届を『花籠』で出したとしたら辻褄が合う。

 狐が『花籠』を『香夜』と呼んでいたことも。


 だが、そうなると――。


 祥顕は画面を見ながら考え込んだ。

 双子だという記述がどこにもないから生まれた時は双子だったのが片方死んでしまったというわけではないのだろう。

 特に戸籍や住民票に唯一の子供として載っているとなると――。


 ホントは双子だが届けは一人分だけだったという可能性もなくはないがそれだと片方が学校には通えない。

 少なくとも公立学校は無理だろう。

 祥顕は礼を言ってスマホを早太に返した。


「狐のことはどうなってるんだ?」

 祥顕の問いに、

「ここ数日、動きらしい動きはありません」

 早太が答えた。


「なら連中が最近誰かをさらったりはしてないんだな」

「少なくとも私は聞いておりません」

 早太が言った。


「お前達に気付かれないように誘拐してたってことは?」

「絶対とは言い切れませんが、まずないと思います」

 ならば早太達が狐達に騙されているのでもない限り、香夜は誘拐されてはいないのだろう。


 それなら花籠が一人っ子だという話と符合する。

 香夜を捕らえたわけではないのなら記憶を消したり書類やデータを改竄したりする必要はないからだ。


 事前準備という事も考えられなくはないが、それなら花籠が標的だと思っていた時にやっていなければおかしい。

 だが花籠の親が花籠を忘れていたという話は聞いていない。香夜のことも。

 分からないことだらけだが一番の問題は――。


 花籠になんて説明したらいいんだ……。


 祥顕は頭を抱えた。

 記憶を改竄されているのが親や早太達ではなく花籠の方だとしても、花籠は香夜と双子だと信じているのだ。


 それを否定したりしたら花籠は自分を否定されたように感じるかもしれない。

 間違いなく傷付くだろうから花籠の言う事を肯定したいのだが嘘をくわけにもいかない。


「とりあえず、図書館に行かれた方がよろしいかと」

 早太に促されて祥顕は図書館に足を向けた。


 夜――


 病院の消灯時間になり、花籠はベッドに横になった。


 こっそりスマホを覗いたが、病室を出て行ってしばらくしてから、

「今から早太を探す」

 と言うメッセージが来たきりだ。


 祥顕は大学受験を控えていて勉強もしなければならないのだし、そもそも一介の高校生では書類なども簡単には調べられないだろう。

 すぐに結果が出るわけがないのだからかすわけにはいかない。


 何より自分では出来ないことを頼んでいるのだから催促など出来る立場ではない。

 香夜のことは心配だが今の花籠には何も出来ないのだ。

 入院しているから探しに行くことすら叶わない。


 香夜ちゃんが大変なときなのに何も出来ないなんて……。


 しかも双子だと主張したことで「倒れた時に頭を打ったのかもしれないから大事を取った方がいい」と医師に言われてしまい、退院出来る日が遠退とおのいてしまったのだ。

 少なくともこの前のように次の日に退院というのは無理そうだった。

 花籠は溜息をいた。


 病院の就寝時間は普段花籠が寝ている時間より大分早い。

 だが看護師にライトをけて本を読むどころかスマホやパソコンを使うのもダメだし、そもそも起きているのも禁止だと言われてしまった。

 朝の起床時間までは寝ていないといけないのだ。


 こんな時間に寝られるかな……。


 そう思ったものの目を閉じた途端、眠りに落ちてしまった。


 気付くと花籠は闇の中にいた。


「花籠ちゃん」

 その声に顔を上げると目の前に香夜がいた。

「香夜ちゃん!」


「花籠ちゃん、私、いなかったことにされたってホント? 先輩も私のこと忘れちゃったの?」

 香夜は今にも泣き出しそうな顔をしていた。

「先輩は忘れてないよ! 心配しないで」

 花籠は励ますように言ったが香夜の表情は暗いままだ。


「私、このままなかったことにされちゃうのかな。先輩にもいつか忘れられちゃうかもしれない……」

 香夜が悲しげな顔になる。


「大丈夫だよ、香夜ちゃん! 私が代わりになるから!」

 花籠は思わずそう言っていた。

「えっ!? そんなこと出来るの!? 花籠ちゃんはそれでいいの?」

 香夜が驚いたような表情を浮かべる。


「うん、だって先輩は香夜ちゃんのこと……」

 花籠は最後まで言えずに言葉を切った。


『――好きだから』


 それだけはどうしても口に出来なかった。


 たとえ事実だとしても……。


「その……もし先輩が私のこと覚えてたら、香夜ちゃんからお別れを伝えておいて」


 花籠がそう言うと、

「大丈夫! 花籠ちゃん、私達はいつも一緒だよ。私達は二人で一人なんだから花籠ちゃんがいなくなることはないよ!」

 香夜が花籠の手を握って答えた。


 そう……だよね……。

 香夜ちゃんが先輩と一緒にいる限り私の姿も隣に立っていられるんだって思えばいいんだ……。


 私は香夜ちゃんじゃないけど……。


 花籠と香夜は別の人間だ。

 誰かが花籠と香夜を間違えたことはない。


 でも……。


 二人で一人――。


 そうだよね、香夜ちゃんがそう言ってくれたんだから……。


 花籠はそう考えて無理に笑顔を浮かべて見せた。


「先輩、さようなら。ちゃんとお別れが言えなくてごめんなさい……」


―― 花さそふ 山下風の めて 道にもあらぬ 道を踏むかな ――

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