まかなし妹の
「俺も悲鳴を聞いてこっちに来ただけだから」
祥顕はそう言うと少女と
もしかして遠回しに断ったつもりだったのか?
といって今更やっぱりやめたとも言えない。
祥顕は歩き始めた。
「あ、ここです」
少女はそう言って通り沿いの高層マンションの前に立ち止まった。
無言で歩くのは気まずかったので祥顕はホッとした。
「ありがとうございました」
と言って頭を下げると顔を上げた。
マンションの玄関のガラス戸を開けるための暗証番号を押すボタンが壁に付いている。
「それじゃ」
祥顕は軽く手を上げると背を向けて歩き出した。
祥顕が行ってしまうと少女は自分の家に向かった。
「
少女が家に入ると全く同じ顔の少女が声を掛けてきた。
「ただいま、
花籠は香夜に返事をした。
香夜は風呂上がりらしく髪が少し濡れている。
黙っていれば親でさえ見分けが付かないのに香夜は「かぐや姫」のように皆から愛されていて人気があった。
それに引き換え花籠は全く目立たない。
マンガなどで一卵性の双子がよくやるように同じ服を着て入れ替わってもダメなのだ。
皆が集まってきても花籠はいつの間にか話の中心から外れていってしまってその他大勢になっている。
中心にいるのは常に香夜だ。
多分、香夜には輝きがあるのだろう。
いつも生き生きしていて
花籠にはそんな光はない。
そのことに気付いてからは入れ替わる遊びはしなくなった。
香夜も別に花籠になりたいとは思っていないだろう、何度かやった後は持ち掛けてこなくなった。
香夜は最近、祥顕の話をよくしている。
どうやら祥顕と親しくなったらしい。
香夜ちゃんなら当然だよね……。
先輩だって香夜ちゃんの方がいいに決まってるし……。
花籠は香夜の方を向いた。
「あの、香夜ちゃん……」
祥顕に助けてもらった事を報告し掛けて口を
それを教えたら襲われたことも言わなければならなくなる。
「なに?」
「なんでもない」
花籠はすぐに首を振ると、
「おやすみ」
と言って部屋に向かった。
それに……。
祥顕は花籠を見て香夜だと勘違いしなかった。
二人を同時に見たことがなくても見分けられたのだ。
香夜から双子の姉妹がいると聞いていたとしても瞬時に区別が付いたのなら相当親しいのだ。
花籠に割り込む余地はない。
それなら一度助けてもらった思い出くらい自分のものにしてもいいよね?
こういう
花籠は密かに溜息を
――花咲かば 告げよといひし 山守の くる音すなり 馬に鞍おけ――
翌日の夜遅く――
図書館からの帰宅途中、前方から足音が聞こえてきたと思うと目の前で止まった。
祥顕が顔を上げるとあの少女だ。
向こうも困惑したようにこちらに目を向ける。
その時、角の向こうから複数の足音が聞こえてきた。
追い掛けられているらしい。
祥顕は無言で視線を右に走らせた。
そこはマンションのエントランスだが扉や看板などが付いていないのだ。
建物の壁は濃い影のような色をしているから通りすがりにチラッと目を向けただけでは入口だとは気付きづらい。
少女はすぐに悟ったらしくエントランスに入った。
祥顕はそのまま歩いていく。
祥顕が何事も無かったような表情で歩いているのを見た男達はこちらに曲がらず真っ直ぐ走っていった。
祥顕が足を止める。
足音が聞こえなくなったところで振り返るとエントランスから少しだけ顔を覗かせた少女と目が合う。
「もう大丈夫だ」
祥顕の言葉に少女がエントランスから出てくる。
いつまでも少女に追い付けなければいずれ男達は彼女がどこかで曲がったことに気付くだろう。
引き返してきた男達と鉢合わせにならないルートを考えようと行き先を訊ねようとした時、少女が祥顕の背後を観てハッとしたような表情を浮かべ、
「あの、ありがとうございました!」
と言って頭を下げると
「…………」
祥顕は黙ってその背中を見ていた。
大通りを歩いてきた花籠は曲がり角で足を止めた。
ここは車も人通りも多い。
だが曲がったら住宅街だ。
この時間は人通りがない。
さっき夕辺の眼帯の男が祥顕の背後に現れた。
すぐに角の向こうに姿を隠してしまったが視線が合ったから花籠に気付いたのは間違いない。
きっと祥顕の見ていないところで襲ってくるつもりなのだろう。
しかし道を通らなければ帰れないのだから嫌でも曲がって住宅街に入るしかない。
数メートル歩いても誰も出てこなかったので安心しかけた時、通りを
振り返ると眼帯の男もいた。
昨日は刃物みたいなの持ってたけど……。
そう思った時、男達の手の中で何かが光った。
「早く片付け……」
「そんな事だろうと思った」
言い掛けた眼帯の男の言葉を祥顕の声が遮った。
眼帯の男の背後の角から祥顕が出てくる。
どうやら花籠の様子を見て察したようだ。それで
「邪魔しないで下さい」
「お前らが女の子を追いかけ回したりしなきゃな」
祥顕の言葉に眼帯の男が黙り込む。
「……平和な家庭に生まれたのでしょう。我らに関わらなければ一生平穏に暮らしてゆけるのです。このままお帰り下さい」
「占いも予言も信じる気はない」
祥顕が答えた。
「そうでは……」
「仮に言ってる事が本当だったとしても見ない振りをしたら一生後ろめたい思いする事になる。そんなのはごめんだ」
「あなたを
「騙す?」
「
眼帯の男が少女――花籠に視線を向けた。
「先日あなたが送っていった家は
その言葉に花籠が唇を噛んで俯く。
祥顕に嘘を
これで嫌われ……。
「女の子が用心のために家を教えないのなんか普通だろ」
「え……」
花籠は思わず顔を上げて祥顕を見た。
怒らないの……?
「現にお前ら、跡を
「それは……」
「なら教えなくて正解だったって事だ」
祥顕がそう言った時、鳥の鳴き声がした。
その瞬間、男達がハッとしたように顔を上げた。
同時に足音が聞こえてきて狐の面を付けた連中が走ってくる。
男が舌打ちする。
「なんだか知らんがそっちで勝手にやってくれるか? 俺達は帰るから」
「
眼帯の男が花籠に目を向けた。
「心当たりは?」
祥顕が顔だけ向けて訊ねた。
一瞬、花籠の脳裏を幼い頃からよく見る悪夢がよぎった。
それを払うように首を振る。
絶対変に思われるよね、夢の話なんかしたら……。
「だよな」
花籠が首を振ったのを否定の意味だと|
思い当たる節は夢だけだから嘘は
予知能力があるわけじゃないし。
祥顕は占いや予言は信じないと言った。
それなら夢のことも偶然だと斬り捨てるだろう。
そう考えながらも後ろめたい思いで俯く。
眼帯の男が祥顕と狐面達の間に立つ。
他の男達は既に狐面と戦い始めている。
すぐには眼帯の男の
祥顕は少女を背後に庇うように立ってから眼帯の男も同じように狐面達の進路を塞ぐように立っているのに気付いた。
敬語といい、眼帯の男は祥顕に害意はないのかもしれない。
だとしても少女に危害を加えようとしているなら味方ではないが。
理想としては男達と狐面達、両者の相打ちだ。
救急車は呼んでやるから……。
と思った時、再び鳥が鳴いた。
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