第4話懐かしき地

勇人はやととサーリア、そして彼女に抱かれた有人あるとが転移したのはとある山奥にある廃村であった。

人間の気配は勇人たちだけだ。

うっそうと木々が生い茂り、辺り一面雑草だらけだ。


「こちらです」

サーリアが先頭を歩く。

廃墟同然の家屋を見て、勇人はあることを思い出した。

ここは彼の生まれ故郷であった。

過疎化が進みすぎ、打ち捨てられた山奥のこの廃村が彼のふるさとであった。

勇人がこの村に住んでいたのは、彼が物心つくかどうかのときだった。

都会に引っ越した勇人だったが、そこでの生活があまりにもつらく、中学二年生のときに逃げるようにこの村にやって来た。

そのときには誰も住まない廃村になっていた。

この村にある古い神社を訪れたとき、勇人は不思議な光に包まれた。

そして、サーリアたちの住む異世界に来訪したのだ。


「ここは……」

サーリアが連れてきたのはその古く、朽ちかけた神社であった。

「賢者ミハエルが言っていました。ゲートを安定化させることができる土地がここだと」

サーリアはそう言い、有人の額をなでる。有人はすやすやと眠っている。

その寝顔をサーリアはいとおしそうに見ていた。



その時、ひゅっという風が切る音がした。

勇人たちの目の前につむじ風が舞う。

一陣の風から何者かがあらわれた。

その男はスーツを着ていて、白髪混じりの長い髪をぼんのくぼ辺りでゆるく一つにまとめている。背が高く、すらりと手足が長い。顔にはシワがいくつかあるものの、なかなかに端正な顔立ちである。


突然あらわれたその男にサーリアはわかりやすいほどの殺気をみせる。

何事か呪文のようなものを唱えはじめた。

それを勇人はサーリアの肩に手をおき、制止する。

「大丈夫だよ。あれは僕の知り合いだ」

勇人は言い、その白長髪の男性に笑顔を向ける。


「いやあ、ひさしぶりに加速能力を使ったから腰にきたよ」

うーんとその男は背をのばす。


「社長、この度は本当に申し訳ございません。突然ですが、一身上の都合により会社を辞めさせてもらいます」

勇人は社長とよんだ男に軽く頭を下げる。


「本当だよ、勇人君。君のような優秀な社員エージェントに辞められたら、わが社の大いなる損失だよ」

腕を組み、呆れた表情で社長は言う。


「魔界との休戦協定は昨年、締結されました。私一人がいなくなってもどうということはないでしょう」

勇人は社長に言う。


「何を言っているんだい。あんなのは薄い氷みたいなものだよ。現にあっち側の過激派やらゲリラが水面下でうごめいているんだよ。君にはもっともっと働いて欲しいんだよ」

社長と呼ばれた男はじっと勇人を見る。

勇人は実にすまなさそうにすいませんとだけ言った。


「まあ、それも仕方ないか。勇人君、君も男だったということか。今度の人とは幸せになるだな」

ため息混じり社長は言う。

勇人はありがとうございますと礼を言う。


再びしゅっという音がする。

社長があらわれたときのつむじ風よりも小さな風だった。

風が晴れると今度は黒髪の少女があらわれた。

誰がどう見ても正当な美少女であった。眉の辺りで切り揃えられた前髪が印象的だ。

はあっはあっと肩で息をしている。

白い額に汗を浮かべている

その汗がぼたぼたと地面に落ちる。

「お兄ちゃん、どうして行っちゃうの……」

少女は社長と違い、かなり無理をしているようだ。たっているだけでも辛そうだ。


しずか、まったく無理をする」

社長はふらつく少女の体を抱き支える。

「父さん、だって…… お兄ちゃん、私たちのことも捨てるの」

少女の手を振り払い、静は勇人に抱きつく。


「ごめんよ、静。僕は本来あるべき所に戻るんだ……」

勇人は優しく、静の黒髪をなでる。


「でも、でも……」

泣きじゃくる静の体を社長が引き剥がす。

その様子をサーリアはただ黙って見つめている。


「静、これは勇人君が選んだ選択だ。私とて彼との別れは正直辛い。私なりに友情というものをもっていたからね。でもな、こういうときこそ笑顔で送ってやらないといけないのだよ。人生には出会いがあれば、また別れもあるものなのだよ」

社長は静のまだ女性とは呼ぶにはあまりにも幼い体を抱き上げる。


「社長、最後に一つお願いがあります」

真剣な眼差しで、勇人は言う。

「なんだい?」

社長は言った。


「この先に異世界へのゲートがあります。その管理をお願いできますか」

深く頭をさげ、勇人は社長に頼む。


「わかったよ、勇人君。君の今までの功績に比べたら安いものだ。この土地をわが社の管理にしよう」

形の良い顎に指をあて、社長は約束した。


「恩にきります、社長。それでは……」

勇人は社長に別れを告げる。

その言葉を聞き、静は誰はばかることなく、泣いた。


勇人たちは社殿の奥にあるファーリア王国へとつながるゲートに向かった。

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