第5話 悪魔のささやき
サーリアが
その間、美也子はどのようにすごしたか記憶にない。
サーリアがおいていったと十億円はするという宝石はテーブルの上に無造作におかれてたままだ。
美也子は何度も何度もスマートフォンの画面を見る。
勇人からラインかメールがあるかもしれない。
「帰ってきて」
と送ったラインの返信があるかもしれない。
だけど何度みても返信はおろか既読すらつかない。
ごめんなさい、あなた……。
もう二度といらないなんて言わない。
あなたと有人がいるだけで本当は良かったの。
もう愚痴なんて言わないから、帰ってきてほしい。
そう思った美也子は再度「帰ってきて」とラインを送る。
今度こそ返信があるかもしれない。
あっそうだ。今夜は勇人の好物のカレーを作ろう。あの人は私のつくるチキンカレーが大好きなんだ。
箱のレシピ通りに作っているのに美也子のカレーは絶品だなといつも褒めてくれる。
十億円なんかよりも勇人の言葉と笑顔が欲しい。
美也子はスーパーに出かけて、買い物をする。鼻歌交じりに歌いながら料理をする。
勇人は大きめにきったじゃがいもが好きなのよね。
つけあわせの漬物はらっきょうと福神漬けだ。美也子はらっきょうはきらいだけど勇人がすきなので今夜は特別に容易してあげる。
二人分のカレーを用意して、リビングのテーブルに置いた。
カレーのいい匂いがリビングに充満する。
美也子はカレーを一口食べる。
今日のはうまくできたわ。
あなたの好きなカレーをつくったのだから、早く帰ってきなさいよ。
そうだ、有人のご飯もつくらなきゃね。早くパパと同じカレーがたべられるといいのにね。
そう思い、美也子は椅子から立ち上がる。
そして我に返る。
こんなにつくっても私しかいないのに。
急に冷静になり、誰も手をつけることはないカレー皿を見た。
勝手にぼろぼろと涙が流れる。私は何をやっているのだろう。
へなへなと床にすわり、ぼんやりと天井を眺めた。
それから数時間が過ぎた。
美也子はまだぼんやりと天井を見ているだけだった。
ねえっあなた寂しいの?
聞いたことのない女性の声がする。その声は優しく美也子に語りかける。
ええっ…… と声を絞り出す。
ふーん自分からいらないと言っておいて、いざいなくなると寂しいんだ。あなた、身勝手ね。
ええっそうよ。私はかまってほしかっただけなの。本気で出ていってなんて思ってなかったのよ。
だったらいなくていいなんて言わなければよかったのよ。
まあっ良いわ。あなたがあの勇者に戻ってきてほしいってのはよくわかったわ。私もあの勇者がいた邪魔なのよね。
あっそうそう、誰が悪い思う?
私、なのかしら……。
いいえ、それは違うわ。あの傲慢で恥知らずのエルフよ。あのサーリアさえいなければ、あなたの平和な生活を壊されなかったはずよ。
そうよ、この声の言う通りだわ。
あのサーリアとかいう女さえ現れなければ私のいつもの生活は今も続いていたのよ。
ちょっと愚痴をいっただけでそれを本気にして、勇人と有人を連れ去るなんて許せない。
許せない、絶対に許せない。
ねえ、あのエルフが憎い?
ええっとても憎い。憎くて憎くて仕方ないわ。
あいつを殺してやりたい。ずたずたに切りさいて殺したい。
わかったわ。あなたに力を貸してあげる。
私は勇者に実体を滅ぼされて困っていたのよ。美也子、あなたの体を借りるわね。そのかわりにあのエルフをもっともひどい殺し方でころしてあげる。そうしたら、勇人も有人もあたのもとに帰ってくるわ。約束してあげる。
あなたの憎しみの力は良い魔力の源泉になるわ。ともにサーリアの国を滅ぼしましょう。
ええっあの雌豚を殺せるのなら、なんでもするわ。
美也子は心に響く声にそう宣言した。
ねえっあなたの名前教えてよ。
私は魔女にして魔王。嫉妬と憎悪の化身。その名はジヴァイアサン。人の憎しみが存在するかぎり、何度でも蘇ることができるのよ。
さあ、行きましょう。あなたを捨てた人たちに復讐するのよ。
美也子はその女の声に従うことにした。
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