浪の織りなす

「誰と?」

「姉の……香夜ちゃ、香夜です」

 祥顕は香夜と親しいのだから危険があるなら伝えておいた方がいいはずだ。


「お姉さんがいるのか?」

「双子なんです。だから姉とか妹とかはあまり関係ありませんけど」

「へぇ」

 意外そうに言った祥顕の真意をはかりかねて思わず顔を見上げた。


 香夜ちゃんと私が双子ってこと、結構有名だと思ってたけど……。


 同じ学校にそっくりな顔の生徒が二人いるのだ。

 親ですら顔だけでは見分けが付かないくらいそっくりだから珍しいと有名だった。

 性格が全く違うから話せば区別が付くとは言え黙っていたら分からない。


 だから高校に入るまで花籠は髪を伸ばせなかったのだ。

 学校が定めた服装を守ってしまうとリボンなどを着けて区別を付けるという事が出来ないので、香夜が髪を伸ばし、花籠は肩の辺りで切って髪の長さで判別出来るようにしていたのである。


 花籠も髪を伸ばしたかったが二人を見分ける為には仕方ないと思って諦めていたのだ。

 違う高校に行けば区別の必要はなくなるから香夜とは別の学校にしようと思っていたら志望校が同じだと分かった。


 そのとき志望校を変えるか迷ったが、双子は何をするにも二人分の金が掛かるから私立には行かれない。

 国立大付属は花籠の成績では無理だし、そうなると都立だが、同じくらいの距離にあるもう一つの高校は難易度が高くて受かりそうになかった。


 今の高校も上位校だから、かなりぎりぎりだったのだ。

 徒歩通学を諦めて遠くの高校を受けるか迷っていた時に祥顕に会った。

 祥顕は覚えていないようだが。


 すれ違っただけみたいなものだし……。


―― 相坂の 関にし春を とどめせば 山のこなたは かすまざらまし ――


 去年の春、花籠が歩道を歩いていると自転車のベルの音が聞こえた。

 振り向くと自転車はすぐそこまで迫っていた。


 ぶつかる……!


 そう思った瞬間、身体が後ろに引かれ、同時に誰かが自転車と花籠の間に割って入った。

 自転車は祥顕にかすめたが止まらずに走っていってしまった。


「だ、大丈夫ですか!?」

 花籠が慌てて祥顕に声を掛けると、

「大丈夫だ。それより脇道はああ言うのが飛び出してくることがあるから気を付けて」

 と言うと言ってしまった。


「あ、ありがとうございました!」

 頭を下げた花籠に祥顕は背中を向けたまま軽く手を上げた。


 格好かっこいい……。


 そう思った時、祥顕の着ているのが花籠が受けるか迷っていた高校の標準服だと気付いたのである。

 それで志望校を変えるのをやめ、頑張って勉強して同じ高校に入った。


 もし彼が三年生だったら入れ違いになってしまうかもしれないと思ったので念のため文化祭に行ってみた。

 二年の教室に祥顕はいた。

 新宿にゆかりのある文豪を紹介するパネルの前で女子に囲まれて説明をしていた。


 やっぱりモテるんだ……。


 予想はしていたが。


「弓弦さん」

「祥顕君」

 女子達がそう呼んでいるのを聞いて名前が分かった。


「そっちは人気だな」

 クラスメイトの男子が羨ましそうに祥顕に声を掛けると、

「猫は可愛いからな」

 と祥顕が答えた。

 みんな猫が目当てだと思っているらしい。


 猫と一緒に写ってる文豪は他にもいるけど……。


 花籠はそちらにチラッと視線を走らせた。

 見事に誰もいなくて説明役の女子は退屈そうにしている。

 周囲のクラスメイト達が呆れ顔をしていたが祥顕は気付いていないようだった。


 とりあえず名前は分かったし、二年だから合格すれば一年間は同じ高校に通える。

 それで必死で勉強して合格したのだ。


 頑張って良かった……。


 高校に入り、香夜は私服、花籠は標準服で区別が付けられるので、ようやく花籠も髪を伸ばせるようになった。

 髪が長ければそれだけ様々な髪型に出来る。


 保育園の時から中学校まで香夜が色々な髪型にしているのを見て羨ましかった。

 顔は同じなのだから香夜に似合う髪型は花籠にも似合うはずだ。


 そう思って髪を伸ばしたら真似しようと香夜の髪型をしっかり覚えておいたのである。

 伸ばしはじめて間もないから、まだそれほど長くはなっていないのだが。


―― よそにのみ 思ふ雲井の 花なれば 面影ならで 見えばこそあらめ ――


「お姉さんと似てるのか?」

 祥顕の言葉で花籠は我に返った。

「え……はい」

 花籠は戸惑いながら答えた。

 祥顕には香夜と花籠は全く違って見えるのだろうか。


 お母さんでさえ間違って私のこと『香夜』って呼ぶことあるのに……。


〝光り輝くかぐや姫〟


 その言葉を思い出すと花籠の胸が痛んだ。


 でも、香夜ちゃんってホントに光り輝いてるように見えるし……。


 しかし、今は自分の事をうれいている時ではない。

 本当の狙いが香夜なら危険なのは彼女の方だ。


 どうしよう……。


 自分の身すら守れない花籠に香夜を守ることは出来ない。

 かといって祥顕に頼むのは躊躇ためらわれる。

 命を狙ってきているのなら祥顕も巻き添えを食らって殺されてしまうのかもしれないのだ。

 香夜を守る為でもそんな危険な頼み事は出来ない。


 けど……。


 花籠は祥顕の横顔を盗み見た。

 祥顕は特に慌てている様子はない。

 香夜が狙われていると分かったにしては随分落ち着いている。


 香夜ちゃんと親しいはずなのに……。

 顔に出ていないだけで内心では心配してるとか……?


 そう思うと更に胸が痛んだ。


 私じゃない……。

 皆が好きなのは香夜ちゃんで私じゃない……。


 私を見てくれる人は誰もいない……。

 誰も……。


 祥顕は俯いた花籠を横目で見た。


 お姉さんを心配してるのか……?

 まぁ人を掴んだまま空を飛べるような化物に狙われてるんじゃ警察に言ってもどうにもならなさそうだしな……。


 人命が掛かっているとなると祥顕も軽い気持ちで「守る」などと安請やすうけ合いは出来ない。

 それも一人ではなく二人となると祥顕一人ではどうにもならないだろう。


 早太や狐達に「人違いだ」と教えれば花籠は狙われなくなるかもしれないが、標的が変わるだけで女の子が襲われることに代わりはないから迂闊うかつに言うわけにもいかない。


 理想としては早太や狐達が厨二的な考えを捨てて女の子達を襲うのをやめることだがそれはまず無理だろう。

 そもそも空を飛ぶ化物に道理が通じるとも思えない。

 それ以前に人間の言葉をかいするのかという問題もあるが。


 いい考えは何も思い付かないまま二人は曲がり角で別れた。

 住宅街に入っていく花籠の背を祥顕はしばらくの間、見守っていた。


―― 狩りゆけば 交野かたののみ野に 立つ鳥の 羽きりも見えぬ 夕霞ゆうがすみかな ――


「そっちだ!」

「そっちに行ったぞ!」

 男達の声が聞こえる。


「何事だ」

 主の問いに、

「今、様子を見に……」

 そう答えかけた時、後ろの方で「うわっ!」と言う声が聞こえたと思うと男達がこちらに向かって走ってきた。


「殿……」

 危ないのでお下がり下さい、と言おうとした時には主は横を通り過ぎようとした男の背を刀の柄頭つかがしらで叩いて倒し、続いて駆け抜けようとした男の足を刀の鞘で払って転ばせていた。

 郎等達が急いで駆け寄ると男を取り押さえる。


「殿! 危のうございます!」

「こういうことは我らに……」

 郎党達が口々に主をたしなめる。


「殿、お歳をお考え下さい。古希こきを過ぎているのですよ」

 そういさめると、

「失敬な。都の治安を守るのが私の務めだ」

 主が言い返す。


 実際に動くのは郎等達で主は指揮をするだけなのが普通だろうに……。

 それも戦場いくさばならまだしも町中の雑魚など……。


 呆れながら溜息をくと、やってきた検非違使けびいしに男達を引き渡した。


―― これきけや 花見る我を 見る人の まだありけりと 驚きぬらん ――


※古希=七十歳

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