流る黒髪 ――
夜――
祥顕が夜道を歩いていると、例の鳥の声がした。
声が遠い。
ということは狙いは自分ではない。
花籠が襲われてる!
祥顕は鳴き声のする方に駆け出した。
人の声がする方に近付いていくと男達と狐達が戦っていた。
花籠は……。
辺りを見回すと狐が花籠を引きずって行こうとしている。
「
男の声と同時に誰かが花籠に何かを投げた。
刃物だ!
祥顕が
鞄が刃物を弾く。
それを見た男の一人が祥顕に向かってこようとした。
「馬鹿者!
眼帯の男の声に足を止めた男が花籠の方に方向転換する。
刀を腰だめにした男が狐もろとも花籠を貫こうとした。
祥顕が男に飛び付く。
二人は路上に倒れ込む。
路上に男の刀が転がる。
祥顕はそれを掴むと花籠の方に駆け寄った。
「頭を下げろ!」
祥顕の言葉に花籠が頭を倒す。
花籠の頭があった所を
狐が消えて花籠が放り出された。
花籠に腕を伸ばして支えながら前に出る。
花籠と狐達の間に立った祥顕に別の狐が武器を振り下ろす。
それを受けるために祥顕が刀を振り上げる直前、武器の軌道が
花籠を
祥顕は狐の振り下ろした武器を払うと狐を斬った。
狐が
祥顕が刀を構え直す。
周囲に視線を走らせると残った狐は眼帯の男とその仲間達に倒されていた。
男の仲間達が祥顕に向き直る。
祥顕も刀を構えた。
しかし狐と違って男達は普通の人間かもしれない。
狐は全て消えたが男達は道に倒れている。
向こうも武器を持っているんだし、正当防衛の主張は通るだろうか……?
祥顕がそう思った時、
「よせ」
眼帯の男が他の男達を制止した。
「しかし……」
別の男が抗議しようとしたが、それを眼帯の男が止める。
どうやら眼帯男がリーダーらしい。
「今日は引く」
眼帯の男はそう言うと仲間を連れて去っていった。
男達が闇に消えると、祥顕は、
「送っていくよ」
と花籠に声を掛けた。
「ありがとうございます」
花籠は祥顕と一緒に歩き出した。
――春も果て 花も同じく 今日散らば たびたび物は 思はざらまし――
夜――
夜の
不意に近くで鳥の声がした。
祥顕は辺りを見回したが近くに花籠の姿は見えない。
というか他の人間の姿もない。
花籠が襲われた時に鳥が鳴いたのは偶然だったのか……?
そう思った時、狐面に取り囲まれた。
狐達は刃渡りの長い武器を手にしている。
近距離だから弓ではダメだ。
『弓はり月の~』と言えば、あの刀が出てくるだろうか。
その瞬間、目の前の路面に太刀が突き立った。
祥顕がそれを引き抜いて構える。
狐達が一斉に飛び掛かってきた。
近くの狐の懐に踏み込み太刀を振り下ろす。
「伏せて下さい!」
声が響いた。
祥顕が地面に倒れ込む。
眼帯の男が走り寄ってきて祥顕の背後にいた狐に斬った。
狐が消える。
祥顕が身体を起こして刀を構えるのと男が最後の狐を斬り伏せるのは同時だった。
狐がいなくなったのを確認して肩の力を抜くと太刀が消えた。
便利だな……。
「お怪我は?」
「ない。助かった」
祥顕は礼を言いながら花籠がいないかと辺りに視線を走らせた。
「今の襲撃はあなたが狙いです」
「ならいい」
「良くはないと思いますが」
眼帯の男の言葉に、祥顕は肩を
「あの娘に関わるのを止めれば連中――〝
「あの狐――白浪とやらはお前達と違って彼女に危害を加えようとしてるわけじゃないのか?」
祥顕が眼帯の男に訊ねた。
だとしたら白浪は祥顕――と言うか花籠の味方なのだろうか?
それなら花籠を守る為に手を組めるかもしれない。
もう何体も倒してしまったが――。
「それは〝危害〟の意味によります」
「え……?」
「白浪は昔から人間の世界を狙っていました」
人間は白浪を阻むために戦い続けてきた。
白浪が人間界に来る度に災厄に見舞われてきたからだ。
人間を操ったり災害を起こしたりして多くの犠牲者が出た。
そこで人間達は白浪を闇の世界に追いやり封印をした。
だがそれが精一杯で
そのため白浪は度々闇の世界から人間界にやってきていた。
「人間同士の争いなら我らも干渉はいたしませぬ。しかし人間が白浪と手を組むなら話は別です」
「その言い方だとお前は白浪じゃないようだが人間なのか?」
祥顕の問いに眼帯の男は目を伏せた。
「……昔は人間でした」
「昔は?」
「殿――昔の
〝……を頼む〟
不意に例の声が脳裏をよぎった。
目の前の男の声ではない。
辺りを見回したが人影は無い。
「あの娘なら家に帰りました」
眼帯の男は祥顕の様子を勘違いしたらしくそう言った。
やはり今の声とこの男は別人なのだ。
「白浪が解き放たれれば人の世に大いなる災いがもたらされます」
眼帯の男が真剣な表情で言った。
真偽はともかく、この眼帯の男は本気で信じているようだ。
そして超常的な何かがあるのも嘘ではない。
でなければ狐が塵になったことも弓が現れたり消えたりすることの説明が付かない。
日本刀も出たり消えたりしてるしな……。
「彼女はどう関係してるんだ」
「封じられた者の肉体はこちらへは来られません。ですが魂は来られます」
それが花籠だと考えているのか……。
「彼女はそんな気はなさそうだったが」
「今はまだ目覚めてないからです。あの娘が白浪の手に渡れば……」
「人を物みたいに言うな」
「ある意味では物です。あの娘は魂を運ぶための器にしか過ぎませんから」
何を言っているのかさっぱり分からない……。
「白浪の力は人が持つには大きすぎます。目覚めれば人の肉体は失われます」
やはり意味が分からない。
祥顕は眼帯の男の前を通り過ぎようとして、ふと今脳裏をよぎった声が気になって足を止めた。
この男を知っているような気がする……。
「もしかして俺を知ってるのか?」
祥顕は男を振り返って訊ねた。
「……いいえ」
答えるまでに僅かに間があった。
どうやら知り合いらしい。
花籠もそうだがこいつも知り合いだとしたら俺は記憶喪失にでもなったのか?
特に記憶が抜けている感じはしないのだが……。
まさか二重人格とか……。
「私は……
眼帯の男が名乗る。
今度も間があった。
偽名か。
まぁ深く関わる気は無いからいいか。
祥顕は曖昧に肩を竦めると早太の横を通り過ぎようとした。
すると、
「あの……」
と早太が声を掛けてきた。
祥顕が足を止めて振り返る。
「これをお持ち下さい」
と守り袋のような物を差し出してきた。
「これは?」
無骨で男向けの守り袋のように見えるが香りがするのは女の子向けな気がする。
もしくは女の子がプレゼントに使うような――。
「言っておくが俺が好きなのは女の子だ」
祥顕が釘を刺すと早太が苦笑した。
「ただの御守りですが少しはあなたの身を守る役に立つはずです。あの娘と今後も関わる気なら持っていた方がいいでしょう」
早太の言葉に祥顕は守り袋を受け取った。
盗聴器でも入ってるのではないかという疑念がよぎったが、聞かれて困るような話はしない。
退屈な高校の授業を聞きたいなら聞けばいい。
祥顕は守り袋をポケットに入れると歩き出した。
――散り方に 成りにけるこそ をしけれど 花やかへりて 我を見るらん――
自分は散っていく花を惜しんでいるが、桜も年老いた自分との別れを
側室が庭で桜の花を眺めている。
若い頃、何年も想い続けてようやく側室として迎えることが出来た最愛の女性である。
何十年連れ添ってもなお彼女への想いは消えない。
彼女も自分もいつ
自分は離れがたく思っているが、彼女も同じように別れたくないと思ってくれているだろうか……。
――手もかけぬ 雲井の花の 下にゐて 散る庭をのみ 我が物と見る――
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