光、さく
月夜野すみれ
たづがなく
夜空を貫くように
人通りの絶えた夜道に自分の足音だけが響く。
超高層ビルはほとんどがオフィスビルだから夜更けのこの時間帯は人気がなくなる。
図書館からの帰り道、大通りを走る車が途切れた瞬間、鳥の鳴き声が聞こえた気がして
前方には中央公園という大きな公園があるがこの時間に鳴く鳥はこの辺にはいないはずだ。
新宿西口の超高層ビルの合間に上弦の月が浮かんでいる。
〝ほととぎす……〟
不意に誰かの声が脳裏をよぎった。
鳥には詳しくないがホトトギスなど国語の授業でしか名前を聞いたことがない。
なんでホトトギスなんて名前が浮かんだんだ?
首を傾げながら家に向かって歩いていると悲鳴が聞こえた。
向こうだ――!
祥顕は声の方に駆け出した。
角を曲がると黒ずくめの男達が少女の前に立ちはだかっていた。
全員覆面をしている。
防犯カメラ対策か……。
だとしたら計画的という事だ。
それぞれが手に武器を持っている。
女の子一人に大袈裟な……。
祥顕が眉を
『大人しくしろ』などの脅しの言葉は一切なく、無言で突進する。
えっ!? 暴行は暴行でもそっちか!?
武器が街灯の光を反射する。
刃物だ! それも刀身の長い。
祥顕は我に返ると男の顔めがけて鞄を投げ付けた。
鞄は
祥顕はその隙に女の子と男の間に割って入る。
鞄を投げ付けてしまったから手には何もない。
前に立っている男は三人。
少女の命が狙いなら祥顕がやられて動けなくなってしまったら彼女はやられてしまう。
自分が足止めして女の子を逃がそう。
少女に声を掛けようとした時、
「邪魔をしないで下さい!」
男の声が聞こえた。
刃物を持った男達の後ろだ。
気付かなかったが他にも男がいたのである。
黒い眼帯をした男だ。
どうやらあいつが男達を指図しているらしい。
しかし――。
暴漢が敬語?
覆面は防犯カメラ対策じゃなくて服装も含めて何かのキャラになりきっているのか?
もしかして痛い厨二とか……。
だとしたらあの刃物も棒に模造刀か?
だが斬れないとしても硬ければ叩かれたら痛いはずだし打ち所が悪ければ命に関わるだろう。
どちらにしろ危険だ。
祥顕が少女に逃げるよう促そうとしたとき再び鳥の鳴き声がした。
今度ははっきりと聞こえた。
男達もハッとしたような表情を浮かべる。
珍しいのは確かだがそんなに驚くような事か?
そう思った時、背後で足音がした。
男達の視線が祥顕の背後に向かう。
振り返ると狐の面を付けた者達が走ってくる。
お祭りで見るようなデフォルメの狐ではなく現実の動物の狐にそっくりだ。
一人ではなく複数。
援軍か!
狐男達がこちらに向かってくる。
同時に男達もこちらに駆け出す。
しかし男達は祥顕の前を通り過ぎて背後から襲ってきた狐に向かっていく。
「仲間割れか?」
「こんな
眼帯の男が通り過ぎながら言った。
「女の子を襲ったのはどっちも一緒だろ。それともあいつらの狙いはお前達なのか?」
「奴らの狙いも
眼帯の男が立ち止まると振り返って顔を少女に向けた。
眼帯の男の言う事が本当なら狐面達は別口だ。
だとしたら少女は複数の集団に狙われているという事になる。
祥顕は背後の少女に視線を走らせた。
チラッと見ただけだが可愛い顔立ちをしている。
美少女だからと言う理由で狙ってくるおかしな連中もいるだろう。
眼帯の男が、祥顕と戦っている一団の間で立ち止まる。
狐達が男達を倒してこちらに向かってきても眼帯の男が障害になる。
しかし眼帯の男の腕が相当立つのでもない限り一人では遠からずやられるだろう。
狐面も少女を狙っているなら眼帯の男が食い止められなければ彼女が危ない。
祥顕も腕に覚えがあるわけではないから時間稼ぎくらいしか出来ない。
となると、やはり彼女を逃がして……。
そう思った時、
「お逃げ下さい」
眼帯の男が
「出来れば
「そんなこと出来るわけないだろ」
「そう
最後まで言い切る前に男達を突破した狐面達が向かってきた。
眼帯の男が先頭の狐面に向かっていく。
どうする?
この子を連れて一緒に逃げるか?
しかし女の子の足で男達から逃げられるか?
祥顕は前方を向いたまま後ろに手を伸ばして下がるようにと合図した。
狐面が迫ってくる。
「逃げろ!」
祥顕が狐面の前に回り込みながら少女に叫んだ。
その時、不意に目の前に和弓が現れた。
思わず弓を掴んだものの敵が近すぎる。
弓を使える距離ではない。
何より矢が無い。
重さからして鋼で出来ているとは思えない。
仮に鋼だとしたら、しならなくて矢を射るのは無理だろう。
試しに弦に指を掛けて引いてみたが、びくともしない。
弓の形をした
更に力を込めて弦を引いてみた。
弦が硬くて少し引いただけで指が外れてしまう。
その拍子に弦が鳴った。
「あっ!
女の子の声に振り返る。
「今、あの人達が止まりました」
「…………?」
祥顕が困惑した表情を浮かべたのを見た少女が、
「弦打ちって言って、昔の人は魔を払うのに弓の弦を鳴らしたって……」
そう言われてみると古文の授業で習った『源氏物語』か何かに出てきた気がする。
祥顕は試しに弓を構え、弦を引いてみた。
手を放すと弦が音を立てた。
辺りに弦の音が鳴り響くと同時に狐面の動きが止まる。
本当に弦の音で止まったのか試すためにもっと強く引いて鳴らす。
狐面が明らかに
祥顕が更に弦打ちをすると狐面達はあっという間にいなくなった。
ほっとした瞬間、近付いてくる複数の足音がしたかと思うと眼帯の男の少し後ろで立ち止まった。
「ご無事でしたか!?」
「やつらは……」
男達が口々に男に訊ねる。
この男達は眼帯の男の仲間――つまり今度こそ本当の増援だ。
「
「では……」
眼帯の男の答えに援軍の男達は祥顕――というか、少女の方に向き直る。
祥顕は
「よせ、今日のところは引く」
眼帯の男が他の男達を制止した。
「しかし……」
「通報された。警察の相手をすることになったら面倒だ」
眼帯の男が少女に視線を向けて言った。
祥顕が振り返ると少女は手にスマホを手にしている。
男達は顔を見合わせてから立ち去った。
最後に眼帯の男が踵を返す。
男達の姿が見えなくなると祥顕は安堵の溜息を
「ケガは?」
「大丈夫です。ありがとうございました」
少女が礼を言った。
「気にしなくていい。それより送っていこうか? 家、どこ?」
祥顕がそう訊ねると少女が
「あ、無理にとは……」
「えっと、うち、そっちで……」
少女が祥顕の背後を指す。
ああ、遠回りさせるかもしれないと思って遠慮したのか……。
男達から逃げるためにこちらにきたのだろう。
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