第3話別れの言葉はさようなら

勇人の姿を見るやいなや、サーリアは立ち上がり、あろうことか抱きついた。

「ああっ……勇人様。お会いしとうございました」

キスをするのではないかと思わせるほどサーリアは勇人に顔を近づける。

その特大巨乳をわざと勇人におしつけているのではないかと、美也子には見えた。


「ひさしぶりだね、リア」

どこか懐かし気に勇人は呟く。


ちがうだろうと美也子は思った。

あなたがするのはこの訳のわからない女を追い出して、私たちを平穏に戻すことでしょう。

妻である私がいるのに、どうしてその目の前で抱き合っているの。

ほの暗い怒りが美也子の心をメラメラと燃やしていく。


「リア、君に再会できたのは嬉しいのだけど少し離れようか。これじゃあ、話辛い」

そう言い、勇人はサーリアに椅子に座るように促す。

涙を浮かべる瞳をこすり、サーリアは言われるがままに椅子に座る。

そして、勇人はサーリアの隣に座った。


美也子は二人と対面するかたちになる。

サーリアと勇人を目の前にして、彼女の精神は崩壊寸前であった。

普段から馬鹿にして、無能呼ばわりしていた夫を自分よりもスペックが高い女性が迎えに来たらどうなるか?

そんな状態を想像することが普通の人間にできるだろうか。

むろん、できる訳がない。

しかし、現実にその状態に自分は陥っている。

それは美也子の理解の限界をはるかに越えていた。



「リア、こっちにこられたんだね」

自分ではなく、サーリアの大きな瞳を見て勇人は言う。

「ええっ、ゲートの安定化に成功いたしました。賢者ミハエル様のお陰です」

サーリアは答える。


「そうか、ミハエルの奴……。こうしてリアに再会出来たのならあいつに感謝しなくては」

勇人は懐かしそうに頷く。


何を思い出に浸っているの。

早くこの乳牛女を追い返してよ‼️

美也子は心のなかで叫ぶ。


「リア、でもどうしてここへ?」

勇人はサーリアに尋ねる。


「勇人様をお迎えに参りました。勇人様、ご存知でしたか。奥さまの美也子さんはあなたのことを必要としていないようなのです。それならばわたくしどものところに来ていただきたいと思ったのです」

サーリアはじっと勇人を見つめている。

まるで美也子のことなど眼中にないようだ。


「そうか。それは僕も知っているよ。あれを見るたびにサーリアの顔が頭をよぎるようになっていたんだ。もう会えないと思っていたけど、こうしてまた会えた。時空を超えて、はるばるやって来たサーリアをこのまま一人で帰すわけにはいかないね」

にこりと最近では見かけなくなった笑顔を勇人は浮かべる。


その言葉を聞き、美也子の背筋がゾクッと冷えた。

逆にサーリアの顔はぱっと分かりやすいほど明るくなる。

それは対照的だった。


「美也子突然だが、僕はサーリアの世界に行くよ。やっぱり初恋はそのままにしておくべきだったんだ。君はいつも僕のことをいらないってネットに書き込んでいたよね。そんなことを書かれたほうの気持ちがわかるかい」

それは美也子にとって最後通牒のようなものだった。


確かにSNSにこんな夫はいらないと何度も書き込んだ。でもそれは、愚痴の延長のようなもので、決して本気ではない。

それなのに勇人は本気にして、私のもとから去ろうとしている。

違うのよ。本気じゃない。どうして私の気持ちを察してくれないの。

美也子の心中は怒りと悔しさと寂しさでぐちゃぐちゃになりそうだ。


「美也子さん、ぶしつけですがこれをお納めください」

そう言い、サーリアは深い胸の谷間から大人の拳ほどの大きさの宝石を取り出し、机の上においた。

「これは輝石サクラジアナイトじゃないか」

青く輝く宝石を見て、勇人は言った。

「この宝石はあなたの世界では最低でも十億円ほどの価値はあるとのことです。どうぞこれをお受け取りください」

ついっとサーリアはその宝石を美也子の方に押す。


「勇人を売れって言うの……」

絞り出すように美也子は言った。

この女はお金でかたをつけようとしているのかと美也子は考えた。


「美也子、よく聞いてくれ。これだけあれば君は新しい人生を歩むに十分だ。世の中お金がすべてじゃないが、お金があれば選択肢は増えるんだよ」

勇人が聞きたいくない説明をする。

違うでしょ。あなたがすべきはこの宝石を突き返して、あの女を追い出すことよ、

どうして私の気持ちをわからないの。

美也子は思った。


そうだ。有人のことはどうするのよ。あの子は一歳になったばかりよ。


「有人君のことなら、ご心配なく。この子はどうやら風の精霊の加護をお持ちのようです。きっと勇者の後をついでくれるでしょう」

サーリアはそう言った。

不思議なことにサーリアの腕には有人が抱かれていた。

「マーマ、マーマ」

あろうことか有人がサーリアの指をつかみ、にこやかにそう言った。


有人の言葉を聞き、美也子は呼吸困難に陥りそうになった。

呼吸が荒く、言葉を発することが出来なくっている。


「美也子、有人のことは心配いらない。僕たちがちゃんと育てるよ。君は君の人生を歩むといい」

そう言うと勇人は立ち上がる。

続いてサーリアも立ち上がり、勇人の手を右手で握る。左手に有人を抱いている。

瞬時に三人の体は光に包まれる。


「さよなら、初恋の人。僕のことは忘れて、幸せになってくれ」

それが美也子の聞いた勇人の最後の言葉だった。

美也子は勇人をつかもうと手を伸ばすが、ただただ空気をつかむだけだった。

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