第4話 最悪の日

 やり始めてみれば、楽しくないことはなかった。


 楽しい集会のことを話しているから、みんなもテンションが高くて、話を進めやすかった。

 気が付けば黒板はみんなのやりたいことで埋まっていた。射的、栞づくり、ドッジボール、わなげ、おばけやしきとか色々意見が出ていた。


 でもいつだって大変なのはここからだ。


 このたくさんある意見全部をやるわけにはいかない。だからこそ絶対にどれかの意見にバツをつけないといけない。


 僕は正直これが嫌いだった。


 ここで普段仲があまりよくない人の意見にバツをつければ、仲良くない人には優しくないと言われて、逆にそういうクラスメイトの意見に良いねと言えば、いつもの友達からはノリが悪いと責められる。

 僕はとにかくすぐに決めて終わらせたかった。


 こんなとき、僕には秘密兵器があった。


 多数決だ。こんなに素敵な決め方はないと思う。誰にも文句を言われずに、怒られずに済む。それなのに先生にもテキトーに決めていると思われない。僕は迷わずこの武器に頼ることにした。

「みんなさ、こんなにたくさん意見があると決めるの難しいじゃん。それにどれもやってみたいなって思うし、だからいつも通り多数決で決めるしかないんじゃないかな?」


 僕はいい案を思いついたでしょっていう感じでみんなに言った。


 すると特に女子は微妙な反応だった。


「えー、それじゃ絶対ドッジボールとか男子の好きなやつになるじゃん」


「ああ確かに、男子でみんな同じ意見にされたら私たち勝ち目ないじゃん」


「確かに!」


 確かにそれはそうだった。男子はそもそも出した意見が少なくて、女子は意見がばらばらで多かったから、言っていることは間違っていない。


 正しいことを言っているのは分かったけど、僕はとにかくうるさいなって思った。


 ――それなら他にどうやって決めるのが一番みんなにとって良いか考えてよ。いつも面倒くさいみんなの前に立つ仕事を僕にやらせておいて、自分の意見だけははっきり通そうとするんだ。そもそもこんな集会で何やってもいいじゃん、何をそんなにこだわってるんだよ―― 


 僕は「そうだね、多数決だと難しいかもね」とだけ言った。


 そこから先は地獄だった。


 きっかけは「女子ってすぐ面倒くさいこと言うよな」とか「細かい」とかそんな些細なことだと思うけど、気づけばみんなの声はだんだんと大きくなっていった。

 すぐに話は違うことに飛び移っていった。誰々がちゃんと当番を守らないとか、誰々が陰で悪口を言っているとか、それを知って誰かが実は泣いていたとか。


 もうそんなことになれば教室のみんなの勢いは誰にも止められなかった。


 先生もさすがにまずいと思ったのか、大きな声で「みんな落ち着いて静かに!!」と声をかけたけど、そんなことではどうにもこうにもならなかった。


 「てかさお前Kのこと好きなんでしょ?きもくね」


 全く関係ない話をS君が言い出した。そこまで女子側の意見を代表していたNさんをむりやり食い止めようとしたのだろう。

 Nさんは顔を真っ赤にし、うっうっと小さい声をあげながら、すぐに泣きだしてしまった。周りの女子は男子に最低、謝れと何度も繰り返した。それでもこりないS君が繰り返し、NさんがK君を好きなことを馬鹿にし続けた。


 もう限界だったNさんは近くにあった筆箱をS君へ投げつけた。


 運悪くその筆箱はチャックが開いていたらしく、そこから飛び出した鉛筆がS君の顔に当たった。S君は驚いたからか、鉛筆の先が目にでも入ったからなのか顔抑えて、「ふざけんな!暴力かよ!!」と大きな声を出した。 


 僕ももう限界だった。


「いい加減にしろよ!!!」


 僕は叫んだ。


 教室は一瞬で静かになった。

 思ったよりも大きな声が出て怖くなった。

 前にここまで大きな声を遊んでいるとき以外で出したのはいつだろう。慣れていないせいで、変な声になってしまった気もする。でも僕以上に周りのみんなはただ僕を見つめておびえていた。 

 思った以上にみんなを怖がらせてしまってなんだか申し訳ない気持ちになってきた僕は、その気まずさに耐えられず、「とりあえずもう言い合いみたいのはやめようよ」と声をかけた。


 すると熱が急に冷めたのか、さっきまで凄く怖い顔で悪口を言い合っていたクラスメイトたちが、ばらばらに自分の席に戻っていった。

 先生は小さく僕にありがとうねと言った。


 その日結局ありがとう集会で何をやるかは決められなかった。

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